一、狩野正。36歳。
おっさん(36歳)がそのうち転生します。
いわゆる『モノ好きな人』が異世界転生したら…
というコンセプトで書きました。
読みにくい点も多いかと思いますが、
もし宜しければお付き合い願います。
一ノ序、
狩野正。36歳。
職業は、個人経営の廃棄物リサイクル業者。
最近は、遺品整理、生前整理、
ゴミ屋敷の片付けもやる。
まだ使える遺品を、遺族から買い取って修理し、
販売したりもする。
最近の趣味は、
月に一度ネットカフェに行って、
異世界モノのマンガを読むこと。
最近の悩みは、
髪のボリュームが少し減った気がすること。
顎より下の体の毛が増えたこと。
それ以外は、別に取り立てて話すこともないような、
どこにでもいるゴミみたいな普通のおっさんだと、
自分では思っている。
一、
「…すみませんねえ、この匂いに慣れなくて…」
依頼人の女性はハンカチで口を抑えながら、いかにも不快げに言った。
空気を吸い込むのも嫌という態度で、女性は小声で話す。相変わらずハンカチで口を抑え、もう一方の手にさっき渡した見積書の入った封筒を抱きしめている。
別居していた依頼人の夫が、一人暮らしのアパートの部屋で亡くなった。ご遺体は部屋の中に一週間放置され、様子を見に来た釣り仲間に発見されたらしい。季節が冬だったこともあって、発見時ご遺体はきれいなものだったらしい。部屋の中もすでにクリーニングされているので、アパート室内は、今は洗剤の匂いがする。
しかし、遺体があった部屋というのは、独特の匂いというか『雰囲気』が残っている気がする。この依頼人の女性はそういうのに敏感な質なのだろう。
「わかります。なかなか馴れないですよね。…えぇっと、今日のはとりあえずのお見積りですので、実際は多少上がり下がりします。言っても何千円かだと思いますが。正式なご依頼は今でも、あとで電話でも構いませんが、どうします?」
一瞬だけ依頼人の女性に曖昧な笑みを向けたあと、オレは至極業務的なことを伝えた。こういう場面で同情しすぎると逆に良くないことは、経験でわかっていた。
「…お見積りの内容で構いません。すぐに始められますか?」
「うーんと…。今日は、無理ですかね。こう見えてアパートの方との手続きとか、トラックの準備とかあって…。すみません…」
顔に曖昧な笑みを浮かべたまま、申し訳無さそうにオレは言う。本日は見積りだけの予定だったので、会社の軽ワゴンで現場に来ている。見積り時点では場所が分からないことも多く、短時間だけ路上駐車せざるを得ない場合もある。大きなトラックで来て路上駐車すると周辺住民に迷惑をかけることがあるので、見積りの時は軽ワゴンで来ることにしている。尤も、どれだけ小さな軽ワゴンだとしても、路上駐車は違法なのだが。
「お見積りの内容でよろしければ、えぇっと、最短で来週の月曜日になりますね。作業中、現場での立会いはなされますか?」
スマホのスケジュールを確認しながら、オレは依頼人に問いかける。多分、この依頼人は立会わないタイプだろう。
「…では月曜日にお願いします。立会いはいたしません…」
依頼人は、まだハンカチで口を抑えたままだ。この人は、あと10分もここにいたら吐くのではないか…。ついオレは余計なことを考える。
しかし、思考とは裏腹に、オレは顔に相変わらず曖昧な笑みを浮かべている。この仕事での接客のコツは、曖昧な笑みと、その他の表情のメリハリをつけることだ。依頼人の中には、こちらには分からない事情で突然感情的になる方も多く、こちらのペースで勝手に話を進めると、突然怒ったり泣き出したりする人もいる。依頼人のお気持ちは察するが、いちいち他人の感情のはけ口になるほどオレも暇じゃない。
依頼人が感情的になりそうな時には、オレは曖昧な笑顔や済まなそうな態度でお茶を濁すことにしている。スマホのスケジュールを確認したり、感嘆詞をわざわざ間延びさせるのも同様のテクニックだ。
「では、ご契約ということで。えぇっと、それでぇは、こちらの契約書にサインとご捺印をお願いします…」
革製の営業カバンから契約書を取り出し、百均のカッティングマットを下敷きにして、テーブルの上に置いた。続けて胸ポケットのジッパーの中から油性ボールペンと朱肉を取り出し、テーブル上の契約書の隣に並べて、きれいに置く。この『きれいに置く』というのも、依頼人を落ち着かせるテクニックだ。
