五、町と、生活と、自分の仕事。
五の序、
「どうよ、カリノちゃん!調子の方は?」
白いイノシシに跨り白いカウボーイハットを被った榎田社長が、歩いているオレに笑顔で声をかけた。社長の跨がるイノシシの額には、銀色の四つの輪っかのエンブレムが誇り高く輝いている。気のせいか、白イノシシの表情には、余裕と気品さえ感じられる。
「中谷さんのところに、干し肉とサボテンの花を届けに行く所です。でも、こう暑くちゃ…」
汗を拭いながら、オレは社長に応える。太陽光線を浴びて真っ赤に焼けた赤い砂の大地は、真っ黒なオイルの血を流して苦しんでいた。
「まったくだよ、かなわんね」
白イノシシに跨った榎田社長は、カハハ、と笑う。しばらく、オレたちは並んで歩いた。社長の白イノシシも、歩いているオレに歩幅を合わせてくれる。
「中谷さんに貰ったバイクは、どうしたの?」
「…実は、まだ修理中です」
これは、少し、事実と異なる。しかし、どう異なるのかは、オレには分からなかった。
「そう。でも、あんまりノンビリしてると、干上がっちゃうよ」
カウボーイハットを少しずらして、蒸れた頭に風を送りながら、榎田社長が明るく言う。
社長の白イノシシも、額の銀の四ツ輪エンブレムを煌めかせながら、そうだぞ、と優雅に頷いてみせた。
そうですねと応えつつも、オレにはまだどうしたらいいのか分からない。
その時、遠くから馬の蹄の音が響いてきた。金属のガチャガチャいう音と、ハーッ!という駆り立てるような男の声。
むっ!と、榎田社長は音の方角を振り返る。
「…どうやら、本当にノンビリしてるヒマはないみたいだよ」
そう言って、榎田社長は白イノシシの手綱を引き、脇道に逸れながら、オレにこう言い残した。
「MPの浪費には気を付けて!でも、あんまり惜しんでちゃ、なにもできないよ。なにしろ、荒野では自分の判断しか頼れないんだからね!」
沈む夕日を背に受け、榎田社長の乗る四ツ輪優雅白イノシシが、プキィィィ…という雄々しい咆哮を上げ、まるで騎士の乗る白馬のように後ろ足だけで立ち上がり、短い前足をバタバタさせる。…最後のお別れの挨拶だ。
そして、社長と白イノシシは馬首ならぬ猪首を巡らせて、沈みゆく夕日の中に消えていった。
男達が去っていった夕日の方を見つめるオレの後ろからは、ハーッ!、ハーッ!、ガチャガチャ!と、はた迷惑な音が、響いてくる。…なんだ、うるさいな。
「ハーッ!」
突然、真横を通り過ぎた黒い箱馬車に轢かれそうになったオレは、横っ飛びになりながら避ける。中谷さんに頼まれていた、バスケットの中の干し肉とサボテンの花が宙に舞う。
「ハーッ!」
黒い箱馬車に乗る灰色の男は、オレを見て嘲笑いながら、まるで飛ぶように馬車を操る。
そして、横っ飛びのまま、オレの体も宙に浮かんでゆき…
五、
「ッ…!」
一瞬、体をビクンッとさせ、オレは跳ね起きた。汗の吹き出た頬を手のひらで撫でる。
夜中とは打って変わって、テントの中はうだるような暑さだ。夜の間に着ていた防寒ウェアはすでに脱ぎ、寝袋は丸めて頭の下に敷いて枕代わりにしていた。
「あーっ…」
オレは、頬を滴る汗をツナギの袖で拭う。
なんだか、ひどい夢を見た気がする。思い出せないが。
ポリエステル製の折りたたみテントの天井越しに、薄く日の光が見える。もうすでに、太陽は空のかなり高いところにあるらしい。疲れていたオレは、だいぶ長い間眠ってしまったようだ。暑いので、テントのジッパーを開けて外に出てみた。テントの外は、木陰と風がある分、中よりもだいぶ涼しかった。
テントの外には、何人かの町の人が、オレのテントの周りを取り囲むようにして立ち話をしていた。何人かが、テントから出たオレを見て、あっ起きた起きた、と声をかけ合っている。
起き抜けの俺の頭は、まだ状況を把握できていない。町の人の一人がオレに声をかけてきた。
「…ブランドンさんから、お話聞いてきました。なにやら大変な目にお遭いになられたようで…」
役所務めっぽい雰囲気の、おしとやかそうな女性が、俺に声をかける。40代後半か50代くらいの品のいい女性である。
「門番の方に、松明と干し肉を、…あれ?」
夢だったのか現実なのか、分からない。昨日、イノシシに乗った猿達に追われたのは、現実だっけ?
