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第18話 黒き片羽根の天使

 彼女は小さくも激情に包まれた声を漏らす。

「人間の中には良い人たちがたくさんいる。でも、あなたたちみたいな人もいる。それが、それが、わたしは腹立たしい。どうして同じ人間なのに、こうまで違うの……」

「はぁ、何言ってんだ、嬢ちゃん? 聞こえねぇよ」

「私は、私は、私は! あんたたちみたいに他者を平気で蹂躙できる存在が許せない!」



 カリンは両手でしっかと刀の(つか)を握り締めて、悲憤(ひふん)に染まる空色の瞳で纏め役を睨みつけた。

 この情動の混じり合う殺気にツキフネは瞠目する。

(これは驚いた。年端もいかぬ少女がこのような殺気を纏うとは。それも、これほどまでに寂しさと悲しさを宿した殺気を……この子は歩みの中で、どれほどの悲しみを見つめ、背負ってきたのだ)



 ツキフネと同じく、カリンの激しく猛る心を目にした纏め役は足を一歩下げる。

 しかし、次には笑みを浮かべて、こう言った。


「う……へへ、所詮は小娘だ。関係ねぇから見逃してやるつもりだったが……てめぇがその気なら仕方がねぇ。お前ら、構わねぇ、二人ともやっちまえ」


「へへ、いいんですかい?」

「どうせなら、こっちの嬢ちゃんとお遊びしても構わねぇかな? 俺はこれくらいの女がたまらなくてよ」


「変態かよ。ま、たまにはガキ相手も悪くないか。というわけで、残念だな嬢ちゃん。オーガリアンなんかの味方をするから、てめぇの大事な尊厳とやらが蹂躙されることになりそうだぜ」

「フン、この程度の人数でやれると思ってるの?」


「思ってるぜぇ。なかなか腕が立つみてぇだけど、崖上にいたのは数人の弓兵で、しかも不意打ち。だが、ここにいるのはマジモンの戦士。対するはガキに、毒の回ったオーガリアン」

「それでも――」

「お~っと忘れてた。てめえら、出てこい!」


 この声に応え、纏め役の後方の茂みと、カリンとツキフネの後方の茂みからさらに戦士たちが姿を現した。

 その数――前方に十人。後方に五人。

 元の数と合わせて、三十人を超える手練れ。



 思わぬ伏兵に目が泳ぐカリン。

 その様子をねっとりとした瞳で見つめる纏め役。


「オーガリアン相手だからな。念には念を入れてたんだよ。さて、どうする? 大人しく剣を捨てるなら犯すだけで許してやるぜ。もっとも、この人数相手に耐えられるかまでは保障しねぇけどな、へへへへ」

「――クッ!」


 カリンは忙しくなく瞳を振る。

 相手は三十人。纏う雰囲気からしてベテランの戦士も多い。

(こ、これじゃ……ツキフネさんを守りながらだと――)


「私は捨て置け」

「え?」

「もともとは私の問題だ。私が退路を確保する。毒が回っているがそれぐらいなら可能だろう」

「あなたを見捨てるなんてできるわけないじゃない!」

「フフ、優しい少女だ。だが、今はその優しさは捨てろ。でなければ、二人とも助からん」

「そんなの、そんなの……」




 再び、カリンは忙しくなく瞳を振る。

 敵は三十。手練れ。今のままのカリンでは到底太刀打ちできない。

 そう、今のままでは――


 彼女は左手を(つか)から外し、手のひらで顔の左半分を覆う。

(パイユ村では迷って機を失った。迷いは禁物。たとえ、ツキフネさんから忌避されようと!!)


