ぷろろーぐ よくある異世界転生で、テンプレ!
――気が付いたら、真っ白な空間に居た。
壁はなく、なんだかふわふわした感触の床だけがどこまでも続いている。天井もなく、どこまでも白い闇が広がっている。
「あん……なんだぁ?」
思わず間抜けな声を上げてから、はたと気が付いた。
……これはもしや、巷で稀によくあるというウワサの異世界転生とかいうやつではないだろうか。
あれだよ、土下座神様とかさ、転生神とかいうやつが現れて、「キミは手違いで死んでしまったから異世界に転生させちゃろう!」とかいってくるやつ!
あれってなぜか、だいたいはこういった真っ白な空間なんだよな!
……って、異世界転生だとしたら、俺、死んじまったのかっ!?
いや、そんな記憶はないぞ?
昨日は確か、ネットで久しぶりに使えるお宝画像を拾って、いろいろすっきりした後ベッドに入ったはず。
――はっ!? まさかのテクノブレイク死っ!?
若いんだし、連続5発くらい普通だろっ!? 死ぬとかありえないだろっ!?
下半身丸出しかっ!? イキながら逝っちまったのかっ!? くそっ!?
……いや。ちゃんと後始末してからすっきり気分でベッドに入った記憶があるよな?
じゃあ、なんだ?
そこまで考えてから、ふと疑問に思った。
お約束の、神様いないのか? 何? 放置プレイ?
ぐるり、と周りを見回すと。
足元に、一匹の三毛猫がちょこんと座っていた。後ろ足で、首の後ろ辺りをぽりぽりと掻いている。
「んー? これはまさか、猫を助けようとして交通事故に遭って死んだぱたーんか?」
記憶にないが、朝、学校に行く途中で、とかありそうだよな?
この猫は、助けようとしたけど、結局俺と一緒に死んじゃったってパターンか?
……いや、俺そんなことすっかな?
たぶん現実にそんな場面に遭遇したら、うわーって思うだけで身体動かねェと思うな。
ってことはだ。
あるいは、もしかして。この猫が神様でーってパターンか?
いや定番っていえば美少女な女神さまだろ? まさかただの猫なわきゃねーよな。うむ。
まあ、とりあえず。
「……なあ、猫、この状況、なんかわかるか?」
問いかけながら、猫を抱き上げようと手を伸ばしたら。
「んー、イカ臭い手で触らないで欲しいかなっ!」
ぱしん、としっぽで手をはたかれた。
「ば、おま、ちゃんと手洗ったから臭う訳ないだろっ!? ってか、猫がしゃべった? おお、ってことはやっぱりあんたが神様なぱたーんかっ!?」
「……確かにあたしは神様だけどさ、まあ、なんでそんな興奮してるのか知らないけどちょっと落ち着いてくれる? 気持ち悪いんですけどー」
三毛猫はぴょん、と俺から飛びのいて警戒するように身を低くした。
「え、だってあれだろ? 異世界転生ってやつじゃないのか、これって? これが興奮せずにいられますかって!」
「んー、ちょうど良いから聞いて見よう。気が付いたら真っ白な空間にいましたー。さて、あなたの目の前に現れたものはなんですかー?」
「心理テストかよっ!? ってか目の前には三毛猫しかいないわけだがっ!?」
「ふむふむ。個人的な統計によると、こういういわゆる異世界転生のテンプレで出て来るのって若い女性の女神が一番多いみたいだけど。猫がいいとか、あんたケモナーなのかな?」
「いやだから、お前が猫の格好してるわけで……」
「ちなみに二位以降は青年型、老人型。老人型はいわゆる神さまってイメージかなー。その次辺りが幼女や少年型。有名どころはここまでかなー。このあとはぐぐっと数が減って、人間以外の動物、非生物のモノリスだったり、そもそも姿を見せずに声だけなんてパターンもあるねー。なぜか中年のオジサンとか大阪のオバチャンみたいなのって転生神自体をネタにしたようなお話でしか見たことないかもー」
「……俺、なんか悪い夢でも見てんのかね?」
ほっぺをぎゅーってつねってみたら。
「……ッ!? 痛くない、だとッ!?」
「うん、これ夢だからー」
「まさかの夢オチッ!?」
「いや、異世界に行ってもらおうってゆーのはほんとだから。ただし夢だけど」
「わけわからんわっ!」
……いや、このわけのわからなさが夢らしいっちゃー夢らしいかもな。
「だいじょうぶ? にくきぅさわる?」
「すごく、ぷにぷにです……」
