八、ドワーフの弟子
八ノ序、
【ブライドル町議会議事録より一部抜粋】
『飲食店でのツケ払い禁止提案について』
(前略)
……近年の成長著しいわが町では、ホワイトホース独自の藩札『リブレ紙幣』の導入と普及により、城郭都市との連携を高めると同時に、著しい経済発展を遂げることに成功した。わが町での十分な量のリブレ紙幣の市場流通により…(中略)
……ということで、かねてから店舗オーナーより出されていた議案、『飲食店でのツケ払い禁止提案』について、わが町議会においても今後、各ギルドとの間に十分の協議を重ねる余地を見込み…(中略)
……しかし、一部飲食店オーナーの中には労働者達の厳しい生活状況に同情の声もあり、ツケ払いの商慣行の継続を求める声も多い。
その代表格が、ハッチポッチ2丁目に店を構える、大衆酒場『レッドホイール』の女性オーナー『アンナマリー・グッドマン』氏である。
氏は、異名に『赤毛のアンナ』とも呼ばれる元冒険者であり、そのため、冒険者や労働者の労働環境に対する同情的意見を持つ飲食店オーナー達の、精神的な支柱となっている。また、冒険者達との強いパイプを有する氏の意向を鑑み、わが町議会としては…(以下略)
八、
美人の女主人が経営する酒場『レッドホイール』を出たオレは、ドワーフのねぐらに連れて行かれた。ドワーフのねぐらなんて、土埃だらけの洞窟か剣や鎧の並ぶ武器庫みたいな所をオレは勝手に想像したのだが、着いてみると普通の集合住宅だった。
ねぐらの名前は、『カスミ荘』という古い木造の宿屋だった。宿屋の店先には『ギルド共営宿屋カスミ荘。素泊まりのお客様は一日銅貨3枚、一週間前払いだと20枚。紙幣お断り!』と書かれている。
最初はどこに連れて行かれるか少し不安だったが、ドワーフはオレの今夜の宿と寝床を貸してくれるとのことだった。寝床と言っても、ドワーフが借りている部屋の床の上だが。
カスミ荘は、レッドホイールから徒歩15分のところにあり、酒場の常連も数人居住しているという。宿屋の店主は、起きているのか寝ているのか見た目には分からないおばあさんだ。
ドワーフ曰く、
「ブライドルで一番マトモな宿屋だ」
とのことだったが、どういうところがマトモなのかは分からない。ドワーフの部屋は二階の角部屋だった。
ドワーフは、名をバラガンというらしい。
バラガンは、基本は無口でいつもムスッとした顔に見える。しかし、たまに育ちの良さというか、粗にして野だが婢ではないような感じが伺える。
「湯を使いたきゃ、一階のばあさんに頼め。話は通してある」
そう言ってオレに風呂を勧め、あとから自分も入り、
「朝になったら、ギルドへ案内してやる。今日はもう寝ろ」
わしももう寝る!と言ってバラガンは寝た。
無口というよりも、極端に無駄がきらいな質なのかもしれない。
そして、バラガンは寝るときは寝間着に着換えて、ナイトキャップを被るタイプの人だった。
≡
翌朝。
オレはバラガンの案内で鍛冶ギルドに向かった。
鍛冶ギルドの事務所は、城郭都市ギルド事務局ブライドル支部と同じ建物内にある。
この町に来た当日、ソーンさんに案内されて訪れた場所であり、小池さん(仮)の職場でもある建物だ。ブライドルの町に住む人々は、単に『ギルド事務局』と呼んでいる。
ギルド事務局の建物の一階ロビーにある木製の階段を上がり、二階の廊下の一番奥まったところにあるのが、この町の鍛冶ギルドの依頼受付事務所である。
ギルド事務局の建物内には鍛冶ギルドの他にも、この町の様々な古参ギルドの事務所が集まっており、今後オレが何か仕事を受ける際には、この建物を訪れることになる。
この世界で言う『ギルド』とは、専門職の技術継承を目的として組織された集団である。簡単に言うとギルドというのは『会社』である。もしくは、『協同組合』のようなものと言ってもいい。
ギルド長(ギルドマスターとも呼ばれる)の下に、幾人かの職長(マイスターとも呼ばれる)が所属し、その下にたくさんの弟子(徒弟とも呼ばれる)が所属している。何らかのギルドに所属している人のことを、この世界では『ギルダー』と呼ぶ。
