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九、自分で作った行動指針

九ノ序、

オレが、まだ商社に勤めるサラリーマンだった頃。


その人はある日、会社の机の椅子に座るオレに後ろから突然声をかけてきた。背後から知らない人に声をかけられたオレは、とりあえず椅子から立ち上がり後ろを振り返った。その人は、椅子の背もたれを掴むオレの手をじっと見ていた。


その人は、オレの手を観察しながら、『なかなかいい手首してますね』に続いて、オレの肘・肩・背中をポンポンと叩き、続けて『ちょっと構えてみて』と言った。

その人の名前を知るより先に、オレは武術の手解きを受けていたようだ。武術の心得のある人は、他人にも教えたくなるものらしい。


その人は中原哲という名前の、名前も見た目も普通のちっこいおじさんで、何という武術なのかは聞いたことがない。


中原さんには武術の手解き以外にも、仕事の上でもオレは色々とお世話になった。不動産屋の榎田社長も、中原さんからの紹介だ。




九、

フロンテア半島共通銅貨5枚。

城郭都市ホワイトホース発行の藩札に換算すると、約2,500リブレ。ギルド事務局内にある食堂の昼飯5食分といったところだ。それが、よそのギルドの若者との喧嘩で、若者がオレに支払った賠償金だった。

その金額が多いのか少ないのかはオレには分からない。


昨日の夜、若者の上司であり、『クアント革加工ギルド』のギルド長(社長のようなものだろうか)のクアントさんという方が若者を伴ってオレを訪ねてきて、丁重に詫びの言葉を伝えた後で、みやげ品とともに支払ってくれた。みやげ品は、クアント革加工ギルドで販売しているベルトと革財布で、なかなか良い品だ。おそらく、銅貨5枚よりも、このみやげ品の方が高額だろう。


「……こいつが作った品です。ご迷惑をお掛けしたお詫びの品として、お受け取りください」

クアント社長は、もう一度丁重に頭を下げる。その後ろに立つ若者も、社長よりも深々と頭を下げた。若者の名は、クロークというらしい。

クローク君は、オレに絡んだこと自体よりも、自分がやったことが原因で社長に頭を下げさせてしまったことの方を、猛烈に反省しているようだった。


「……有り難く頂戴いたします。私の方はもう気にしておりませんので、これ以上お気になさらずお願いします」

いつもより丁寧な口調で、オレはクアント社長とクローク君にお辞儀をする。


二人はオレより深く頭を下げてから、オレの部屋を辞した。



こうして、オレはクローク君の特製革ベルトと革財布、共通銅貨5枚を手に入れたのだった。異世界で初めて手にした『自分のもの』ということになる。部屋の机の上にそれらを並べて、しばらく眺めたり、銅貨をコロコロ転がしたりしてみる。

それにしても、オレが異世界で初めて手に入れたお金が、働いて得たものではなく、賠償金とは……


でも、お金はお金だ。オレは早速、クローク君特製革財布に5枚の共通銅貨を入れる。新品の革財布はまだ少し硬いが、じきに馴染むだろう。


「ん?」

気になったので、オレはメニュー画面を開いて確認する。前に見たときはメニュー画面に、『お金』の項目はなかった。


『もしかしたら、お金を召喚物にできるなら無限に買い物できるのでは?』

メニュー画面を確認したのは、そういうオレのズルい心からの動機だが、残念ながら『お金』は召喚物にもアイテムにもならないらしい。そう言えば、元の世界の銀行に預けてあるオレの貯金『412万円』も、召喚物としてこの世界にまで着いてきてはいない。

金は天下の回りもの、なのに異世界には来ないらしい。

そう言えば、スマホや車もこの世界には来ていない。

……結構大事にしてたと思うけど。


クローク君の『革ベルト』と『革財布』の方は、ちゃんとメニュー画面のアイテム欄に表示されていた。


「ふむ…」

メニュー画面を開いたまま、オレは、まだ硬さの残る新品の革ベルトをズボンのひもに通す。身に着けると、『革製のベルト』は、アイテム欄から装備品の欄に移動し、装備適正の数値が表示される。数値は52%。荒野を歩いて穴が空いた靴下よりも下だった。スボンのポケットに入れた『革製の財布』は、身に着けていてもアイテムのままだ。

