七、酒場にて
七の序、
【町の情報誌『Btown's』春号より抜粋】
ブライドルで一、ニを争う目抜き通り『ハッチポッチストリート』から、ちょっと外れた狭い小径から入った突き当りにある、隠れ家的な地元の名店。
大衆居酒屋『レッドホイール』。
豊富なメニューとリーズナブルな価格で、地元のお得意さんから一見さんまで、幅広い客層で連日賑わっています。
このお店の名物は、
獣肉の燻製、獣モツの煮込み、カリカリの細切りベーコンエッグ、フライドポテトの山盛り、すぐ売り切れになる店主の特製シチュー、ご近所で採れた新鮮な野菜のサラダ……。
お酒も、地元のお酒から遠くの街のお酒まで、味も種類も幅広くご用意されています。
それと、なんと言ってもこの店一番の名物は、
この店の赤毛の女主人、『アンナマリー・グッドマン』さん(3○歳。独身?)。
町内でも評判の、美人店長さんです。
お店の開店時間は、フロム・ダスク・ティル・ドーン。
夕方から明け方まで。
もしくは、この店の女主人が眠くなるまで。
『心を込めたおもてなし』をお店のモットーに、毎日(!?)、皆様のお越しをお待ちしております。
どうぞ皆様、お一人でもお誘い合わせでも、男性でも女性でもそれ以外の人も、人類でもそれ以外の人も、お気軽にご来店ください。
今なら、かわいいアルバイトさんもいます(笑)
※ただし、このお店の中でお行儀の悪い態度を取ってはいけません!
『フライパン・アンナ』にノックアウトされてしまいますよ(笑)
七、
ブライドルの酒場『レッドホイール』。
店内を暖色系の柔らかな照明の光が満たしている。
適度に配置された調度品や、ドアや階段の手摺に施された高度な木の彫刻、上等な壁紙や絵画類の一つ一つが、変に主張せず品良く落ち着いた雰囲気で、店内の風景を縁取っていた。
木造中2階建ての店内には、店の奥に小さなバーカウンターがある他、いくつもの頑丈そうな木製の丸テーブルが等間隔で並んでおり、それらのほとんどが酒や料理を楽しむ客達で満席である。
酒場の店内には、職人っぽい人、騎士っぽい人、農家っぽい人、狩人っぽい人、普段着の人等々、様々な格好の客達で賑わっている。店内には女性客も何人もいて、女性店員さんと仲よさげに談笑していた。
『冒険者が屯する酒場』というよりも、『誰でも入れる気安い居酒屋』という雰囲気だ。
西部劇に出てくる酒場みたいに店に入った途端、他の客達に『ジロッ!』と睨まれたり、『おウチに帰ってママのミルクでも飲んでな!』と侮辱されるのではないか…と勝手に警戒していたオレは、店内の明るい雰囲気を見て安堵する。
酒場の一階の端。
大きな丸テーブルを独占して、ナイフが刺さった桃色の巨大なハムや黒い燻製肉を肴に、一人でお酒を酌んでいるドワーフがいた。
…映画やゲームに出てくるような、あの『ドワーフ』だった。
≡
「ここ、空いてるか?」
同じテーブルの空いている椅子を指差しながら、オレはドワーフに話しかけた。キッドという人に教わった通り、『タメ口』で話す。タメ口で話さないと誇り高いドワーフは殴ってくる、とキッドは言っていた。ただ、初対面の相手なので、語気はかなり抑えめにしている。
「……見てみて誰も座ってなきゃ、空いてんだろうよ。なんだ?」
バカでかい木製のジョッキで、ビールのような酒を飲んでいるドワーフがオレを睨みつける。ドワーフが持っているジョッキの大きさはポットくらいある。
「キッドさんの紹介だ」
灰色の男に言われた通りに、ドワーフに伝える。
ドワーフは一回チラッとオレを睨みつけたあと、また黙々とビールを飲み始める。髪と口髭と顎髭が一体化した顔からは、オレにはなんの表情も読み取れなかった。
本物のドワーフは近くで見ると少々おっかない見た目をしている。
顔はシワだらけで髪もヒゲも真っ白だがその肉体は筋骨隆々としており、太く丸い肩でシャツがはち切れんばかり。腕も脚も首も太く丸くゴツい。身長は155センチくらいだが、その分体の横幅と厚みがすごい。多分175センチのオレよりも体重は重い。
職人らしい使い込まれた丈夫そうな革製の前掛けの胸のところに、太陽と月と金槌をモチーフにしたような四角い革パッチが縫い付けられており、その上にはまた別の、二連星を象ったタミヤのロゴのような小さな革パッチがこれまたしっかりと縫い付けられている。
ドワーフは、ナイフで刺したハムを歯で食いちぎり(なぜナイフをフォーク代わりに使うのか)、短く口の中で咀嚼したあと、ジョッキのビールを『ゴブォ、ゴブォ、ゴブォ…』と喉を鳴らして流し込んで、かぁーっ、と熱い息を吐いた。
イメージ通りの完全なドワーフの動きだ。
オレは深呼吸2回で気持ちを落ち着かせたあとで、改めてドワーフに訊ねる。
「この街で仕事を探したいんだがどこに行けばいい?