 カリンは意を決して影の民として力を顕在すべく、(こと)()を捧げ始める。


「回れ回れ時の歯車よ。遼遠(りょうえん)()するは万劫(ばんごう)に封じられし叡智。その薄片(はくへん)()て万象に接する栄誉を与え給え」


 彼女が生み出す詩編に、纏め役以下戦士たちは戸惑いを見せる。

 その中でツキフネは目を見開き、驚嘆に心を包む。

「なんだ、この聞き慣れぬ祝詞(のりと)は……ま、まさか――」


 カリンの左目に歯車の文様が浮かび上がる。瞳を中心に黒い血管のようなものが這い出し、それが左目を覆う。

 誰もがこの異様な姿に言葉を失い、その中で、ただ、ただ、カリンの声だけが森に浸透していく。


「我は番人にして追憶を守護せし者。自由と盟約の名の下に黒き片羽根の顕現を許せ。王の無二にして唯一の莫逆(ばくげき)の友、片羽根の騎士ナグル・ウェブ・ゼアル!」



 言葉を終えたカリンの背の左側に漆黒の羽が生まれる。それは金属のような光沢を帯びた骨組み。

 頭上にも同じく金属の光沢を帯びた円環。

 それは、とてもとても(いびつ)な円環。


 ここに、光り輝く白き歯車の文様を瞳に浮かべ、左目に黒き血管、背には漆黒の骨組みの片羽を持つ天使が姿を現した。

 この者の正体を知るツキフネが言葉を地に落とす。


「か、影の民……」

 彼女の声を聞いて、カリンは声を悲しみに染めた。


「ごめんなさい。わたしなんかがあなたを守って……」



 影の民――全種族の敵であり、忌避される存在。

 その言葉を聞いた纏め役は悲鳴のような笑い声を上げると、すぐにその狂声に愉悦を乗せた。


「か、か、かげのたみ。ひ、ひひ、ひひひひ、ひ~ひひひ! そいつはすげぇ! オーガリアンなんか目じゃねぇぞ! とんでもねぇ金になる! お前ら、絶対に逃がすなよ!」


 影の民への忌避感。恐怖。そこに投じられた欲望。

 欲望は全ての感情を塗りつぶして、戦士たちは心に従い、剣を握り締める。


 相対するカリンもまた、刀を握り締めて構えを取る。

 そして、後ろを振り向くことなく、毒が回り、息の荒いツキフネに声を掛けた。


「影の民であるわたしに守られるなんて不名誉だろうけど、今だけは許して」

 彼女の声に、こう、ツキフネは返す。


「たしかに不名誉だ」

「――――ッ!」

「戦士として、少女に守られるだけとはな!」


 ツキフネはカリンとは背合わせに立ち、震える手と指先を無理やり力で抑え込み、大剣の(つか)を強く強く握った。


「カリン、背は任せた。私も、お前の背を守ろう」

「ツキフネさん――はい、お願いします!!」



 賞金稼ぎとして武名を博するツキフネを狩るため集められた、三十を超える豪然(ごうぜん)たる戦士たち。

 彼らの戦士としての腕前は確かなものであった。

 だが、影の民としての力を宿したカリンの前では敵ではなかった。


 カリンは黒の片羽根を羽ばたかせて地を滑空するように舞い、歴戦の瞳たちに影すら映さず刀を振るう。


 一度、刀が煌めけば、一人の戦士の悲鳴が聞こえ、次には二人となり、三人となり、悲鳴と悲鳴が波紋のようにぶつかり合い、纏め役の鼓膜を怯えに震わせる。



 さらに、彼らの命を刈り取る者は彼女だけではない。


「うおおぉおぉっ!!」


 毒矢を受けて、毒が体に回り、万全ではないはずのツキフネも漆黒の大剣を大きく振り回し、戦士たちの胴を上下に引き千切っていく。


 

 カリンは空色の瞳を蒼く凍らせて、ツキフネに微笑みかける。

「フフ、凄い。ツキフネさん、その調子ならわたしがいなくても大丈夫だったんじゃ?」

「お前がいるから後先考えず無理をしているだけだ。さすがにこの後は動けないだろうな。それよりも、思いのほか容赦がないな。年若いため、剣に迷いがあるかと思ったが」


「こういったことは何度も経験して、わかってくれる人とわかってくれない人の違いは見極められるようになったからね。それに、自分の手を汚さずにはいられない世界だってことを知っているから……」

「お前は見た目とは違い、多くを経験しているのだな」


「あまり自慢できる経験じゃないけどね。まぁ、迷いがないように見えるのはこの姿だからというのもあるの。影の民として力を解放すると、心の抑制が効かなくなるところもあるから」

「フッ、恐ろしくもあるが、頼もしくもあるな。さぁ、下らぬ狩りを終えるとしよう」

「はい!」



 彼女たちが(やいば)を振るうたびに、屍が屍を呼び、死体の山が築かれる。

 纏め役の策略は功を奏し、勝利は確実だったはず。

 しかし、眼前に広がるは、臓腑舞(ぞうふま)う光景……。


「う、嘘だろ……こんなはずじゃ……クソッ!」


 彼は後ろを振り返り、手下を置いて後方の茂みに逃げ去ろうとした。

 だが、それは許されない。


「ぶも!」

「ぐあはぁぁあ!!」


 茂みから出てきた白と黒模様の巨体に吹き飛ばされて、纏め役は地面に転がった。

 その巨体の後ろから男の声が聞こえてくる。


「こらこら、部下を置き去りにして一体どこへ行こうというのだ?」


 彼らの正体をカリンが声に出す。

「え!? おじさんに貫太郎ちゃん!?」



 茂みから現れたのは農夫の姿をしたアルラに、白と黒の模様が愛らしい貫太郎だった。

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