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第21話 勇者たちの画策

―― 魔都ティーヴォ・現在人間族の支配下



 ティーヴォ陥落からひと月以上が経った。

 魔族の主力を破り、都を落とし、残りは残党を狩るだけのはずだったが、魔族側は北方都市テールレスに防御陣を敷き、魔王アルラの腹心であった立花を中心に四将軍エルトナたちが抵抗を試みていた。


 さらに、一度は勇者ナリシスに敗れた四将軍の一人カペラが敗残兵を纏め上げて、テールレスへ帰着。

 これにより、二十万を超える兵と相対することになった。


 兵の数もそうだが、テールレスの防備は硬く、また立花やエルトナによる巧みな軍略により、人間族の軍は魔都ティーヴォより先に進めずにいた。


 ナリシスは魔王アルラの私室だったソファに腰を掛けて、自身の出身であるクラムエンシェント王国の副宮内(ふくきゅうない)長官――此度(こたび)の魔族討伐軍の総指揮官でもある、ガウルクスと会話を重ねていた。



「不思議な部屋だ。魔王の部屋だと言うけど、飾りらしい飾りはなく、鍬や鋤が置かれ、棚には酒類じゃなくて農薬の類いが置かれてある。あと、鍵が掛かっていた机の引き出しに大量の菓子類。本当にここは魔王の部屋なんだろうか?」


 青色の鎧に青色の短め髪に青色の瞳を持つ青年ナリシスは、瞳を左右に振って部屋を観察する。

 その様子を、彼とは対照的に緋色の法衣を纏い、緋色の長い髪に緋色の瞳を持つ優男が、光沢のある漆黒の執務机に座ったまま声を返す。

 

「捕虜から魔王アルラは農作業が趣味だったという情報を得ている」

 幼い顔立ちの勇者ナリシスとは違い、優男ながらも、大人の男としての色香を纏うガウルクスはそう声を返し、その彼の声を笑顔と共にナリシスは迎え入れる。


「あはは、想像していた魔王とは違うな」


 ナリシスは軽い笑い声を上げるも、すぐに顔を引き締めて、本題へと言葉を移す。

「ここにきて、魔族の抵抗が激しく、被害が拡大していますね」

「ああ、魔王アルラの所在は不明。しかし、彼がなくともこれほどの抵抗を見せるとは。立花……影の民だという噂だが、この機知に富んだ策略の数々。影の民でも知識階層にあたる者だろうな」



 ガウルクスは北方へひそめた眉をぶつけ、さらに言葉を続ける。


「この討伐軍は我がクラムエンシェントが中心だが、他国の軍との連合軍でもある。立花はそれに目を付けて、背後から連合に揺さぶりをかけているようだ」

「激しい抵抗。そこから始まる戦争の長期化。それを小国家群に伝え、戦争継続の困難性を訴え、休戦に持ち込む腹ですか?」


「小国の経済力では、この大規模戦闘への継続的な協力は厳しいからな。とはいえ、彼らがなくとも我が国だけでも十分継続可能だが……」


「人間族全体の協力を訴えて始めた最初にして最後の戦争。彼らを抜きに戦争を継続して終わらせても意味がない」

「そういうことだ。この戦争はクラムエンシェントだけの勝利ではなく、人間族の勝利を目的としている。もちろん、イニシアティブは我がクラムエンシェントが握るが」


「このグレーラ大陸から魔族を一掃した先に訪れる、人間による連合組織の結成。その(おさ)になるため。というわけですね」

「ああ、そのためには我が国だけで勝利を収めても意味がないというわけだ。皆が参加し、互いに血を流しつつも、クラムエンシェントの強大さを彼らの目に焼き付ける必要がある」


「ライバルとなりそうな国家の国力を削る意味もありますしね」

「さすがにそれは言い過ぎだ、ナリシス」



 ガウルクスはナリシスを(たしな)めるが、言葉には小さな笑いを籠める。

 そこから彼は話題を別なものへと変えた。


「問題は国家間の綱引きだけではない。教会の存在だ。教会は国家の垣根を超えて強大な影響力を持っている」

「人間族の内部抗争。大変ですね」

「君にも関係ない話ではないぞ。正直、王国としては君が王につくのか教会につくのかヤキモキしている」

「私の故郷はクラムエンシェント。そして、まだ私が力なく貧しかった頃、教会は頼りになることなく、救ってくれたのはクラムエンシェントに所属する将軍だった」

「それは王国側につく、ということで良いのかな?」


「ええ…………よほどのことがない限り」

「フッ、なかなか言う。さて、その教会だが、この討伐軍にも参加している。その中で油断ならぬのは、文武ともに秀でている異端廓清(かくせい)専門の星天騎士団団長である女性騎士シュルマ」