ギルド、みたいな所はあるか?」
「……おまえさん、ギルドに入るつもりなのか?」
ドワーフは、今不思議なことを聞かれた…という顔をする。ドワーフの鳶色の瞳がまんまるに見開かれ、見様によっては可愛くも見えた。
「できたら入りたいです。……なんか問題あります?」
オレは初対面の人に対しての使い慣れないタメ口に疲れてしまい、少し年上に話すときの話し方に直した。
それでこのドワーフが殴ってくるなら避ければいい。
「……ギルドってのはとかく閉鎖的な組織でな。身元もわからねえ、コネもねえなんて野郎が『お願いします。入れてください』で入れる様なところじゃねえんだ。どこの田舎から出て来た小僧だ?」
ガハハと豪快にドワーフに笑い飛ばされてしまう。
しかし、その程度ではオレはめげない。
「あっそ。じゃギルド以外で稼ぐ方法は?」
すでにオレは同い年の男性と話すときの話し方になっている。このドワーフにはこの方が話しやすい気がした。
「……ねえよ。ギルド入るコネのねえ奴はまずギルダーの誰かと知り合いになって、そいつの下で丁稚奉公からだな。そいつが親切な奴なら飯も奢るだろうよ。それさえできなきゃ一人で森に入るか、どっかで野垂れ死ぬか、盗賊になるか。そのどれかだな」
至極当然のように、ドワーフは言う。
どうやら、異世界という所は相当に殺伐とした世界らしい。気付けば周りの客もオレ達の話に聞き耳を立ててクスクス笑っている。笑ってる人の中には騎士っぽい人も含まれている。騎士道精神は無いのか?
「じゃ世の中の仕事全部、縁故採用ってこと?」
疑いつつオレが訊ねると、
「……『エンコ』って、コレのことか?」
オレに右手の小指を見せながら、ドワーフはおどけるように大きな声で言った。モジャモジャの白い髭の下でも分かるくらいに意地悪く笑って、ドワーフはオレを小バカにしている。
オレとドワーフの会話に聞き耳を立てていた周囲のテーブルの客達は、ドワーフの冗談を聞いてとうとう体を折り曲げて爆笑し始めた。
「ッ…!ギャヒヒヒッッ…!アーッ!こりゃいいや!!」「久々笑えたわ!坊主、おまえお笑いの才能の塊だな!えげつねえな!」「…オレも、どっかにエンコ採用してもらおっかなー」
最後の騎士っぽい人の一言がその場にいる全員のツボにハマり、酒場の客はおろか女性店員さんまで腹を抱えて大声で笑い始めた。客達は分厚い木製テーブルを叩きながら口々に、ハラいてえ、ハロルドさんひでえ、やべえ笑いすぎておしっこちょっと出た…などと好き勝手に宣い店中大騒ぎである。どうやら、ここにいる異世界人達は基本的に全員性格悪いらしい。
「……ま、真っ当に働きたきゃ諦めずにギルドの受付に毎日通うこったな。運が良きゃ受付係と縁ができるかもな」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながらドワーフはオレに言った。
そう言ったあとでまた含み笑いながら、
「……でも気をつけろよ。油断するとすぐエンコ飛ばされるぞ」
右手の小指をオレに突き出すドワーフの言葉を聞き、酒場の客達に本日3度目の大爆笑が起こる。
「バラガンひっでえって!!」「ヤダ!坊主泣いちゃうかわいそう!」「またおしっこ出た…」
それぞれ好き放題なことを言う酒場の客達。
「……どうも、お邪魔しました」
自分を中心に巻き起こる爆笑に世の無常を感じたオレは、頬に曖昧な微笑みを浮かべて椅子から立ち上がり、ドワーフのテーブルをあとにした。
≡
「……ちょっとボク。こっちおいで」
どこからか優しげな女性の声が聞こえた。
不思議なことに店内の爆笑の渦にかき消されることなく、その女性の声は真っ直ぐにオレの耳に届いた。周りを見渡すと店の奥にバーカウンターのようなところがあり、その向こうから一人の女性が手招きしている。
素敵な明るい笑顔の30代くらいのきれいな女性である。さっき店内で唯一オレを笑わなかった女性だ。
