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第20話 だから、何故信じない!!

――ルシアン村・入口



「契約は果たした」


 ツキフネは無造作に丸みを帯びた物体を放り投げる。

 それはごろごろと転がって、村長の足元で止まった。

 物体は赤黒い汚れに(まみ)れ、光の宿らぬ瞳を村長へ向ける。

 村長はその場でしゃがみ込み――――最愛の息子の首を抱きしめた。


「こ、これはぁおがおあおがぁおあじゃおうおあふぁじょふぃふぁわおじょがぁぁぁぁあ!!」


 到底、人のものとも思えぬ叫び声。

 それに対してツキフネは、淡々とした様子で賞金稼ぎとしての言葉を振り下ろす。


「約束通り、謝礼の半金を渡せ。村長」

「ああ――!! ああ――!! あがあぁぁおあぁおめおじょいふぁじょじゃ!!」


 半狂乱状態となり、息子の首を抱え込み、空に咆哮し続ける村長を目にして、私は思う。

「息子の首を差し出され、その相手に金まで払わなければならない親の心情とはどういったものだろうかな、カリン?」

「知らないよ……とゆーか、考えたくもない。あの、これさ、いくらなんでも酷すぎない?」


「何を言う、彼らはツキフネの命を奪おうとしたばかりか、剥製にして売り飛ばそうとしていたのだぞ。君も尊厳を蹂躙されるところだったわけだしな」

「そ、そうなんだけどさ……だからって……」

「なんだ?」

「あの、やっぱり、ちょっと、やり過ぎな気がする」

「あはは、君は優しいなぁ、カリン」

「いやいや、優しいとかいう問題じゃ……」



 カリンは直視するのを避けるように目を細めて、唾液を垂れ流しながら暴れ回りツキフネに襲い掛かろうとする村長と、それを止めに入る数人の村人たちを見つめ、次に村全体に瞳を振った。

「大丈夫? こんな事したらみんなが襲い掛かってくるんじゃ」

「それはないだろ。もう、戦闘を行える者たちはいない。仮に襲い掛かったとしても返り討ちにできるからな」

「そうかもしれないけどさぁ」

「さて、私たちは私たちで物資の補給を行おう。今ならタダ同然でいろいろ手に入るだろうからな」


 私は意気揚々と両手を腰に当てて笑顔を見せる。

 それを隣に立つカリンが冷めた目で見ていた。


「なんだろうね。もしかして、わたしたちこそが盗賊なんじゃないかなって思っちゃうよ……」



――


 ルシアン村にて、十分な物資の補給を行うことができた。

 その量はかなりのものとなり、貫太郎の背だけでは乗り切れない。

 すると、心優しい村人たちは、なんと! タダで荷車を提供してくれたのだ!