「実力は私の背後に迫りますからね。さらに、彼女が率いる兵は少数ながらも勇猛であり、功を立て続けに挙げ、大活躍の様子」

「その通りだ。しかし、これ以上の手柄を与えたくない」

「なるほど、それをどうするか? という話ですか?」

「そうなるな。何か、良い考えは?」

「そうですねぇ……」



 ナリシスはソファに背を深く預け、天井を見上げる。

 先にあるのは、魔族の名だたる名将の家紋を重ね合わせ(えが)かれたモザイク柄の天井。

 過去の栄光が刻まれた模様をナリシスは鼻で笑い飛ばして、ガウルクスへ言葉を返した。


「フン……実は昨夜、とある村から奇妙な報告が挙がってきました」

「奇妙? それは?」

「龍を引き連れた魔族から襲われたと」

「それは初耳だ」

「でしょうね。想定以上に敵が弱く、魔都ティーヴォを落とすまで足固めもままならなかったため、あちらこちらで報告に滞りが起きてますから」


「よろしくない状態だ。それらはもちろん正すとして、その村がどうかしたのだ?」


「問題は村の位置。村の名はパイユ。魔族との国境に近く、周辺にも村や町がある場所。放置するにはいささか問題かと」

「なるほど、その調査をシュルマに任せようというわけか? しかし、彼女が受けるかな?」

「戦争は今のところ膠着状態。動く気配はなし。ですから、その間に民衆の味方である教会騎士殿に、村の様子を見てきてもらおうじゃありませんか」



 そう言って、ナリシスは口の片端をきゅいっと上げる。

 その不敵な笑みを見たガウルクスは呆れた様子を見せながらも笑い声を生む。

「あははは、なかなか悪知恵だな」

「勇者に向かってそれはないでしょう、ガウルクス様」

「これは失礼。では、村が教会を頼りにしているという報告を受けた(てい)で、シュルマに村の様子を確認してもらい、脅威を取り除けと(めい)を与えよう」

「あとは、その魔族がどこまでシュルマから逃げ切れるかですね」


「できるだけ遠くまで逃げて、シュルマが戦場に復帰するまでの時間を稼いでもらいたいところだ。その間に膠着状態である戦場を一気に動かし、立花率いる北方都市テールレスを攻略せねば……」



――魔都ティーヴォ・郊外。異端廓清(かくせい)専門の星天騎士団幕舎



 教会に所属する星天騎士団は魔族を不浄の存在として街へ立ち入ることを嫌い、都の外に白い幕舎を構えていた。

 その中にあるひと際大きい幕舎内で、一人の女性が忌々しそうな声を漏らす。


「ガウルクス、やってくれますね。私を遠ざけるために民衆の声を口実に使うとは……」


 白銀の鎧に身を包み、真っ白な外套を背負った二十代半ばの女性は、複雑に編み込まれたテール髪を大きく振って目の前に立つ兵士へ凛と響く清涼な声を上げる。

 兵士は彼女の声に耳を酔わせながらも必要な言葉を返す。


「ならば、要請を断りますか、シュルマ様?」

「断ったところで別の方策で私を遠ざけようとするでしょう。ガウルクスの狙いは北方テールレスの攻略から私を取り除き、これ以上手柄を立てさせたくないこと。でしたら、さっさと魔族を見つけ出して、戦線復帰を目指した方が早い。(いくさ)が終わる前に復帰できれば、さらなる別命は与えにくいでしょうから」


 そう言葉を返して、彼女は夜空に浮かぶ星のような煌めきを見せる黒の瞳を兵士へ向ける。

 その瞳の美しさに兵士は心を鷲掴みにされ、頬に熱を帯び、思考の時を止めるが、彼女の問いかけで我に返る。



「どうしました、(ほう)けているようですが?」

「え、あ、申し訳ございません。では、我々はティーヴォを離れ、パイユ村へ出立を?」

「いえ、あなたたちは残りなさい」

「え?」

「私が受けたのは、パイユ村から情報を得て、魔族を見つけ、処分しろという命令です。その方法は私の裁量次第」

「なるほど。では、シュルマ様のみが調査に当たり、我々は引き続き軍に参加を」

「そういうことです。私がいなくとも教会の剣として、その偉大さを見せつけてあげなさい」

「はっ!」



 (こうべ)を垂れる兵士へシュルマは笑みを見せて、幕舎の端に寄る。

 そして、そこに立てかけられていた白銀の槍を手に取って、薄笑いを見せた。


「もっとも、私が手にするは剣ではなく槍ですが。魔族に龍。面白い。何者か知りませんが、創造神カーディの守護者たる槍――聖女トリルの力宿る聖槍(せいそう)()って、()の者の心臓に正義を穿ってあげましょう。ふふ、ふふふ、ふふふふ」

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