女性の方を向きオレは自分で自分を指差す。
ボク、というのがオレのことかどうかはまだ分からない。
「そう貴方。早く来なさい」
優しく微笑みながら女性は言った。
オレの顔を正面から見てなかなかのおっさんだったので、『ボク』から『貴方』に言い直したようだ。
不思議なことにこの女性がオレに話しかけたあたりから、店内に溢れていたオレに対する侮蔑の笑い声がまるで潮が引くように収まり、テーブルの客達はもう別の話題で盛り上がっている。
一人で飲んでいたさっきのドワーフのテーブルにも、いつの間にか他の客達が集まっている。
客達と談笑しながらドワーフはガハハと笑っている。
他に行くあてもないオレは、迷子の仔猫のような心もとない気持ちで女性の待つバーカウンターへ向かった。
バーカウンターにはさっきの騎士っぽい人もいた。
バーカウンターには全部で3つの木製の丸椅子が置かれており、騎士っぽい人は一番左の丸椅子に座っている。
真ん中を一個空けてオレは一番右の丸椅子に座った。
女性は黙ったままで、オレの前のカウンターの上に食べ物が盛られた大きな木製の皿を置いた。
それを見てオレが戸惑っていると、
「食べなさい」
優しい笑顔とは裏腹の有無を言わせぬ強い口調で女性は言った。
なおも戸惑うオレの様子を見て女性は、
「キッドの紹介なんでしょう?大丈夫よ。……あいつにツケておくから」
と、女性は優しく言った。
先程のオレとドワーフとのやり取りを聞いていたらしい。騒がしい酒場の中の会話を聞き分けたのだとしたら、この女性はとんでもない地獄耳の持ち主ということになる。
女性の表情はあくまで優しい。
ひょっとしてこの女性はさっき酒場が大爆笑に包まれている間に、オレのためにわざわざ食べ物を用意してくれていたのだろうか?
「……頂きます」
オレはこの女性のご厚意に素直に甘えさせていただくことに決めた。こんなに本気の“いただきます”は生まれて初めてかもしれない。
木皿に盛られた料理に手を合わせるオレの仕草を、一席空けて隣に座る騎士っぽい人が物珍しそうに見ている様子がオレの視界の隅に伺えた。
女性は、どうぞ…という仕草をしたが、特に何もオレに聞かない。
女性が出してくれた大きな木皿の上には、新鮮なトマトのような野菜の切り身と、ドレッシングがかかったレタスのような葉物野菜、カリカリの細切りベーコンエッグ、フライドポテトの山盛りと、ちょびっとの砕いた岩塩が盛られていた。
約一日ぶりのまともな食事は、世の中にこんなに旨いものがあるのかと思うほど旨かった。
ブランドンさんから貰った燻製肉もそうとう旨かったが、この女性の出してくれた食事は涙が出るほど旨い。
女性が後から出してくれたグラス入りの水も、ライムかレモンのような柑橘の果汁を絞って入れてあるらしく、爽やかな酸味が体の隅々にまで行き渡るようだった。
オレが食事をしている間、女性も騎士っぽい人も何も聞かない。黙ってカウンターの向こうでグラスを磨いたり、カウンターのこちら側でグラスを傾けたりしている。
酒場の喧騒の中で、このカウンターの周囲だけが切り取られているかのように静かな時間が流れ、オレは久しぶりのまともな食事を十二分に堪能することができた。
≡
「……御馳走様でした」
空になった木皿とグラスに手を合わせてオレは女性にお礼を言った。こんな本気の“ごちそうさま”は生まれて初めてだ。空になったオレのグラスに女性は新しいレモン水を注いでくれた。
満腹になって人心地ついたオレは、カウンターの向こうにいる女性の姿をしげしげと見た。
その女性の格好はいかにもなファンタジー世界の酒場の女店主という感じである。
褐色の肌と燃えるような赤い髪。暖色系の丈夫そうな布のワンピース、腰には淡い白のエプロン、頭にもエプロンと同色の頭巾を被っている。