ギルドには大きく分けて、『個人が作った専門職ギルド』と、個人ギルドの集まりからなる『町の専門職ギルド』と、多種多様なギルドがお互い協力して公共事業などを行う『ギルド連合』の三種類がある。
これから、オレの職場となる鍛冶ギルドは、町の鍛冶屋関係者により構成される町の専門職ギルドであり、ソーンさんの務める『都市開発ギルド』は、ブライドルの町の開発を行うギルド連合の一つである。
ギルド連合には、町の子供に読み書き計算などの基礎知識を教える『幼年学校』も含まれており、見込みのある子供をゆくゆくは、どこかのギルドに引き抜く、なども行うとのことだ。
そしてホワイトホース市役所から出向した職員さん達が、ブライドルの町のギルド関連のあれこれを統括する場所が『城郭都市ギルド事務局ブライドル支部』である。
バラガンは、ギルドには所属せずにこの町の鍛冶ギルドから直接依頼を受けたり、依頼者個人から指名されて鍛冶仕事をしているらしい。
つまり、フリーランスの鍛冶屋さんだ。
≡
「はい、あ~んして。……虫歯は一本もないね。でも、念の為こまめに歯医者に行くことをお勧めするよ。はい、上脱いで」
テキパキと、ギルド所属の老医師は指示を出し、オレはそれに黙って従う。オレは今、ギルダーになるための検査の一環として身体測定を受けている。身長、体重、握力(柔らかい石のような物を握って変形させる。石の材質不明)、ハンマー上げ(重たいハンマーを持ち上げる。なんの検査かは不明)などを測定し、オレは『可』の認定を医師からもらった。
「はい、問題ないね。あとはこれ書いて、鍛冶ギルドの受付に提出しといて。あと、歯医者にはこまめに行っといたがいいよ」
そう言って、老医師は『可』の認定印が押された診断書と承諾書をオレにくれた。
老医師から貰った診断書と、必要事項を記入した承諾書の両方を鍛冶ギルド受付に提出すると、羊皮紙でできた『ギルド契約書』というのを渡された。万が一、この町の鍛冶ギルドを抜ける場合、解約手続きに必要になるから、大切に保管するよう言われる。やはり異世界でも、『契約』は大事らしい。
そして、バラガンと一緒にこの町の鍛冶ギルドに来て一時間もかからないうちに、オレはこの町の鍛冶ギルドのギルダーになっていた。
「……はい、本日はこれで終わりです。鍛冶ギルドから仕事依頼を受けたい時にまたいらしてください。鍛冶の技術を覚えたり、職長の仕事ぶりを見学したい時は、事前予約が必要になりますので、その時もこちらで受付をお願いします。それと、他のギルドの仕事を受ける場合はこちらではなく一階の総合受付の方に行ってくださいね」
鍛冶ギルド受付担当の白髪をお団子型に束ねた女性は、おっとりとした丁寧な口調でオレに説明した。
そして最後に、
「がんばってくださいね、鍛冶ギルドには貴方みたいな若手は少ないから」
と言って、お団子頭の女性は微笑んだ。
鍛冶ギルドでは、36歳は『若手』らしい。
鍛冶ギルド受付の女性の話によると、5日程でこの町の鍛冶ギルドのギルドカード(身分証みたいなものか)が発行され、その後鍛冶ギルドの制服(バラガンが着てる革製の前掛けのこと)が貸与されるとのことだった。
バラガンはなにか用事があるらしく、身体測定前の鍛冶ギルド受付への書類提出のあとで「終わったら待ってろ」と言い残して、どこかに出掛けてしまっていた。本日はもうやることがないオレは、しばらく鍛冶ギルドの掲示板に並んだ『仕事依頼書』を眺めていた。しかし、どれもできそうもない(壊れた鉄鍋の修繕:一個当たり銅貨3枚、など)ので、受付の女性に挨拶をして鍛冶ギルドの受付口を辞すことにした。
鍛冶ギルドの受付の女性によると、他のギルドの仕事も一階の総合受付の方で受けられる、とのことなので、オレは総合受付の方に行ってみることにした。
≡
「……ほう」
一階の総合受付横の大きな掲示板に並んだ『仕事依頼書』を見て、オレは思わず息を漏らした。ギルド事務局一階の総合掲示板には、二百枚くらいの依頼書がズラリと並んでいる。