オレは、依頼人にちゃんとした業者だと思われるための努力は惜しまない。実際ちゃんとした業者なのだ。世の中、依頼人に対してさえ横柄な業者はごまんといる。そういう業者に対して差別化を図るのが、オレみたいな零細の個人経営者の生きる道なのだ。
椅子に座り、依頼人の女性は契約書を熟読してからサインし、判子を押した。相変わらず口をハンカチで抑えたままだ。無言で契約書をオレに渡す。サインと判子を確認したオレは、契約書の控えの方を依頼人に渡しながら、契約の時にいつも言っている最後の口上を述べる。
「…はい。ええっと、これでご契約となります。もし、お気付きになった点がございましたら、携帯の方までお電話ください。…本日はこれで終了となります」
深々とオレは頭を下げる。これは本気の態度だ。依頼がなければ、オレみたいな業者はあっという間に日干しになる。依頼人に謝意を述べる時だけは、オレは本気で言う。
「…じゃ週明けにお願いしますね」
椅子に座ったままで、依頼人の女性は、傍らに立っているオレに笑顔を向ける。本日初めての笑顔かもしれない。
やっと開放された、そんな笑顔だった。
「お疲れ、狩野ちゃん」
依頼人の女性の車を見送ったあとで、オレに、この仕事を振ってくれた不動産屋の社長が声をかける。
額から頭頂部まで禿げ上がっているのに、側頭部から後頭部にかけての髪はまだ黒々としている。本人曰く「禿げるなら満遍なく禿げりゃいいのに」とのことだ。オレは、社長の頭が目に入るたびに、明日は我が身だと心得る。
アパートの合鍵も社長から預かっている。実は見積りの間も、近くに駐車した車の中にいて待っていてくれたのだ。
「…ありがとうございます。正直来週末までヒマしてた所なんで助かりました」
オレは社長に対しても依頼人と同様に、心から礼を言う。こういう人がいてくれるから、零細個人は成り立っているのだ。
「いいっていいって、お互い様だからさ。いやー参っちゃったよ、最近多いんだよ。孤独死ってやつ」
一番最後は口元を手で隠して、社長は小声で言う。
オレは社長に曖昧な笑顔を返す。人の死ばかりはどうしようもない。
「…来週の月曜日に片付けに伺います。その時にまた鍵をお願いします」
オレが預かっていたアパートの鍵を社長に返そうとすると、
「いいっていいって。持っててもらっても。おれ日曜ゴルフだからさ。もしかして月曜潰れてるかもしれないから」
社長は大げさに手を振りながら言う。鍵を預かったままなら、一旦不動産屋を経由する手間が省けるので、こちらとしてもありがたい。
「…参っちゃったよ。心臓麻痺らしいけど、自然死だとしても人死が出たアパートには告知義務があるから。次の借り主見つかるかね…」
社長は腕を組んで、首をひねる。病気や事故が原因で、アパートの中で人が亡くなるのはよくあることだ。お年寄りの場合だと、暖房のよく効いた部屋から寒い風呂場に入った時に、気温差で血管が収縮し、急性心臓麻痺を起こすことが多いらしい。また、食べ物を誤嚥して、喉を詰まらせて亡くなることもあるそうだ。全部この社長から聞いたことではあるが。
「人が死んだとこ全部に幽霊が出るんなら、実際この世のどこだって幽霊だらけになるんだろうけどさ。まあ、そういうの敏感で借りたくないって人もいるわけよ。心理的瑕疵ってやつで。家賃も安くしないといけないみたいな」
社長は腕を組み、ポケットから出した電子タバコを吸いながら話す。オレは頭の中では今日このあとやることを整理しながら、社長の話に相槌を打つ。社長はずっと、聞こえるか聞こえないかの小声のまま話している。
「それでさ。人死の出た部屋を承知で安く借りたいって人もいるわけよ。世の中いろんなニーズがあるもんだね。大きな声では言えないんだけど、そういう人達に一時的に部屋を貸し出して、人死が出ましたって告知を上書きする不動産屋もいるのよ。住宅ロンダリングとかそんな言われるやつ」
なんとなく社長の言わんとすることが、分かってきた気がする。しかしオレは曖昧な笑顔を崩さない。淡々と、へぇとか、そうなんですねを繰り返す。