気になるのは、腹から胸にかけて女貴族のコルセットのような革製の装備品を女性が身に付けていることだ。前開きのタンクトップのように身につけて、前開き部分を革紐でキュッと結んでしっかりと体に固定している。
もしコルセットだとしたら、胸や肩まで届く必要はないので、いまいち目的が分からない。もしかすると、シンプルに腹と胸と背中を護るための軽めの革防具なのかもしれない。
女性は手の中の切り子細工のような、細かい模様が入ったグラスを矯めつ眇めつしながら、清潔な布で丁寧に磨いている。よほど大事にしているグラスなのだろう。そんな大事な物の一つを見ず知らずの食い詰め男の食事の為に貸してくれたらしい。
空になった木皿は別の女性店員が持っていって、目の前にはレモン水が入った模様入りのグラスだけが残った。
「……町の外で行動する時は、ちゃんと携帯食料を持ち歩かないと。荒野をながく彷徨っていると体からいろんな栄養とか水分が抜けちゃうから」
グラスを磨きながらオレと目を合わせずに女性は言った。泥だらけのオレの格好を見て町の外で働く労働者だと思ったらしい。
「今度からそうします。ただ今はお金がなくて。キッドさんに言われて、この店に仕事を探しに来たんです。あのドワーフの方が情報屋だと聞きまして……」
そう言いながら、オレはドワーフを見る。
ドワーフは、さっきのテーブルで他の客の屈強な体格の男達と楽しそうに腕相撲をしている。
「……あれが情報屋な訳ないでしょ。キッドの奴に担がれたのよ。まったく、いつまで経っても子供なんだから」
女性はため息をつきながらそう言った。
もしかしたら、あの灰色の男関連でこういう様なことはしょっちゅうあるのかもしれない。
女性と灰色の男がどういう関係性なのかは分からないが、女性は姉のような態度で灰色の男のことを話した。
続けて女性がオレに訊ねる。
「仕事がほしいなら、ギルド事務局には行ってみたの?」
「……うーん、なんか軽くあしらわれちゃいました。住居はあるのかとか、経験はあるのかとか、資格はあるのかとか」
小池さん(仮名)のことを思い出しながらオレは答える。小池さん(仮名)なりに色々気にはしてくれていたものの、オレとしては結局たらい回しにされただけだった。
酒場の女性は自分の眉間にしなやかな指先を当てながら、うーん…と唸る。
「あいつら本当に……。自分達の社会的役割見失っちゃってるわ。……どうにかならない?」
最後のセリフは、同じカウンターの騎士っぽい人に向けての問いかけである。
「……別にいま始まったことじゃないだろ?」
飄々とした態度で騎士っぽい人はグラスを傾けながら女性に言う。飲んでいる酒の種類は分からないが、グラスの中の酒は琥珀色で氷は入っていない。
「ハロルドさんのとこで雇えないの?」
女性が訊ねると騎士っぽい人は、
「すまんが俺には人を雇用できるような権限はないんでね。上に紹介するくらいはしてやれるが正直なところお勧めはしない。
……この町の護衛士の年間死亡者数、教えようか?」
最後のセリフはオレに対してのものだった。
オレは無言で首を振る。
騎士っぽい人は、騎士ではなく『護衛士』という職業らしい。その護衛士は金髪を刈り上げない程度に短く整えて、細かい模様入りの立派そうな革鎧を身に纏っていた。護衛士の男性がオレに話しかけた。
「……ハロルドだ。ホワイトホース駐屯騎士団で護衛士をやっている」
ハロルドと名乗った男は、そう言いながら手を差し出してきた。オレも手を差し出しながら名乗る。
「……狩野正です」
ハロルドさんとオレは握手を交わした。
握手して分かったがキッドという灰色の男に続いて、このハロルドさんにもオレは喧嘩で勝てない。
ハロルドさんは、見た感じ40代半ばといった感じだが、オレより少し身長が高く革製の鎧を全身に身に着けているのに重たそうな素振りも見せない。布製の服と変わらずに普通に動けている。