【無資格・未経験者可】
猫探し:成功報酬銅貨5枚、緑の森の果実採集:一個あたり銅貨1枚、農家手伝い:日当銅貨7枚※昼飯付……
【資格者のみ】
害獣罠仕掛け・回収:半日銅貨10枚※要資格、山村の害獣駆除:日当銅貨20枚※要資格……
【急募】
建設作業:日当銅貨20枚※経験者のみ、岩砕器技術者:日当銅貨30枚※要資格・経験、石工:日当銅貨20枚※要資格・経験、大工:日当銅貨20枚※要資格・経験、道路用レンガ工房:日当銅貨15枚※要資格・経験、森林伐採作業:日当銅貨20枚※要資格・経験、ギルド事務局食堂の料理人:日当銅貨10枚※要資格・経験、町の清掃・家庭ゴミ回収:日当銅貨7枚※経験不問……
【荘園関係】
荘園内で小麦畑・ヒマワリ畑の手入れ:日当5000リブレ※要資格※長期、羊の放牧:日当7000リブレ※要経験※長期……
【騎士団関係】
入口門の護衛士:昼勤銅貨20枚・夜勤銅貨25枚※どちらも要資格、採掘遠征の護衛士:日当銅貨25枚※要資格・経験……
「……この町けっこう仕事あるな『要資格』が多いけど。“岩砕器”とか、“リブレ”って何?」
流石に、鍛冶ギルドの依頼掲示板と比べると、総合依頼掲示板は仕事の種類も豊富だ。中には、オレにもできそうな仕事もある。
なによりも、
「この世界、“猫”いるんだ……」
オレは妙に感心してしまった。
しかし考えてみれば、人間がいるのだから猫もいるだろう。犬やハムスターだっているかもしれない。
それよりも、これだけ仕事があるならとりあえずはこの世界でも食っていけそうだ。
「でも、依頼を受けるには『登録料』がかかるって、小池さん(仮名)が言ってたような…」
オレは、まだ小池さん(仮名)の本名を知らない。
うーん、としばらく考えたあと、今日のところは依頼書の確認だけに留めることにした。
内容が分からないまま依頼を受けて、後でトラブルにでもなったら困る。
「……若いの。スマンが、ちょっと退いてくれんかな」
隣で掲示板を見ているおじさんに言われて、オレはおじさんに会釈しながら場所を譲った。
総合掲示板の前は、気付けば仕事を探すおじさん達が集まっている。皆さん午前の仕事を終えてきたばかりらしく、木こりのような足回りが泥で汚れていた。見慣れない服装(作業ツナギ)をしているオレを、ジロジロ見ている人も周囲にはいた。掲示板の前に長時間立っていて、迷惑なのかもしれない。
「……すみません」
そう言いながら、オレはギルド事務局一階の総合掲示板のすぐそばの、幾何学模様入りの摺りガラスが嵌め込まれた出入り口から建物の外へ出ていった。
気付けば、太陽はかなり高いところに登っていた。
バラガンは、待ってろと言っていたが、見慣れない服装(作業ツナギ)でギルド事務局前をうろうろしていると人目につくと考えたオレは、ギルド事務局が入っている建物の日陰に入り、しばらく涼んだ。
もう昼飯時なのだろう。噴水のある中庭のような所で、弁当を広げているギルド職員さんも何人かいる。ギルド事務局には食堂もある。しかし、ハラは減っているがお金はない。朝飯(炙ったチーズとソーセージを薄焼きパンで挟んだもの)はバラガンが奢ってくれたが、もうとっくに消化してしまった。
「お金がないとツラいのは、どこの世界でも一緒だな。……腹減った」
グゥぅ、とオレの腹が鳴る。ブランドンさんから貰った干し肉の味と、昨日酒場で食べた女店主の料理の味を交互に思い出し、また、腹が鳴る。
しかし、お金はない。今は日陰に座り、空きっ腹をさすりながらバラガンを待つ以外、オレにできることはなかった。
≡
「見かけねえツラだな。テメェ町の外の人間だろ!?」
誰かが、建物の日陰で座っているオレに話しかけてきた。信じられないくらいベタな質問。映画でも昨今耳にすることはないようなセリフだ。
思わずオレは笑いそうになるが、さすがに失礼なのでガマンする。