続いて、『召喚』欄を確認してみる。召喚可能な物のリストには、今日貰った『革製のベルト』も『革製の財布』もどちらもなかった。


「たしか、『愛着があるもの、大事に扱う物程強くなる』だったよな…」

大事に扱っていれば、こいつらもそのうち召喚物になってくれるだろうか。別の世界からさえオレに着いてきてくれた、前の世界の愛着のある品々のように。


「……今後とも宜しく」

オレは声に出して、身に着けたクローク君特製革ベルトとポケットの中の革財布を、ポンポンと軽く叩いた。



     ≡


「自分の仕事があるんだったらやっていい。だが、わしが手伝えと言ったら手伝え」

それが、バラガンの師匠としての条件だった。その代わりにバラガンは、オレに飯を喰わせてくれるらしい。

具体的になにを手伝うのか、とオレが訊ねると、


「…わしは鍛冶屋だ」

の一言だった。

おまえ何を言ってるんだ、の表情を浮かべるバラガン。


「五日後から仕事を始める。それまでは好きにしろ。飯はレッドホイールのわしのツケで勝手に喰っていい」

それだけ言うと、バラガンは住んでいる部屋の扉の鍵束をオレに預けて、どこかへ出掛けてしまった。


本当に無駄なやり取りをしない人だ。

必要なやり取りも。


バラガンからは、わしの部屋にしばらく住んでもいい、と言われている。異世界で突然、住む場所と飯の心配がなくなり、代わりにオレは、持て余すほどのヒマを手に入れたのだった。



     ≡


バラガンが借りている部屋の間取りは、台所1つ部屋2つの所謂2DKである。台所の奥の製図台と簡易ベッドがある部屋がバラガンの部屋で、その隣にある物置代わりの空き部屋が、今はオレの部屋として充てがわれている。インテリアの類は一切なく、見事なまでに『なにかの図面を引く』ことと、『夜寝る』ことだけに特化された部屋だった。


「…メニューオープン」

バラガンが借りている集合住宅の部屋の一室で、オレは『ステータス画面』を開く。オレの職業は今、『レベル3召喚士』だった。

HP、MPの数値が上昇し、DEF、RESの数値がそれぞれ少しずつ上昇している。『経験値』欄のグラフを確認してみると、昨日の昼に2回、夜に1回、他の時間帯と比べて、ギュン、と経験値が上がっていた。


「クローク君と喧嘩した時と、…バラガンに腹殴られた時、かな。あと一回はなんだ?」

印象的だったことを指折り数えながら、昨日のことを思い出してみる。夜にクローク君とクアント社長に謝られた件だろうか。

「それで、体力と防御力と反応上がるかな…」

これまでの経験によると、どうやらオレの『職業』である召喚士は、レベルが上がるとMPも上がるらしい。しかし、その他のパラメータの上昇する条件が確定していない。

それに、実体験による経験値上昇のきっかけとなる物事も相変わらず分からない。これでは効率的な経験値稼ぎなどできない。

それと、


「このSPAってなんだ。…スパ?」

新たに実装されたパラメータを見る。『SPA』と表記されたその欄の数値は『0』になっている。実装されたのに、『0』とはどういうことだろう。それにSPAって。スピードはSPD、だし。

……分からない。

考えても仕方ないことを早々に切り上げて、オレは外出することに決めた。家の中にいるよりも外にいた方がレベルは上がりそう、という判断からだ。なにしろ、この世界にはネットもテレビもない。バラガンの部屋には本の一冊もない。

これでは、部屋の中にいても経験値が上がる訳がなかった。ならば、町に出掛けてみるというのも一つの手だろう。

問題は、どこに出かけるか、だ。


「この世界、印刷技術あるなら本もあるかな」

作業ツナギのポケットに入れっぱなしの、小池さん(仮名)に貰ったざら紙を見てみる。地図も文章も手書きではない。インクのような黒い塗料で機械的に『印刷』してある。印刷技術があるならば、この世界には『本』も存在する可能性は高そうだ。本を読んで情報収集というのは、どうだろうか。