 これを貫太郎に曳いてもらうことで、大量の物資を運ぶことが可能になった。


 いやはや、人の親切とは実に心に染みる。


 吸い込まれるような深い青い空を見上げながら、私は足取り軽やかに村人たちへの感謝を口にする。

「いや~、人には親切にするものだな。盗賊退治の見返りにこれほどのものを戴けるとは!」

「おじさん、おじさん、それやめようよ。これ、どう見ても略奪だし」

「謝礼だ、謝礼。と、冗談はさておき、命を狙われたのに報復もせず許してやったのだ。この程度の物資、貰っても問題ないだろ」


「言葉で語ればそうなんだけど……まぁ、いいや。物資の量も別に村を傾かせるほどじゃないだろうし、割り切ろうっと」

「そうしておけ。さて、貫太郎。荷が多くなったが無理はないか?」

「もも~」


「ふふ、さすが貫太郎。いくつか美味しそうな飼料も戴いたから、久しぶりに師匠直伝にして私特製の配合飼料を作ってやるぞ」

「ぶも!?」

「フフフ、今日の夕食は楽しみにしているといい」


 そう語り掛けて、艶やかな体毛を優しく何度も撫でる。

 気持ち良さげな声を上げる貫太郎を横目に、私は瞳を荷車の後方へ置いた。


「でだ、君はどうして私たちについてきている、ツキフネ?」



 荷車の後ろを歩くツキフネ。

 彼女は私に瞳を振ってからカリンへ向ける。


「カリンには命を救われた。その礼を返さねばならない」


 これにカリンは両手を前に出し、わたわたと振るわせつつ声を返した。

「そ、そんな、礼には及ばないよ。ツキフネさんからは礼金も戴いてるし、それで十分だから!」

「それだけでは、私の気が済まぬ。だが、私が同行することで迷惑がかかるというのならば……」

「いえいえ、そんなことないよ。むしろ、旅仲間ができるのは嬉しいから。わたしはずっと一人で旅をしていて、こんな風に仲間ができるなんて……」


 カリンはツキフネと私と貫太郎をちらりちらりと見る。

 そして、口元を緩めるが、すぐに引き締めて悲しみを帯びた瞳を見せた。



「でも、ご存じの通り、わたしは影の民。わたしと一緒に旅をするということは大きな危険をはらんでいます。ツキフネさんに御迷惑がかかるんじゃ?」

「気にする必要はない。それに私とて、他種族から敬遠されるオーガリアン。むしろ、私の存在こそが迷惑をかけるやもな」


「そんなことはない!」


 間髪入れず、はっきりと言葉を返してきたカリンを、ツキフネは目を大きく開けて見つめ、言葉を止める。

 次には、くすりと笑い、私へと顔を向けた。


「ふふ、旅の同行を許してもらえるか?」

「カリンが良いというなら私としては別に構わない。しかし、旅の理由は恩返しだけなのか?」

「……お前たちに興味が湧いたというのもある。どういった事情で人間と影の民が旅をしているのか?」

「なるほど、そういうことか。だが、一つ間違っている」

「ん?」

「私は人間ではない」



 片手で瞳を隠し、少しだけずらす。

 すると、そこにあったのは黒目に浮かぶ黄金の瞳。

「私は魔族だ」

「――なっ!?」

「ふふ、驚いたようだな」

「ああ、驚いた。それにますます興味を持った。どういった事情で二人は旅を……」

「ももも~」


 貫太郎の鳴き声が上がる。これにツキフネは言葉を訂正して謝罪を口にする。

「三人だったな。失礼した」

「ぶも」


「では、改めて……お前たち三人は何故(なにゆえ)に旅をしているのだ?」



 カリンがこれまでの経緯を説明する。

 居場所のない者たちへ居場所を生み出すために国を興して、王となること。

 私がその居場所となりそうな場所を知っており、そこへ案内していること。


「この世界には影の民だけじゃなくて、他にもいろんな事情で居場所を失った人たちがいると思うんだ。そんな人たちに心を休める場所を作りたい。そのための旅なの」

「そうか、言葉は唱え(やす)くも、叶え(がた)し大志だな。その若さでそれほどの大志を抱くとは……瞻仰(せんぎょう)たる御仁だ」

 