「…ブランドンさんは夜勤明けなので、お疲れのようで、もうお帰りになりました。…貴方のことを気がけてらっしゃいましたよ。私はブランドンさんに後のことを頼まれた都市開発ギルドの者です」
ブランドンというのは、昨日の親切な門番のおじさんだろうか?
「ギルド…。ですか」
なんとなく、聞き覚えのある単語だ。確か、職人達が、技術独占のためと、自分達の弟子への技術継承のために作った専門的技術者の団体、みたいな感じだったような。
「…はい。準備ができたら、おっしゃってくださいね」
そう言うと、ギルドの女性はオレのテントから離れて、門番の掘っ立て小屋の方に歩いていった。
「…それでは、ソーンさんは夜勤明けのブランドンさんに頼まれて、オレの様子を見に来てくれた、という訳ですか」
オレは、ギルドの女性に歩きながら話しかける。
女性はソーンさんという名で、門番のブランドンさんとは家族ぐるみの付き合いらしい。都市開発ギルドという所で、会計の仕事をしているそうだ。
オレとソーンさんは、町の中を歩きながら話をしている。この町の名は、『城郭都市第13地区ブライドル』というそうだ。この世界の人に、『13』という数字に忌避感は、特にないらしい。
「…はい。本来なら、ブライドル市役所の方へお運びいただいた方が間違いないのですが。ここから市役所までは、あいにくと距離が遠いもので。それで、急遽私が…」
振り返って、微笑みながらソーンさんは言う。
ソーンさんは、通常業務とは別の仕事を急遽振られたことになる訳だが、そういうことはおくびにも出さない。
オレが礼を言うと、ソーンさんは、「これも仕事ですから」と、歩きながら、また微笑んだ。
10数分程前、オレは周りにいる町の人に見られないように、装備品と折りたたみテント以外の召喚物をまとめて『帰還』させた。
『召喚士』という職業や『異世界から来た人間』という存在が、この世界の元からの住人にどう受け止められているのか。それがはっきり分かるまでは、オレの身元は隠した方がいいだろう。
召喚物達の帰還に合計20のMPを消費したが、一斗缶やランプや寝袋を抱えて、町の中を歩く訳にもいかない。少し強引だが、折りたたみテントの収納バッグに全部入れたことにして、涼しい顔をする。ソーンさんは、特になにも言わなかった。
ブライドルの町は、大陸とフロンテア半島の付け根に位置し、二つの大きな山の谷間に挟まれた、細長い街道の町だ。昨日通った渓谷の道『ホープ街道』と、荒野の向こうの内陸部にある街『遠隔鉱山ゴールランド』、半島のいくつかの都市を結ぶ人造の大運河『グランナガル運河』を擁する、大都市『城郭都市ホワイトホース』の大陸側への玄関口、という所らしい。おそらく、昨日オレが猿達に追いかけられた方が『大陸側』なのだろう。
ブライドルの町の赤いレンガ造りの入り組んだ道路と、何度も建て増しを重ねたような複雑な形の建造物の群れは、なんとなく、『進撃の巨人』のシガンシナ区を彷彿とさせる。
「…私が子供の頃は、ホープ街道開通なんて夢にも思わなかったのにね」
ギルド事務局へ向かう石畳の道すがら、ブライドルの町の歴史を語るソーンさんは、実際の市役所の人よりも市役所務めっぽい。ソーンさんは、オレのことを、盗賊に襲われた挙げ句、荒野のど真ん中に置き去りにされた哀れな旅人、とでもブランドンさんに伝えられているのかもしれない。オレを安心させるためか、ソーンさんは親しげに話しかけてくれて、とても親切に接してくれた。
実際、この世界に来たばかりで何をどうしたらいいか分からないオレにとって、『話しかけてくれる人がいる』というだけでも有り難かった。
しかし、木製の入口門から町の中に入って結構歩いてみて思ったのだが、この町の道は複雑で分かりづらい。日差しへの断熱対策なのか防火対策なのかは分からないが、町の建物全部の外壁を白い漆喰で塗り固めてしまうのは、正直どうかと思う。同じような外観の建物ばかりが並んでいて、町の住民は道に迷ったりしないのだろうか。
やがて、オレとソーンさんは、古い青銅っぽい金属製の看板で『城郭都市ギルド事務局第13地区総合支所』と書かれた建物の前に着いた。噴水のある中庭付きの、この町の中では比較的大きな建物だ。
難しくて長い名前が象嵌された青銅っぽい看板の横には、新しい木製の看板が掛けられていて、そこには『ギルド事務局ブライドル支部』と書いてあった。