よほど普段から体を鍛えているのだろう。酒場の中で革鎧を着ている理由は分からないが。
「カリノ・タダシ……」
オレの名前を一回物珍しそうに繰り返したあとでハロルドさんは続けた。
「仕事は紹介してやれないが、この辺りで何かあったら俺の名前を出していい。ハロルド・ジェラルドの知り合いだといえばこの町のごろつきは手を出さない」
そう言ってハロルドさんはカウンターの上に一枚の銀貨を置いて立ち上がり、カウンターの向こうの女性に「また来る」と言い残して店の出入り口に向かう。
その途中で、ドワーフと腕相撲をしていた屈強そうな男達に向かってよく通る声でハロルドさんは言った。
「店内に異常なし!警邏を再開する!おまえ達、いつまで遊んでるつもりだ!」
ハロルドさんから注意を受けた男達は、慌てて脱いでいた革鎧を着込みながらハロルドさんに着いていく。男達が身に着けている革鎧は、ハロルドさんのと比べて随分簡易的なものだった。ハロルドさんと護衛士達は、まだ勤務時間中だったらしい。
「近いうちにまた来てね」
カウンターの中の女性が店を出る護衛士達に向かって、優しく微笑みながら手を振った。
≡
ハロルドさんが部下達と一緒に業務に戻り、カウンターには女性とオレの二人だけが残った。
女性はハロルドさんが使っていたグラスを磨きながらオレに話しかける。
「とりあえず仕事はあとで探すとして、この町に住むなら後見人が必要ね。私は店が忙しいし、ハロルドさんは騎士団直属だから滞在者の後見人にはなれないし……」
女性はまた眉間に指先を当てて、うーん…と唸る。
この仕草をしている時だけ、この大人の女性が少し幼げでかわいく見えた。
そして女性はなにか思いついたように、あっ…と言ったあとで酒場のテーブル席に声をかける。
女性が声をかけている相手はさっきの『ドワーフ』である。
「バラガン!……ねえ、ちょっとバラガンってば!……バラガン・ダイン!!」
最後は酒場の女性はかなり強い口調になる。
他の客達と浮かれ騒いでいるドワーフがなかなか振り向かなかったからだ。女性の声が酒場中に響き渡り、一瞬後店内にピン…ッとした静寂が訪れる。
酒場の客全員が一斉に話すことを止めるほどの、それは力のある声だった。
「ほんが?」
頬かむりをして、他の客の前で『ドジョウすくい異世界バージョン』のような滑稽な踊りを披露していたドワーフは、鼻と口に挟んだ楊枝の下から間の抜けた音を発した。
「貴方この人の後見になりなさい」
女性は、有無を言わせない口調でドワーフに命じた。
これも物凄く力のある声である。人に『なにかを命じる』ということに違和感を抱かせないほどの強い声。
女性の深緑色の瞳が、ドワーフを見据えながら強く冷たい光を放つ。普段優しい人が厳しくなると、とても怖い……。
女性のすぐ目の前に座るオレだけではなく、店内の他の客達も息を呑みドワーフと女性の会話の流れを見守っている。酒場の中二階から身を乗り出しながらことの成り行きを見守っている客もいた。
ドワーフは鼻と口に挟んだ二本の楊枝を両手でゆっくりと外しながら女性を睨みつける。
このドワーフには女性の迫力が通用しないようだ。
「……何故わしが『知らん小僧』の後見にならねばならんのだ」
ドワーフは静かではあるがドスの利いた強い口調で女性を睨みつける。
こちらも女性に負けず劣らずの強い『声』である。
声の質は全く違うものの、声の迫力という点において両者は完全に拮抗しているようだ。
女性とドワーフはバーカウンターを間に挟んで5メートル程の距離をおいて、しばらくの間睨み合っていた。
白髪と白髭をハリネズミの針のようにゆっくり逆立てて、女性を威嚇するドワーフ。
威嚇するドワーフの視線を正面から見据えたまま、泰然と動じない酒場の女性。