ただで利用できる公営の図書館があれば、一番いいのだが。まあ、それは町に出れば分かるだろう。

ただ、それはそれとして…


「……」

クンクン、とツナギのポケットに入れっ放しにしていたざら紙を嗅いでみると、かなり汗臭い。三日着っぱなしのツナギの臭いが染み付いている。

部屋の中でずっとこのニオイしてたのに、バラガンよく文句言わなかったな、と妙な感心をする。

まずは、宿屋のおばあさんにお湯を借りて、石鹸で自分の作業ツナギを洗うことから始めよう。ついでに他の装備品も。



バラガンの石鹸を借りてしっかり洗ったオレの装備品から、やっとニオイがとれた。初めて自分で服を手洗いしたが、襟の部分や縫い合わせ部分のニオイと皮脂汚れがなかなかとれない。それに、荒野の赤い土の染みが洗っても全然とれない。それに、生地が厚い作業ツナギは手で絞っても水気が全然切れない。洗濯機の脱水だと、洗って乾かしたらわりとすぐに着れてたのに。生地が薄くて柔らかいシャツやパンツはともかくとして、固い作業ツナギをあまり強くゴシゴシやったり絞ったりすると破れそうになる。オレは服に無頓着なタイプなので、召喚物の中に服は少ない。


「…新しい服買わないと」

そのためにも、お金を稼がなければならない。

まずは町に出て銅貨5枚で、何が買えるかリサーチといこう。とりあえず、前の世界で仕事用に使っていた『カッターシャツ』と『スラックス』と仕事用の『革靴』を召喚して身にまとった。

仕事用の服を着た途端に、オレの仕事スイッチがオンになった気がする。どれも、わりと上等なやつなので、服を汚さないように今日は活動することにしよう。作業ツナギはおばあさんに言って宿屋の中庭に干し、アイリッシュセッターも少し長く履きすぎたので部屋の中で休ませる。靴の形を崩したくないのでシューキーパーが欲しいところだが、この際贅沢は言っていられない。

出かける前に、カスミ荘のバラガンの部屋の扉に鍵をかけて、一階出入り口で管理人のおばあさんに、ちょっと出掛けてきます、と一言声をかけてから、オレはブライドルの町へ繰り出した。



     ≡


バラガンが部屋を借りている『カスミ荘』は、ブライドルの『ロジン3丁目』というところにある。日雇い労働者や冒険者のための、宿屋というか簡易宿泊施設や安い集合住宅が集まったような地域だった。所々に商店なんかもあるが売り物の種類は圧倒的に少なく、地域全体になんとなく『あしたのジョー』のドヤ街のような雰囲気が漂っている。ちょっといかつい感じのお兄さんも道を歩いている。


そんなことよりも問題なのは、ブライドルの町全体が『入り組んでいて道が非常に分かりづらい』ということだった。オレ自身が、この町に来て早々に道に迷ったことを思い出す。歩いていても気付かないくらい建築物に沿って道がゆるくカーブしていたり袋小路も多いので、通り一本間違っていたら全く違うところに着いてしまうのだ。下手に歩き回って、迷子になるのは困る。

それに、場所によっては荷馬車が走っていて非常に危ない。宿屋ばかりで道の狭いロジン3丁目はともかく、酒場レッドホイールのある『ハッチポッチストリート』近辺は、道が広いので頻繁に荷馬車が通る。

今日のところは、闇雲に歩き回ったりせずに、安全にちゃんと宿に帰れる範囲を探索することにしよう。


「…せっかくできたヒマだ。迷子になって時間を無駄に費やす手はないよな」

 とりあえず、今日は『ロジン3丁目』の周辺だけを見て回ることに決めた。とりあえず、宿屋カスミ荘と同じ通りにある八百屋のリサーチから始めよう。



「へい、らっしゃい!なんにしやしょ!」

ベージュの腹巻きと白いハチマキを付けた威勢のいいおやじさんが、店の庇の下の品物を覗き込むオレに声をかける。おやじさんは信じられないくらいのだみ声だった。やっぱり異世界の八百屋さんも、早朝のセリで声を枯らすのだろうか。

この店の看板には『八百屋』と書かれてはいるが、並んでいる品物は野菜や果物だけではなく、店の奥にちょっとした小物も売っている。店先に並ぶ籠に盛られた野菜や果物には値札は付いていなかった。


「…うーん、と今日と明日の朝飯になりそうなものってあります?」

八百屋は意外に品揃え豊富だった。トマトのようなもの、アスパラのようなもの、レタスのようなもの、芋のようなもの、玉ねぎのようなもの、瓜のようなもの(この世界の野菜の名前が分からないので、のようなもの)、多種多様にたくさん並んでいる。店先の一番目立つ所に置いてあるアボカドのようなものを指さして、店主のおやじさんに訊ねる。