なんとなく、お役所っぽいな…という感じがした。
「…私は、業務がありますから、ここまでね。後のことは、中にいる職員の方に訊ねてみて。貴方の今後の面倒を見てくれるように、私から頼んでおきましたから…」
ギルド事務局の受付嬢に、事情を説明した後で、ソーンさんはそう言った。ソーンさんの職場は、こことは別の所にあるらしい。
「何から何まで、お世話になりました。後日お礼に伺いますので、ブランドンさんにも宜しくお伝えください」
オレは、ソーンさんに礼を言って頭を下げた。
「…あらあら、これはご丁寧に」
と、お辞儀を返して最後まで品よくソーンさんは立ち振る舞い、自分の仕事場に帰っていった。
+++
「…えーっと、カリノ・タダシさん。年齢36歳。この町に来たのは、記録によると初めて、か。この町に来た目的はなんですか?」
机の上のコンソールのようなものを操作し、水晶玉のようなものを見ながら、ギルド事務局職員の男性は質問してきた。オレは、頭の中で、この男性の顔は、藤子不二雄A先生の作品に出てきそうだなと思いながら、用意していたセリフを言う。
「大きな街なので、仕事があると思いまして」
ウソは言っていない。仕事がなければ日干しになるので、遅かれ早かれ仕事も見つけないといけない。それに、このラーメン大好き小池さんみたいな職員に『元の世界へ戻りたいのですが、どうしたらいいでしょう?』と聞いても、困らせるだけだろう。下手したら通報されるかも。
この世界の中での、異世界人の立ち位置みたいなものを、まずは確認する必要がある。
「あー、最近多いですね。今までどういったお仕事を?この町では、慢性的に騎士団関係と建築系の仕事が人手不足なのですが、建築系の経験とか、資格とかお有りでしょうか?」
オレは少し、考えてしまう。現代日本の経験や資格が異世界で役に立つのだろうか。目の前の小池さん(仮名)は、コンソールを操作し水晶玉を覗き込んで情報を得ているようだが、オレの目にはコンソールにも水晶玉にも、なにも映し出されているようには見えない。建築系の仕事というのも、もしかして魔法とかで建築重機を操るのではあるまいな。
「実は、特に経験…という程のものはありませんで。無経験でもできる仕事を探しています」
ウソは言っていない。オレは、異世界で仕事をしたことは一度もない。すると、オレの言葉を聞いた小池さん(仮名)が、スゥーッと目を細めた。
「…そうですか。ギルドの幼年学校を卒業しているなら、『仕事経験なし』というのはあり得ないのですが。ちなみに、ご出身はどちらで?」
小池さん(仮名)は、眼鏡の奥の目を光らせながら、油断なくオレを見る。小池さん(仮名)はどうやら疑り深く、慎重な質らしい。頭からつま先まで、オレを値踏みするようにすごい視線で見てくる。小池さん(仮名)の方から、なにやら見えないオーラのようなものが迫ってくるような、そんな感じさえする。どうやら、盗賊が跋扈しているらしいこの世界で、『仕事経験なし』と答えたのがまずかったようだ。
「…わたしの故郷には、『ギルド』という仕組みはありませんでした。幼年学校もです。生まれた家も裕福ではありません。わたし自身、個人からの依頼を受けたり、町から町を転々とするような生活を送っていたのですが。…ある日、荒野に置き去りに遭いまして。しばらくの間、荒野をさすらう生活を余儀なくされました。出身と言うなら、一番長く住んでいたのは、ニホン…とかいう所だったと思います」
ゆっくりと、噛んで含めるように、オレは、それっぽいことを小池さん(仮名)に説明する。ウソは言っていない。出身地も、うろ覚えでよく覚えていないフリをする。
「…余計なことを聞いてしまったようで、大変失礼致しました」
小池さん(仮名)は、黙ってオレからの説明を聞いた後で、座っていた椅子から少し腰を浮かせて頭を下げ謝罪してくれた。オレも、小池さん(仮名)の謝罪を素直に受け取る。
小池さん(仮名)は、よくあることですよねお気の毒にと、オレに対して少し同情的になった。荒野に置き去りにされるのはよくあることらしい。
「…ちなみに、大変失礼ですが、いまお金はありますか?住む場所は?」
小池さん(仮名)が心配そうに訊ねる。
「いや、実は素寒貧でして…。住むところも…」