今や酒場中の客が二人の会話の成り行きに耳を傾けている。見守る客達の中からゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。
そしてドワーフが何かを言いかけた時、それに被せるように酒場の女性は静かに言った。
「……貴方の今月分のツケを鍛冶ギルドに請求して全額支払ってもらいます。それと今後この店での貴方のツケ払いでの飲み食いは一切受け付けない。
それで宜しくて?バラガン・ダイン?」
まるで貴族のように優雅かつ容赦のない口調で、酒場の女性は静かにドワーフに宣言した。
他の客達はことの成り行きを固唾をのんで見守っている。下手に口を出すと自分達のツケ飲みも禁止されかねないからだ。
ドワーフの逆立っていた白髪と白髭が徐々に元に戻る。どういう仕組みで髪やヒゲが逆立ったり戻ったりするのかはオレには分からない。髪とヒゲが元に戻った時にはドワーフの怒気をはらんでいた口調も、もうすっかり元の口調に戻っていた。
「ツケは払う……。ギルドに言うのは勘弁しろ。
だが、なんでわしがその小僧の後見にならなきゃならんのだ?」
ドワーフは静かな口調で女性に対して疑問を口にする。他の客達は(オレですらも)確かに…と思ったものの誰も口にも表情にも出さない。
「黙りなさいバラガン・ダイン」
静かに、厳かに。
『高貴さ』さえ感じる声で女性がドワーフに宣言する。
まるで女帝の宣言のような容赦のなさ。客の一人が思わず、ひっ…と声を上げた。
続けて女性はドワーフに言った。
「この町でのツケ払いを禁止されるか。この人が住む場所と仕事を見つけるのを手伝うか。どちらがいいの、バラガン・ダイン?」
女性のこの一言が決定打となる。
いつの間にかこの店のツケ払い禁止から、この町全体のツケ払い禁止に話が変わっている。
この女性は何者なのだろうか。
オレに分かるのは、他の客達の様子からして女性の言葉は『ハッタリではない』ということだけだ。
バラガン・ダインと呼ばれたドワーフはゴツい大きな手でつるりと自分の顔を撫でたあと、顎の白髭を指先でゴシゴシとしごいた。
なんとなくしょんぼりした表情にも見える。
そして、ふう…と一息つきドワーフは言った。
「……そんなに他人のフルネームを連呼するな。
この小僧を手伝う。だからツケ禁止は勘弁しろ……」
ドワーフの筋骨逞しい肉体がさっきよりも一回り小さくなったようにオレには見えた。
女性が優しい顔に戻り微笑みながらドワーフに言った。
「ありがとう。好きよバラガン」
冗談めかした女性の言葉に、よしてくれ…と無表情に手を振るドワーフ。どうやら、この『喧嘩』は酒場の女性に軍配が挙がったようだ。
そしてドワーフはカウンター席に座るオレに向かって声をかけた。
「来い、小僧」
そう言ってドワーフは出入り口から店の外に出ていく。その力強い歩みには躊躇とかオレに対する気遣いとかいったものが一切なく、『来いと言った相手が着いてくるかどうかはわしには全く興味がない』と言わんばかりである。
オレは慌ててカウンターの向こうにいる酒場の女性に振り向き、次いでカウンターに乗っているレモン水のグラスを見る。
「……ツケにしといてあげるわ」
オレの意を汲んでくれた女性は優しい笑顔で言った。
「有難う御座いました。また来ます」
女性に頭を下げオレはドワーフを追いかけて店の外に出ていった。
「近いうちに、またいらっしゃい」
店の奥にあるカウンターの向こうから、酒場の女性は笑顔でオレに軽く手を振ってくれた。
『異世界リサイクル_廃棄物召喚で持続可能な異世界ライフ』
第一部 おっさん転生(転移?)の巻 その七
了
To Be Continued.⇒Next episode.
≈≈≈
≈≈≈
※文体とか、文量に少し悩んでいます。
あと更新頻度とか……
皆様からいただくポイントとか
ブックマークが励みになってます(^^)
拙い文章で恐縮ですが、
今後とも宜しくお付き合いの程お願いします。