しかし、相手にオレが笑いかけたのが伝わってしまったらしい。ドスの利いた声で、オレに声をかけてきた若い男がオレに詰め寄ってきた。
「……なんか、おかしいのかい?アンチャン」
相手は三人組で、その中の一番若い男だけがオレに話しかけてくる。オレは立ち上がって、若い男に曖昧な笑顔を向けながら応えた。
「すみません、早口でよく聞き取れなくて。この町には来たばかりです」
若者は、早口の巻き舌で喋るため、話の内容が聞き取りづらい。オレの返事を聞いて、一瞬だけ若者の顔色が変わる。どうやら若者はそうとう短気な質のようだ。それに理由は分からないが、若者は『よそ者』のオレをひどく警戒している。
三人組のなかでは年長の男が若者を抑えるように前に出る。反対に、オレは若者から距離を取るために少し後ろに下がった。
そして、若者に変わって、三人組のなかでは年長の男が話し始めた。
「……別に絡もうってんじゃ、ないんだがな」
若者よりは冷静なようだが、年長の男はジロジロとした目付きでオレを見たあとで続けて聞いてきた。
「……どっから来た?」
年長の男は、オレへの猜疑心をハンチング帽のつばに隠しつつ目を細める。
やはり、よそ者のオレを警戒している。
オレは答えなかった。曖昧な笑みを浮かべて黙っている。男達はギルド事務局に出入りしてはいるが、バラガンのように職人の前掛けをしていない。この男達の正体すらオレは知らないのだ。この男達がオレを警戒するくらいには、オレの方にも男達を警戒する理由はある。
「……町の先達に、挨拶くらいしてくれたっていいだろう?」
オレの警戒心を察した年長の男は、少し態度と口調を改める。少なくとも、この男には喧嘩を売る気はないようだ。
「…狩野と言います。町には一昨日来ました。今後とも宜しくお願いします」
オレは、オレより年長そうに見える男に頭を下げる。ここが異世界だろうと、男達が何者だろうと、自分の態度を改めた年長者に対して頭くらいは下げてもいいだろう。
……その瞬間、若者がオレに近付いてきて、突然オレの肩を突き飛ばしてきた。
「オジキの質問に先答えろよ!どっから来たんだつってんだろ!?」
若者は、そうとうに血の気が多いらしい。近くで見ると、若者はまだ20代そこそこだろう。オレンジ色に近い赤い髪の前髪を立てて、顔中そばかすだらけ。前歯がすきっ歯になっている。若さゆえの血の気の多さと強がりを制御できていない。背丈はオレより大きいが、まだ『少年っぽさ』を残している若者だった。
突き飛ばされた肩を軽く払い、オレは若者に言う。
「…まず、君の名を教えてくれないか」
「ああ?」
「最初に声をかけたのは、君だろ?」
静かな口調で諭すようにオレは若者に声をかける。我ながら大人気ないことをする。若者は、少し鼻白んだように見える。
他の年長の男達は、オレと若者のやり取りを見物することに決めたようだ。それぞれ、ハンチング帽のような帽子のつばを指ではさんだり、腕を組んだりしながら、その場から動かずにオレと若者のやり取りを見物している。
「…テメエが先名乗れ」
「狩野正です。…君は?」
若者は答えなかった。逆にムキになって、オレを睨みつけてくる。…本当に血の気が多い。
オレの質問に応えようとしない若者に代わって、オレが年長の男達の方に何者なのかを尋ねようとした、その時、突然若者がオレの右肘の辺りを左手で掴んで、思い切り引っ張ってきた。
『いきなり、左手で相手の右肘を掴むことで相手の利き腕を封じ、次いで相手の腹や顔を自分の右拳で殴る』。ヤンキーの基本戦術の一つだ。
そして、オレはこういうやり取りには『免疫』があった。
オレは落ち着いて、若者の掴んできた左手を自分の右肘に挟み込み、さらに自分の右前腕を右肩口の辺りにまで上げて、捻り込むように若者の左手を完全にロックした。そして、そのまま腰を切りながら若者に対して半身の姿勢になる。
要するに、オレは、若者の左手に自分の右肘を掴まれたまま『グラップラー刃牙』のファイティングポーズをとった。もしくは『はじめの一歩』の間柴のデトロイトスタイルと言ってもいい。