オレは正直に言う。小池さん(仮名)は、ますます気の毒そうに、
「そうですか、お気の毒に。申し訳ないのですが、この事務局では、住居不定の方に対する仕事の依頼を行うことはできません。この町のギルドで依頼を受ける場合には、この町での住所と、登録料が必要になります。それと念の為に後見人も。市役所の大門前事務局の方に行ってみてください。住居不定無職の方に対する福利厚生手段を、紹介してくれるはずです」
そう言って、小池さん(仮名)は机から一枚のざら紙を取り出して、オレに渡した。紙には地図と、『城郭都市ホワイトホース市役所大門前支局。お仕事や宿を探している方、まずはお気軽にご相談ください』と印刷されている。
「はい、次の方どうぞ」
ざら紙を渡したら、一仕事済んだかのように小池さん(仮名)は次の人に声をかけて、それきりオレの方は見なかった。
小池さん(仮名)が他の人の対応を始めたので、オレは近くにいる人にざら紙の住所について聞いてみた。『城郭都市ホワイトホース市役所大門前支局』というのは、ソーンさんが言っていた『ブライドル市役所』のことらしい。
要は、今いる町ブライドルにある城郭都市ホワイトホースの市役所の支局なのだそうだ。
結局は、市役所に行かなければ問題は解決しないようだ。たらい回しにされているオレは、フーッ、と一つ大きくため息をつく。
…仕方ない。ブランドンさんも、ソーンさんも、小池さん(仮名)も、それぞれ誠心誠意、自分の仕事をしているだけなのだから。
+++
「…ここ、どこだ?」
ギルド事務局を出たあとで、オレは道に迷ってしまった。小池さん(仮名)にもらったざら紙の地図は、極端に簡略化されており、実際の道は、高低差があったり、道が大きく湾曲していたり、地図には存在しない細い分かれ道があったりする。なんとなくで、遠くに見える『城郭都市ホワイトホース』の城壁の方を目指していたオレは、すぐに道に迷ってしまった。町の中のあちこちに似たような商店の並んだ通りがあり、似たような漆喰で塗り固めた木造やレンガ造りの建物の連続で、歩いていても町の風景に変化がない。気付いたら同じところをぐるぐるしているような、なんとなく、『カウボーイビバップ』の劇場版に出てくるモロッコの旧市街を模した町を彷彿とさせるような町並みだ。
「わざと旅人を迷わせるように作ってあるんじゃないだろうな、この町…」
行くことも戻ることもできなくなったオレは、疲れて、道の端の日陰に入って座り込む。日本にいた頃は、疲れても道路に座り込むことはしなかったが、なぜだかこの町では、疲れたら道の上に座り込んでも自然な気がした。
目の前の雑多な商店が並ぶ通りには、多くの男女が行き交い、人々が笑い合ったり、子供が走り回ったりして、町全体の喧騒を作り出している。町の中には、金や銀、明るい茶色など色々な髪の色を持つ人達が歩いていて、オレと同じ黒い髪の人もいた。
みんな、誰かの親だったり、子供だったり、知り合いだったりするのだろう。しかし、この町にはオレのことを知っている人も、オレが知っている人も、一人もいない。
道の上に座ってそんなことを思いながら、通りを歩く人達を眺めていると、その中の一人の男が目に入った。
目元だけを覆う灰色の布の覆面。ハットも、コートも、ズボンも、全身が灰色の男。赤いスカーフは、コートの胸ポケットに今はたたんで入れてある。
昨日、渓谷の街道の中で、馬車でオレを轢きかけた男が、ズボンのポケットに手を突っ込んで、オレの目の前をダラダラ歩いていた。
五の〆、
…城郭都市ホワイトホースの、城壁の外側に隣接された出城のような町『ブライドル』に、今オレはいる。ブライドルは、日本の歴史で言えば、『曲輪』みたいな構造の町である。
もし、城壁で囲まれた都市に外部からの侵略者が攻めてきた場合、侵略者は当然攻めやすい場所から攻めようとするだろう。そのためにあえて、城壁の外側に、堀や塀や土塁で囲まれてはいるものの城壁側よりは守りが手薄そうに見える曲輪の町を作ることで、侵略者から城壁の方を先に攻めるという発想を奪う。まあ、役割的に大阪城の真田丸とかウォールマリアのシガンシナ区みたいな町だ。
しかし現在、ブライドルの町には単なる都市防衛上の要、あるいは囮という役割以上に、重要な意味がある。
ブライドルという曲輪の町の利点は、