「これ、おいくらですか」

「緑の森の木の実ね。いまは貴重品なんでね。銅貨で5枚になります」

おやじさんは、揉み手せんばかりにオレに向かって説明する。

少し高いな、というオレの雰囲気を察したおやじさんが、先手を取ってオレに説明してくれた。


「昔はいなかったんだが、最近山の方にクロボウが出るもんでね。森の木の実もぜーんぶ、喰っちまいやがんだ。奴らなんでも喰うから」

「クロボウ?」

「オレも実物を見たことはねえけど、なんでも黒くてデカいやつらしいよ。よく知らねえけど。そいつのせいで、山の方の畑や森の木の実がかなりやられてるらしい」

この世界にも、害獣っているんだな、やっぱり。

もしかしたら所謂『モンスター』ってやつかも。


オレは、おやじさんお勧めの『緑の森の木の実』ではなく銅貨1枚分でトマト3個とバナナのようなものを1房買って八百屋を後にした。



    ≡


八百屋を出てから歩き始めて15分くらいで、『雑貨屋マキシャ』という小さな置き看板を見つけた。路上の隅に置かれた看板は手作り感満載で、キラキラした色付きの石英のようなもので、きれいにデコレーションされている。

雑貨屋の入口は植え込みに囲まれていて、ぱっと見では入口だとは分からないくらいに小さい。

しかし、異世界の『雑貨屋』というのは、ちょっと気になる。一体、異世界の雑貨屋はなにを売っているのだろう。おしゃれなメモ帳とか、キャラ物の文房具とか売っているのだろうか?


「…入ってみるか」

少し気合を入れて木戸を通る。雑貨屋というのは、おじさんが一人で入るのは勇気がいるものだ。

木戸に付いていた鐘の、カランカラン、の大きな音にびっくりしながら店内に入ると、入り口の狭さとは裏腹に店内は意外と奥行きがあった。


「…いらっしゃ〜い」

カウンターに突っ伏して、この店の店員さんらしい10代くらいの娘さんがオレに挨拶をする。暖色系のシャツとスカートの上に、胸まである白いエプロンを着けて、髪を頭の両側でお下げにしている。不器用らしく、オレンジ色の髪が少しはねていた。

店内にはオレの他に客はいない。あまり、流行っていないのかもしれない。とりあえず、カウンターの奥の棚を覗いてみると、パンや飲料などの食料品の他、マッチやタバコのような物も売ってあった。しかし、オレはタバコを吸わないので、通り過ぎて店の奥に行ってみる。

店の奥の棚には、流石に『雑貨屋』というだけあって、店の中には色々な物が売られていた。

木製のおもちゃ。湯呑みや茶碗などの陶器類。水筒、弁当箱、雑記帳、筆箱などの学生が扱うような物。その他ちょっとした木製のインテリアなど。しかも、全て手作りっぽい。雑貨に詳しくはないが、なかなか良くできていると感じた。こういう手作りの物も一つ一つ味があっていいものだ。

オレは、感心しながら店の奥へ奥へと進んでいく。

そして、店の一番奥、突き当りのスペースで『意外なもの』を発見した。


「これは……!」

思わず、オレは声を上げる。

セルジオ・レオーネ監督の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の冒頭に出てきたような、『昔の黒電話』だった。


「……もしかして、それ、興味あります?」

カウンターにいる店員の娘さんが、期待に満ちた目でオレを見ている。タバコ以外のものを買うお客自体が少ないのかもしれない。


「ええ。珍しいものですか?」

すっとぼけながら、オレは聞いてみた。この世界における『異世界人』の扱いについて、オレはまだ知らないままだ。オレが別の世界から来た人間であることは、自称師匠のバラガンにさえ言っていない。


「すっごく、珍しいものですよ。大陸荒野の岩山を越えて、砂漠の砂の中から発見された古代の遺跡の一部かなんかです。たぶん」

店員の娘さんは大げさな身振りを交えながら、自信満々に不確かなことを言った。売っているだけで、品物の出処についてはあまり詳しくはないのだろう。


「…へぇ、大陸荒野っていうのはホープ街道の向こうにある、あの赤い砂の?」

最初の日に、ソーンさんに教わった知識が役に立った。オレの言葉を聞いた店員の娘さんは、嬉しそうに言う。


「お客さん、よく知ってるね!そうそこ!」

カウンターに手を付けて、店員の娘さんは軽くジャンプしながら話している。もしかして、まだ10代になったばかりなのかもしれない。店番をしているのか、経営者なのかは分からないが、異世界ではこんな年頃の女の子も働かないといけないらしい。