左手の力『だけ』でオレを引っ張ろうとしていた若者は、自分の左手を肘で固定したまま『胴体の力』で半身に腰を切るオレの動きに耐えられず、体勢を崩してたたらを踏んだ。
たたらを踏んだ若者は、少し体勢を崩しながら立っているのに対して、オレの方は、右肘で若者の左手をロックしてはいるものの両手は自由に動かせる。若者が何をしてこようと、オレの動きの方が早い自信があった。
「…っか、んだ、この!!ああ!?」
奇声を発しながら、若者は体勢が崩れたまま右手だけでオレを殴ろうとする。オレは、自分の左半身を左腕でかばいながら、摺り足で右踵を少し後方に引きながらさらに半身に腰を切る。オレの体軸をコンパスの針として、若者の体はコンパスについた鉛筆のように半円の上でさらにたたらを踏む。
その間ずっと、縦に握り込まれたオレの右拳は、真っ直ぐ若者の鼻に向けられている。そのことにやっと気付いた若者の顔に怯えが走った。
「…もういいだろう。殴りたくない」
怯えた若者に対して、オレは静かに宣言した。
オレはこれまでの人生、他人を殴ったことは一度もない。他人に殴られたことは何度もあるが、それはオレが人を殴っていい理由にはならない。
オレと若者のやり取りに若者の連れの年長二人は手を出してこなかった。それどころか口々に…ホゥ、今どきの若いモンにしちゃやるね、などと言って若い方の一人は軽く手まで叩いている。年長二人はオレに対する自分達の評価を少し改めたようだった。
「…っ!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にした若者が、オレにロックされている左手を無理矢理に引っ張ろうとした。
その時。
「…もういいだろう」
大きくはないが、低くドスの効いたよく通る声が、若者の動きを静止した。仲間の二人も、組んでいた腕をほどき直立の姿勢をとる。三人とも声の主のことをよく知っているようだ。
声の主は、鍛冶ギルドの丈夫な革製前掛けを身に着けた、丸く太く短身で強靭な肉体を持つドワーフ。
バラガンだった。
≡
その場に現れたバラガンを見て、二人の年長の男達は口の中だけでつぶやく。
二連星一等工、黒鉄のバラガン……。
バラガンの後ろにはさっき中庭で弁当を食べていたギルド職員さんがいた。この人がこの場所までバラガンを呼んでくれたらしい。年長の男が、三人を代表してバラガンに話しかけた。
「…あんたの、身内なのか?」
「…ああ、身内だ」
言葉少なにバラガンは説明する。その目は、静かに若者を見つめたままだ。バラガンに見つめられて、若者は恥じ入ったかのように体からゆっくり力を抜く。若者の動きに合わせて、オレも若者の左手の拘束を解いた。
「…おまえら、クアントのところの奴か?」
バラガンが、若者ではなく他二人の男の方を向いて話しかけた。顔見知りらしい。
「迷惑かけて済まねえ。ちょっと『からかっただけ』なんだ。…勘弁してやってくれ…」
若者ではなく、年長の男二人がバラガンに向かって頭を下げる。年長の男二人の緊張感が、オレにも伝わってくる。
二人は、この『ドワーフ』に心底ビビっていた。
「…相手が違う。喧嘩したのは、わしでもおまえらでもない」
「ああ、もちろんだ!『あんたの身内』に手を出す程俺達は馬鹿じゃない。こいつにも後でよく言って聞かせる!」
一番年長の男は、若者をかばうように前に出ながら必死でバラガンに向けて訴えた。若者は、バラガンと年長の仲間二人を見比べながら、不安げにその場に立ち尽くしている。
「…言って聞かせるだけじゃ、ダメだ。おまえらのギルド長に話を通して、『こいつ』に迷惑料を『きっちり』支払ってもらう。…それがこの町の御法だ」
右手の親指でオレを示しながら、男達に向かってバラガンが宣告した。
こんなに大事になると思わなかったのだろう。オレに絡んできた若者は、少しだけ涙ぐんでいた。
「…承知した。俺達が証言する。そいつは手を出してないし、一方的に絡んだのはこっちだ」