1、城郭都市ホワイトホースの内側に住む人達のように、住むだけでバカ高い税金を支払わなくて済むこと。
2、町の内外を出入りするのにいちいち通行料を支払わなくて済むこと。
3、そして、ブライドルの基本方針として人類でさえあれば、町に入る目的を紙に記入して、ある程度の個人情報をブライドル市役所に提出すれば、基本的に誰でも受け入れるということだ。
異世界は、自然や野生の力が人間に比べて圧倒的に強い。そのため、この世界では、自然や野生動物や原始的種族との戦いの方が、人類同士の争いよりも圧倒的に多いらしい。都市を強くして、たまに襲撃してくる野獣や原始的種族の集団あるいは盗賊と戦うためにも、都市圏の経済的発展のためにも、ホワイトホース都市圏の人口は多いほどいい。しかし、城郭都市の内側に住んでいる人達の一部は、見慣れない人が急に城郭都市の内側に入ってくることを嫌がる傾向がある。特にお年寄りや女性などは、盗賊やならず者が街に入らないか心配する人もいるだろう。
そこで、城壁の外側にある曲輪の町ブライドルの出番となる。
人口増加政策を積極的に推進しているブライドルでは、外部から来た者を一時的な町の滞在者として受け入れる。そして、ブライドルの町で貢献が認められた者に対し貢献度によって、町の居住者、高額納税者という『称号』が与えられる(これは、貴族や王族から与えられる『上級市民』などの階級とは別の、城郭都市独自の施策である)。尤も、過去に罪を犯した者や町の中で犯罪に手を染める者などは、ブライドル駐屯騎士団所属の護衛士達によって厳しく取り締まられる。そして、長年の高額納税者がホワイトホース市役所に申請し認められれば、晴れて城壁の内側に住むことが認められるという仕組みになっている。
そんな面倒くさい手続きしてまで壁の内側に住みたい人いるかな、と正直オレは思う。しかし、オレはこの世界のことをよく知らないし、城壁の中の暮らしぶりを知らない。もしかしたら、城郭都市の内側の住人になりたい人の方が多いのかもしれない。
ブライドルには、先祖代々の町の住民も多いが、外からやってきた住民も多い。
『城郭都市ホワイトホース』の中で安全で豊かな生活をしたい人達が、家族を連れて半島中から集まり、まずはブライドルで長年生活をすることになる。
ブライドルは、山に囲まれた谷間の町であり、そもそも住める土地が少ない。そこで町の住民達は、道沿いに町を広げたり、いまある建物を増築したりして、増加する人口に対応してきた。ブライドルが現在の『ホープ街道』沿いに異様に細長い形状をしているのは、そのためである。年々町の人口も多くなり、町の住民の一部には『壁外都市ブライドル』を自称する者も存在する。
また、ブライドルの町はあらゆる人々を受け入れるとともに、自ら町を去る者も引き止めはしない。志成らず夢やぶれてブライドルを去る者や、現実に打ちのめされて捻曲がり町を襲う盗賊に堕ちる者も、残念ながら少なからず存在する。
しかし、ブライドルの町自体は、町を去る者以上に新しく来る者が圧倒的多数のため、町の住民達それぞれの胸の内に様々な思いを内包したまま、ブライドルの町の人口と経済成長率はここ十数年間、増加と成長の曲線を辿っている…
「これも、『ロンダリング』…、か?」
ギルド事務局ブライドル支所一階ロビーの入口横にある、住民有志から寄稿された『近代ブライドルの歩み』というパネルに書かれている町の歴史を見ながら、オレはひとりごちる。
…最近ひとりごちるのが癖になりそうだ。もっとも、なんの目的もなくいきなり異世界に飛ばされた人は、だいたいひとりごちるものなのではなかろうか。
「…何にせよ、オレもブライドルの中でねぐらと仕事探さなきゃな。この世界でのノウハウを何も知らない上に、金も住むとこもなきゃ、そのうち日干しだ…」
住民有志が憂うこの町の未来も重要だが、オレにとっては、自分の生活の方が深刻な問題だ。
「ま、考えてもしょうがない」
いつものように、オレは自分の生活を守るため、オレ自身の考えのギアを切り替えた。
『異世界リサイクル_廃棄物召喚で持続可能な異世界ライフ』
第一部 おっさん転生(転移?)の巻 その五
了
To Be Continued.⇒Next episode.
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