「…知識として知ってるけど、そんな所から探してどうやってここへ持ってくるの?」

この娘さんは知らないのかもしれないが、オレは気になって質問してみた。店員さんに合わせて、オレの方もくだけた口調に変える。

オレの質問に対して、店員さんはハキハキと答える。


「あたしの後見人のロベスピエロって人が、たまに砂漠から持ってくるのよ。そこにある黒いのの他にもあるよ、見る?」

後見人というのは、この町でのいわゆる商売する上での『後ろ盾』みたいなものだろう。オレにとってのバラガンみたいなものだ。

それよりも、店員さんは黒電話の他にもこの店に元の世界の物があると言う。もしかしたら、壊れた後『帰還』させたままのHONDAクロスカブ110の部品と交換できる部品があるかもしれない。

だとしたら、クロスカブを直してもう一度走らせることができるかもしれない。


「見せてくれる?」 

と言ったオレの言葉に、

「待ってて!」 

と、間髪入れずに店員さんは答えて、店の奥へ消えていった。



オレの目の前には、女の子の店員さんが店の奥から持ってきてくれた様々なものが並べられている。

元から店内に置いてあった黒電話の他にも、

・チェス盤(駒なし)

・壊れたアナログ柱時計

・壊れたスピーカー

・建築用の足場用鉄骨パイプ

・柄がとれた骨だけの折りたたみ傘

・壊れて座れないパイプ椅子

 エトセトラエトセトラ……。


ほとんど全て壊れている。

ただ、なかには使えそうな物もある。

中でも店員さんが持ってきてくれた、壊れた折りたたみ梯子にオレの目はとまった。

アルミ製の折りたたみ梯子で、伸ばして高いところまで届かせることも、梯子の真ん中で二つ折りにして梯子自体を自立させることもできる。ただ、梯子の曲げ伸ばし部分を固定するための金具がとれて失くなっていた。これでは、伸ばしても、自立させても、安定感を保てない。それに、滑り止めのゴムと梯子の一段目も外れている。


「これ、たぶん梯子だけど、壊れてるね」

店員さんは大きめなアルミ梯子を軽々運んで、奥から店内に持って来ながら明るく言う。体は小さいながらも、なかなかの腕力だ。異世界人は、力持ちが多いのだろうか。


「たしかに。でも…」

直せば使える。この世界にも梯子はあるだろうが、『折りたたみ梯子』はあるだろうか?


「…うーん。欲しい、けど、壊れてるし、お金もないし…」

オレが渋ると、

「安くするよ。ギルドカード見せて一筆くれれば、ツケとか月賦も効くよ!」

そういう仕組みなのか。

ギルドカードはまだ貰っていないが、もし手に入れても人にはあまり見せないようにしよう。


「…今日のところは、やめとくよ。お金ができたらまた寄るから、新しいの入荷したらまた見せてもらえる?」

 オレが言うと、

「いいよ!」

 と店員さんは元気に答えた。


そして、オレは、銅貨1枚分の石鹸と針と糸玉を買って、この町の本屋の場所を教えてもらってから雑貨屋を後にした。


さっきの八百屋でもそうだったが、この世界では売った物を紙に包む習慣があるらしい。

そういえば、ブランドンさんの干し肉も紙に包まれていた。複数の品物をまとめて持ちやすいように、今度から買い物の時は手提げ袋を持参して来たほうがよさそうだ。


「また来てね!!」

銅貨で現金払いが嬉しかったらしく、店員さんは手を振り笑顔でオレを見送ってくれた。



     ≡


雑貨屋での買い物が終わり、歩き回って少し汗をかいていたオレは、風呂を借りるために一旦カスミ荘に戻った。この町は、日中は汗ばむくらいに暑い。宿屋のおばあさんに頼んで湯を借り、部屋の中で体をタオルで拭いて、今日着た衣服に付いた埃を『召喚』した馬毛のブラシで、ちょちょっと落とす。柔らかい馬毛のブラシは本来の用途は革靴用だが、オレはちょっとの汚れくらいなら衣服の埃も落とす。

中庭に干していた作業ツナギを見に行くと、まだ生乾きだったのでそのままにしておいた。空を見ると、まだ明るいが太陽はかなり西の方に傾いていた。


「……ちょっと早いけど、晩飯にするか」

そう言うと、オレは再び一旦脱いだシャツに袖を通し宿屋のおばあさんに、また出掛けます、と声をかけた。宿屋のおばあさんは、寝ているのか起きているのか分からない表情のまま手を上げて返事をしてくれた。