ロンダリングの仕組みに詳しくはないが、一応知識としては知ってはいる。しかし、さも初耳であるかのように社長の話に相槌を打つ。
「…ものは相談だけど、狩野ちゃんの部屋って今、家賃7万のとこに住んでるじゃない?トラックと軽の駐車場代合わせると、税込み家賃9万くらいか」
オレの住居兼事務所にしているところも、この社長の不動産屋の物件である。実際は消費税が付くので家賃はもっと高くなる。零細の個人経営者にとって、家賃と駐車場は頭の痛い問題だ。
「…うーん、まぁ正直な話、今の生活だと、もう少し安い物件でもいいのかなって思ってますよ」
オレは、社長に合わせるように腕を組み、首を傾げる。実際困ってはいるのだ。一応、住居兼事務所という体裁を取ってはいるが、実際問題として、依頼人とは現場で話をするので大げさな事務所はいらないような気がしていた。
「でしょ、言わせちゃって申し訳ないけど。そんで、ものは相談だけど、ここ家賃55,000円なんだけど3割引きの38,500円で来月から住まない?近くの駐車場も2台分込みでさ」
そらおいでなすったぞ、と井之頭五郎のように、オレは心の中でつぶやく。さぁて、どう応えるやら…
「今なら、二台分の駐車場代と税込みで40,000ポッキリでいいよ。オレと狩野ちゃんの仲だし。駐車場ちょっと遠くなるけど歩いていけるとこだし。今住んでるとこ途中解約になるけど、違約金もなしでいいから」
これは魅力的すぎる提案だった。現在の家賃と駐車場代よりも半額以下になるのは、正直助かる。オレは故人に対する敬意は持っているが、オバケとか幽霊とかは信じない質だ。存在するとしても、自分が困らなければ、別に構わない。
しかし、契約は慎重に行わねばならない。オレは曖昧な笑顔を崩さず言った。
「…うーん、正直魅力は感じますけど、今の事務所を移転することになるので、古物商許可の関係で気になることもあるし…。来週あたりに諸々相談させて頂ければありがたいです」
社長はパッと明るい表情を作った。上の奥歯に被された金歯がキラリと光る。
「いやー、狩野ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。日曜日に家主さんとゴルフで、今回のこと説明しなくちゃいけなくてさ。狩野ちゃんのお陰で枕を高くして眠れるよ。移転の予定については、来週の水曜に話しようか。朝の10時で。そんじゃありがとね」
言うが早いか、社長は踵を返して自分の車に乗り込んだ。社長の車は白のアウディA4アバント。大切にしているらしく、白い車体がワックスの光沢でテカテカしている。
「そんじゃ、水曜の10時ね。月曜の片付けの方もお願いね」
アウディのエンジンをかけ、運転席側のウィンドウを開けながら、社長は言った。
「今日はご足労頂きありがとうございました」
オレは社長に頭を下げる。社長は手を振ると、運転用のスポーツサングラスをかけ、アウディのハンドルを切る。停車したままなので、分厚いタイヤが地面の摩擦でズリリっと音をたてる。
「ありがとうございました」
見送るオレに向かってクラクションを2回鳴らしたあと、社長のアウディは、特徴的な4つの輪っかを光らせて走り去った。
『異世界リサイクル_廃棄物召喚で持続可能な異世界ライフ』
第一部 おっさん転生(転移?)の巻 その一
了
To Be Continued.⇒Next episode.
≈≈≈
≈≈≈
読んでいただいてありがとうございます。
少しずつ書いていく予定です。
今後また宜しければお付き合いください。
※『小説ホッパー』さんの文、
【作者様へのお願い、数字だけは御勘弁。】
Nコード:N0266IC
を読んで、
「なるほど!」と思い、
サブタイトルを追加してみました。
『小説ホッパー』さん、
ヒントをいただきまして
有難うございます!
※小説の文体のルールとして、
改行、3点(…)やダッシュ(―)、セリフの書き方などに
おかしな点があるかと思います。
しかし私自身、小説の書き方のルールがよく分からず、
現在、修正が間に合っていないという状態です。
ただ、この作品は
私が小説を書き始めたキッカケとなる
大切な作品なので、
大事に少しずつ書いて、
少しずつ直して行きたいと思います。
お見苦しい点、ご容赦ください。