 ツキフネはカリンへ敬意を払い、胸元へ手を置いて、会釈を見せた。

 それに慌てた様子を見せつつも、カリンは小さな不安を見せる。

「あの、変だと思わないの?」

「何がだ?」

「だって、王になるなんて夢、幼い子どもならまだしも、普通だったら笑われるような夢だし」

「夢を夢のままと放置しながら夢を語る者であれば笑うかもしれない。しかし、夢のために努力を重ねている者を笑うなどという真似はしない」

「あ……うん、ありがとう!」



 人に笑われても仕方ない大きすぎる夢。これを誰かに話せば、多くは笑うだろう。

 しかし、ツキフネは笑うことなく、カリンの夢を受け止める。

 そのことが嬉しくて、カリンは礼を述べた。

 ツキフネは小さな笑みを見せて礼を受けるが、すぐに笑みを消して私へオレンジ色の瞳を振った。


「お前も同じ旅の目的なのか? お前もまた、居場所を失い探す者なのか?」

「う~ん、まぁ、居場所を失ったのたしかだな。だが、私が同行しているのはカリンという少女の夢に興味を持ったからだ。一言でいえば、暇つぶし」

「ぞんざいな人物だな。大丈夫なのか、カリン? このような者を信用して?」

「う~ん、性格に難はありそうだけど、善人か悪人かで言えば、善よりっぽいし大丈夫だと思う」


「微妙な評価のようだが?」

「そ、そうかもしれないけど……居場所を作るために、何をすればわからなかったわたしに道標(みちしるべ)を作ってくれた人だもん。だから、信用したいの」

「そうか、ならば何も言うまい。そういえば、男の方の名を聞いていないな」


 そう言って、ツキフネはこちらへ顔を向ける。

 私は彼女へ名を渡す。

「たしかに、名を名乗っていなかったな。アルラだ」

「アルラ……私は旅の新参者だが、カリンの力になりたいと思っている。だが、お前にはあまり信用を置いていない」

「そうか」

(ゆえ)に、カリンに仇を為そうとするのならば容赦はしない。それだけは肝に銘じておけ、アルラ」

「わかった、しっかり心に刻んでおこう」

「ああ、そうしてお……アルラ? アルラ? アルラだと?」



 私の名前に引っ掛かりを覚え、彼女の言葉が詰まる。

 そして、何度も私の名を口にする。

「アルラ……アルラ……魔王と同じ名?」


 どうやら、気づいてしまったようだ。

 私の正体に。

 だから、私は胸元に手を置いて、胸を張り、自身の正体は高らかと口にする。


「フフフ、そう、私の名はアルラ=アル=スハイル。三億の魔族の王! 魔王アルラ=アル=スハイルだ!!」



 己の真名(まな)を言葉として表す。

 すると、ツキフネは――息を吹き出しやがった。


「プフ、クククク、ごほごほ」

「おい、何故笑う?」


「ちょっと、おじさん! 真面目な話の途中で冗談を挟むのは禁止だって言ったよね!」

「私は至って真面目――」

「ツキフネさんの寡黙なイメージを崩さないでよ、もう。大丈夫、ツキフネさん?」

「ごほんごほん、私としたことが不意を突かれてしまった。彼は魔王と同じ名なのだな」

「そうみたい」



 二人は私を魔王と認めず、同名の存在として納得し合っている。

 だが、こちらは納得がいかない!


「どうして私を魔王と信じない? ツキフネ、君は私の魔法の腕前に驚いていただろう。それが証明とならないのか?」

「たしかにあの魔法の腕には驚いた。だが、不審に感じるものもあった、私は魔法には詳しくないが、それでもあの魔法は古い術式であることはわかる。魔力のキレは一流だが、あれでは他の魔法使いには通じまい」

「うっ」


「魔王ともあろう者が、あのような実践では使えぬ魔法を使用するとは思えん」

「ぐぬっ」


「それに、魔王アルラと言えば、美の王としても名を馳せる。森の色に染まる髪は万物が生み出したる自然の美さえ(こうべ)を垂れ、黄金の瞳に人を捕らわば、命の一つ一つに輝きが注ぎ込まれ焼き尽くす――そう、言われるほどの美しさを持っているらしいからな」


「まった、輝いているのか私は!? というか、焼き尽くすって……もはやそれは悪口だろ! はぁ、やはりこの姿では誰も信じてくれないのか……」


 自分のことを自分であると証明できない歯痒さに情けなさを覚える。

 歯噛みをする私を横目に、ツキフネは何やらカリンに声をかけている。



「カリンの言うとおり性格に難はありそうだが、極悪人には見えないな」

「でしょ」

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