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第15話 オーガリアンの女性

――森の中



 新たな村を求めて、カリンを案内人として先を歩む。

 今のところ、パイユ村からの追手はないが、いずれ私たちのことが人間族の軍へ伝わり、調査隊くらいは出てくるだろう。

 パイユ村で得た物資では心許(こころもと)ないため、調査隊が送り込まれる前に次の村へ訪れて、しっかりとした補給を行うつもりだ。


 行うつもりなのだが――



「はぁ、はぁ、はぁ、も、もう、歩けない……」


 用心を重ね、本道から離れた細道を歩んでいるので、背の高い雑草や無遠慮にのたうち回る根っこが行く道に蔓延(はびこ)り、大変歩きにくい。

 今の私の体形(たいけい)と体力では負担がかかり過ぎて辛い。


「ううう、カリン。きゅうけいを、きゅうけいをもとむ~」

「さっきもそう言って休んだでしょ。はい、キリキリ歩く」

「そうは言っても、この汗の量を見ろ。膝も痛いし」


「なに言ってんの? 汗が出なくなってからが本番。痛みは気構えで耐える」

「ど、どこの体育会系なんだ、君は? しかも、間違ってる方の知識を有する……死ぬぞ!」

「もう、仕方ないなぁ。休憩は挟まないけど、ペースを下げる。お水は飲んでよし」

「で、できれば休憩をしたいんだが。それが駄目なら……」



 私はちらりと貫太郎の逞しき背中へ黄金の瞳を振る。

 カリンはそれを見逃さない。


「駄目だよ、貫太郎ちゃんに乗ろうだなんて考えちゃ」

「しかしだな――」

「いい、貫太郎ちゃんはすでにパイユ村で手に入れた物資を載せてるんだよ。それなのに、おじさんまで乗せられないよ」

「だ、大丈夫。貫太郎はそんじゃそこらの牛ではない。私が百人乗っても大丈夫だ」

「いや、無理だよ。貫太郎ちゃん、行こう」

「も~」


 貫太郎はピンと張った美しい睫毛(まつげ)(かぶ)さる黒の瞳に憂いを乗せて、こちらを見てくる。

 彼女は戸惑っているようだ。

 だから、私は彼女の同情を誘う。



「貫太郎、どうか後生だ。私を背に」

「も~……ブモ!」


 彼女は大きく頷き、私に近づいて膝をつこうとした。

 その優しさに思わず不覚の涙を禁じ得ようとしたのだが……。


「ちょい待ち、貫太郎ちゃん。その優しさは間違ってるよ」

「もも~?」

「これから長旅に出ようとしてるのに、おじさんの体力は全然足りてないんだから。旅の間、ずっと貫太郎ちゃんの背に乗るというわけにもいかないんだし。今のうちに少しでもスタミナをつけておかないと」


 この言葉に貫太郎は首を縦に振る。

「ぶもも」

「でしょ。優しいばかりが愛情じゃないの。時に厳しさが愛情だってこともあるんだから。つらいだろうけどここは心を鬼にして。それがおじさんのためなんだから。それじゃあ行こう、貫太郎ちゃん」

「も~」


 貫太郎は私をちらりと見て、ゆっくりと頷く。

 そこから、『頑張れ』という言葉が聞こえたような気がする。


 私は離れて行く二つの背中に声をぶつける。

「待ってくれ! 厳しい愛情などいらない! 優しさだけをくれぇぇえぇえぇ!」




――二時間後・お昼



 やっとこさの思いで森の小道を抜けた。

 目に映ったのは、大きな本道とその先にある村の姿。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、やった、むらだ。わたしはいきのこった!!」

「大げさだなぁ、おじさんは」

「お、お、おおげさなものか! 生まれてこの方、これほどの辛くきつい思いしたことがないぞ!」

「それはそれは随分と恵まれた人生を送っていたようで」


「な、なんだとぉ! こうみえても不幸自慢なら影の民である君にも負けないという自負はあるぞ!」

「いらないよ、そんな自慢。それよりも、早く村に行こう。ちょうどお昼だし、村のお店で食事を取ろうよ。ね、貫太郎ちゃん」

「も~」


 またしても、二人は私を置いて先を進んでいく。

「だから、まってくれ! はぁ~……しかし、なんだ。我ながら体力が落ち過ぎだな。いざとなれば呼吸法でカバーできるが。それでも現状の体力では活動時間に限界があるか。ふむ、カリンの言葉ではないが、体力を少しでもつけておかないと……」