質のいいカッターシャツとスラックスを履き、黒い革靴を履いて酒場に入って来たオレに、酒場レッドホイール店主の女性は特に反応しなかった。


「いらっしゃい」

と、笑顔でオレを迎え入れて、空いているカウンターの席を勧める。オレは一番右の席に座った。今日は、護衛士のハロルドさんは来ていなかった。


「…鍛冶ギルドに入ったんですってね。一杯奢るわ。バラガンのツケでね」

女性はきれいな笑顔でにっこり笑った。オレの近況をすでに知っているらしい。しかも、昨日の今日で。やはり、この女性はただ者ではない、とオレは感じる。

奢ってもらったお酒は濃い深緑色で、グラス越しに光に透かしてみると赤にも黒にも見える。そんなに度数の強いやつではなく、なんとなく薬というかお茶のような強い風味がした。


「なんてお酒ですか」

と聞くと、女性は、きれいな赤い唇に人差し指を当てて、オレに目を合わせずに、しー…っと言った。

きっと、高いお酒なのだろう。


「…バラガンには、内緒ね」

そう言って、女性は一瞬だけオレにウィンクをした。

その時、オレはなぜかキッドのウィンクを思い出した。


……この女性は、なぜ行き場のないオレを助けてくれたのだろう。

この酒場に来るたびに、オレはそのことを聞こうかどうか迷う。しかし、たとえ聞いても、この女性はにっこり笑うだけで質問に応えないような気がする。


多分、この女性の行動には理屈とか躊躇とか、そんなものはないのだろう。

目の前の困ってる人を、助けたいから助けた。

根拠はないが、なんとなくそんな気がする。



その日の夜、オレは寝る前に『メニュー画面』を開いて、経験値のグラフを確認した。

多少の上り下がりはあったものの、一番大きな経験値の上昇タイミングはついさっき、酒場で奢ってもらったお酒を飲んだ時だった。お酒で経験値上がるなんて、『龍が如く』みたいだ。


「…ふむ、相変わらず経験値の理屈が分からん」

お酒を飲んでぼんやりした頭のまま、寝る前に『経験値のグラフ』を眺めながら30分ほど考察した結果、オレの出した結論は上記のようなものだ。結局、経験値上昇のきっかけとなる物事は分からずじまいだった。

もう、オレは二度と寝る前に『経験値のグラフ』を見ない。寝る時間が減るし、目がチカチカする。


「…考えてみりゃ、『考察』ってネット環境あってのものかもな。考えるだけの根拠がなくて、調べられる環境に今いなければ、考察だけしたって時間の無駄だ」

自分なりの見解の落とし所を見つけた所で、オレは眠たくなってきた。レッドホイールで奢って貰った濃いお茶みたいなお酒の効果だろう。

わしはもう寝る!と、オレはバラガンの口調を真似して言ってみた。


そうした方が、いつもよりも、よく眠れそうな気がした。





九ノ〆、

翌朝。

バラガンの部屋の鏡を見ながらオレはつぶやいた。


「なんか、最近肌艶がいいような…」

日本にいた時よりも、顔の皮膚に張りが出てきた。髪のボリュームが増え、上腕の筋肉も以前よりも逞しくなったような気がする。


「…もしかして、レベル3になって『HP』が増えたお陰とかかな」

パラメータ上で『HP』の数値が増えたところで、そんな急に自分の体力が増えた実感は全くなかったので、『HP』が増える恩恵が今まで分からないでいた。


鏡の中の自分の顔は、昨日よりも明らかに顔色がいい気がする。

あくまで『気がする』程度の話ではあるが。


「もし、HPを増やすことで若々しくなるってのが本当なら『HPを伸ばす方向で自分の経験を伸ばす』ってのもアリだな…」

こうしてオレに目標というか、この世界での『自分自身の行動指針』のようなものが一つ追加された。

目的もなにもなくただこの世界に召喚されたオレにとって、目的もなにもないよりも『自分で作った行動指針』に従った方が生きやすい。


オレはそう思った。





『異世界リサイクル_廃棄物召喚で持続可能な異世界ライフ』

第一部 おっさん転生(転移?)の巻 その九



第一部、完


To Be Continued.⇒Next episode.

≈≈≈


≈≈≈




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