一番年長の男は、オレに怪我はないかどうか聞いてきた。相手の手を肘で挟んだだけなので、オレに怪我があるはずもない。オレは黙って、年長の男に対して左右に首を振る。オレとしても、こんなに大事になるとは思わなかった。
「……賠償には、きっちり応えさせてもらう。済まなかった」
そう言って男達はオレに頭を下げ、バラガンに深々とお辞儀をしてから、その場から立ち去った。
≡
「…武術者にゃ見えねえが、なんかやってたのか?」
男達が去った後で、バラガンがオレに問いかけた。
「昔、オレの職場に来てた人に少し教わっただけだ。心得がある訳じゃない」
オレは答える。
オレが商社で働いていた時、お客さんの一人が武の心得のある人で、たまに手解きを受けていたことがある。
「そうか…」
オレの言葉を聞いたバラガンは、オレの肩にポンと手を置く。なんとなく、次に起こりそうなことがオレには予想できた。
次の瞬間、バラガンは、いきなりオレの腹を握り拳で殴ってきた。オレは、たぶんそう来るだろうな…と思っていたので、拳が腹の表面に当たる寸前に腰を切って衝撃を逃がした。
『はじめの一歩』に出てくる、首捻りの腰バージョンだ。
「ほっ!」
バラガンは嬉しそうに、吐息を漏らすと、
「わしの弟子にしてやる!」
と、オレの肩を叩きながら嬉しそうに宣言した。
続けざまに、オレの手首をジロジロと観察し、肘、肩、背中をポンポン叩く。
なぜ、こういうタイプのおっさんは人の体をポンポン叩きたがるのか。
「弟子って、なんで?」
オレは、当然の疑問を口にする。
しかし、バラガンはオレの質問に応えないまま、自分のペースで会話を続けた。
「わしに対しては、『タメ口』でいい。…ただし、わしは弟子の態度が気に入らなきゃ『ぶん殴る』。殴られたくなきゃ、てめえで避けろ」
オレからの質問を全無視しながら、バラガンは一方的に話した後、踵を返して歩き始めた。
意味が分からないでその場に立ち尽くすオレに、バラガンが歩きながら言った。
「メシ喰い行くぞ!師匠だから奢ってやる」
どうやら、オレは勝手に『ドワーフの弟子』にされてしまったようだ。
イメージ通りというか、『ドワーフ』というのは勝手なものらしい。しかし、異世界でお金がなくて腹が減って仕方がなかったオレは、黙ってこのドワーフに着いていくことにした。この奇妙なドワーフは、オレに『メシ』を奢ってくれるという。
それなら、とりあえず一緒にメシを食って、それから弟子になるかどうかを改めて決めればいい。
そう思ったオレは、自称『師匠』の後に着いて、二人で異世界の道を歩き出した。
八ノ〆、
【ギルド事務局定例会議議事録より一部抜粋】
『ギルダー同士によるトラブルの賠償について』
(前略)……ブライドルの町自体の治安の悪化も、目下の深刻な問題であり、町の通りを一つ隔てただけで別々のコミュニティが存在し、さらにその中にそれぞれの勢力が存在する。それらは互いに牽制しあい、協力しあいしつつも、自分達の勢力を拡大するために日夜活動しており…(中略)
……町内のコミュニティ同士だけではなく、各ギルド・各ギルダー間で大きな喧嘩に発展するなどの問題も…(中略)
……しかるに、ギルド内外あるいは各ギルド間を問わず、ギルダー同士のトラブルに対してその賠償のため共通の規定を設けることは甚だ有意義であり、(中略)
……最後に、以下にこの議題の発案者の名を連名で記載する。
・マキシウス・ソーン 勲一等護衛士
・ラズエル・ソーン 星一等建築士
・ミリア・ファリナ・ソーン 都市開発ギルド会計
・マッケン・ブランドン 勲一等護衛士
・ハロルド・ジェラルド 騎士団直属護衛士
・ガーランド・ルッチ 個人
・バラガン・ダイン 個人
…(以下略)
『異世界リサイクル_廃棄物召喚で持続可能な異世界ライフ』
第一部 おっさん転生(転移?)の巻 その八
了
To Be Continued.⇒Next episode.
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