――ルシアン村


 村は野生動物が入り込まない程度の柵に囲まれており、規模はパイユ村よりも三倍程度大きく、同じく森に囲まれているため湿度は高い。

 村の背には谷があり、そこから風が降りてきている。

 そのため、パイユ村よりも肌寒さを感じる。


 住宅は煤けた木造のものが多く、高い建物はせいぜい二階建て。

 煤けているのは表面を軽く炙っているからだ。

 あれは木の表面を焦がすことで、防腐・防水の効果を高めるため。

 これは森に囲まれ、湿度が高く、虫が多いための防護策。

 

 村の入り口近くには人だかりがあり、ざわざわと騒ぎ立てて剣呑な雰囲気。

 厄介事のようだ。


 それに巻き込まれたくないのでカリンへ声を掛けようとしたのだが……遅かった。

 彼女は小走りで人だかりに駆け寄り、村長と思われる中年の男性に声を掛けた。



「あの~、どうしたんですか?」

「え、あんたは?」

「旅の者です。なんだか、様子が変だったから声を掛けてみたんですけど」

「ああ、そういうことか。実は、あちらの方に盗賊退治をね」

「盗賊? あちらの方?」


 話を聞いた彼女は、村長が指差した人物を空色の瞳に映した。

 そして、小さく声を漏らす。


「え、オーガリアン?」


 彼女の瞳に映ったのは、背が自分よりも頭三つ分は高く、体もがっしりとした一人の女性。

 薄曇り色である空鼠色(そらねずみいろ)の肌を持ち、青い稲光のような入れ墨を全身に走らせ、黒の衣服で身を包むが露出は高く、衣服の隙間から六つに割れた腹筋と豊満な胸の谷間に魅惑的な太ももが見え隠れしている。


 足は靴を履かず裸足。漆黒のつめ先は大きく鋭く、それが大地をしっかりと掴み取る。

 また、ひざやひじといった場所に真っ黒なプロテクターをつけて、漆黒の大剣を背負う。


 顔の半分も体と同様に黒色の布で隠し、耳は横に長く先端は尖り、髪は白色で、瞳は太陽を彷彿とさせる輝くオレンジ色。

 黒尽くしの剣士……逞しさに目を奪われるが、顔半分だけでもかなりの美人と見て取れる。



 私も戦士の女性を目にして言葉を漏らす。

「オーガリアンか。珍しい」


 オーガリアン――三千年前にオーガと言う人間族よりも巨大で狂暴な魔物がいた。彼らに繁殖能力はなく、他種族(主に人間)を攫い、その腹を借りて子を産ませていた。

 通常、生まれてくる子どもは全て雄のオーガであるが、まれに揺り篭となった女性の特性を持って生まれる子どもがいた。

 

 人間とオーガの特性を持った存在。それがオーガリアン。


 やがて、オーガは絶滅し、知恵と力を持ったオーガリアンだけが残った。

 オーガリアンは人として分類されているが、人間族と魔物の特性を持っているため、異種族から不当な差別を受けやすい。

 中には、オーガリアンをオーガと同一視して狩る者さえいる。

 

 また、オーガリアンは群れることを好まず、単独で行動していることが多い。

 そして、多くが人間族よりも力強い特性を生かして、傭兵や賞金稼ぎなどで生計を立てている……これは私の知る百年前のオーガリアンことだが、盗賊退治の話から見て、彼らはいまだ一定の地に留まらず、旅をしながら命を対価に暮らしているようだ。



 カリンがオーガリアンの女性へ話しかけて、そのオーガリアンは淡白だが心惹きつけるハスキーボイスで言葉を返す。

「初めまして、私はカリン。盗賊退治ですか?」

「ツキフネだ。何か用か?」

「ツキフネ!? え、あの賞金稼ぎで有名なツキフネさん?」

「あのかどうかは知らぬが、主に賞金稼ぎを行っているな。手隙(てすき)であれば傭兵も」

「わ、すごい。超凄腕と聞いてますけど……」



 カリンはツキフネと名乗ったオーガリアンの女性の逞しい手足をちらりちらりと見てる。

 彼女の様子から、ツキフネという女性はかなり有名と思われる。


「本当に強そうですね」

「世間話に付き合う気はないぞ」

「あ、ごめんなさい。その、盗賊の話なんですけど、何人くらいでなんです?」

「十人前後だと聞いている」

「十人!? それを一人で?」

「ああ、そうだが。それがどうした?」

「いくら凄腕のツキフネさんでも一人じゃ大変でしょう。私たちも手伝いますよ」


 このカリンの言葉に、私は派手な呆れ声をぶつけた。

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