猫のにくきぅってなんでこんなさわり心地いいんだろうなー。
犬とかのはなんか硬いけど、猫のはやわらかくってぷにぷにしてんだよなー。
はー、落ち着く。
「……これ以上はお金とるよ? ってか触り方がキモイー」
しっぽでぱちんと手をはたかれた。
「おう、すまねぇ……」
「で、落ち着いたところで説明するね。こほん。えーっと、あなたは厳正なる抽選の結果、異世界を訪れる権利を得ました。つきましては本人確認のため、身分証のコピーと、それから手数料として3万円を……あ、ごめ。今の違った」
三毛猫が、てへぺろ、とばかりに前足で顔を洗う。
「……なんかすっげー詐欺っぽいんだが。ってかうっかりでセリフ間違えるとかお前サギの常習犯かよ!?」
「異世界転移詐欺とか、騙される人いないってー。いや、こないだひとり引っかかったけどー」
「をいをい」
どこから突っ込んだらいいものやら。
「まあ、冗談だし? ってわけで。えー、これは夢です。というか、夢になります。夢だからなんでもありだよ! ってわけで異世界とか行ってみたい人~?」
「はい! は~い! 俺、異世界行ってみたいですっ!」
「素直でよろしい。では、この契約書にサインを~」
差し出された紙にウキウキとサインしようとして。
「悪魔かっ!? 高級羽毛布団とかなんの関係もねぇだろっ!?」
「もー、冗談だってばー」
くすくす笑いながら契約書を引っ込める三毛猫。
「さて、じゃあ展開遅いとか言われないうちに話すすめよっか。えっとね、あたしWEB小説とか書いてるんだけど。やっぱ、異世界転生だとか転移だとかが人気じゃない? だからさー、ちょっくらほんとに異世界に誰か転生させてみて、その様子をネタにしようかなーとか思ったわけなのですー」
「あー、たまに見るな。そういう設定のヤツ」
作家自体をネタにした楽屋オチ的なのが多いけどな。
「まあ、テンプレをまんまやっちゃおう企画だしねー。神様側の設定なんてどーでもいいっしょ? 大概の作品じゃ一番最初以外に神様の出番ってないしー?」
「神様本人が設定とかゆーな」
「にゃははー」
ぺろりと舌を出して三毛猫が鼻の頭を舐めた。
「キミにはあたしの管理してる剣と魔法のファンタジー”っぽい”異世界に行ってもらいます。今回のルールは基本的にはひとつだけ。異世界で死んだら、元の世界に戻ります。それだけだね。でもって、これは夢なので、異世界で何年過ごそうとも現実世界には何の影響もありません。目が覚めたら、ああよく寝たって一晩経ってるだけですー。ご都合主義ここに極まれりってかんじ? まあ、あたし神様だからねー。ほら、偉いし?」
「なるほど、だから夢なのか……」
異世界モノっていうと、転生だったり転移だったり、異世界に行ったまま戻って来られないってゆーのがだいたいのお約束だが、今回、俺の身に起こったのはどうやら少し違うっぽい。
好き放題に異世界を冒険出来て、飽きたら現実世界に戻れるとかスッゲー都合がいいな!
「……で、お約束のアレはあるんだろうな?」
「もちろんだよー。あんたも好きねェ~」
猫のくせにニヤニヤ笑いながら、三毛猫が紙を差し出してくる。
「お約束のチート能力は、キミが自由に決めてかまいませんー。この紙に書いてくれる?」
「また契約書じゃねーだろうな? って……なんかゲームのステータス表っぽい?」
「先の”死んだら元の世界に戻る”ってルールに抵触するから、無敵や不老不死、不死に準ずる回復能力は不可ね。それと、絶対にXXするとかいう能力も不可。99%とかならおっけー。それ以外ならだいたい希望通りの能力つけたげる。よくあるアイテムボックスとかの機能と、言語能力と、最低限の装備と当座の資金程度はデフォルトで用意したげるから、それ以外で概ね5つ程度まで決めてくれる? 多少なら多くても少なくてもいいから」
「5つもくれんのっ!? 意外に太っ腹なんだな!」
「あたしおデブじゃないもんっ!」
「……いやもう突っ込まないからな?」
「こほん。いやまあ、実際の話。ふつーの人間が異世界行っただけじゃ、なんの面白味もないからねー」
なんだか含みのある笑みを浮かべて、にやりと笑う三毛猫。
「おう、そういや小説のネタにするとか言ってたな」
まあ、チートなしの主人公とか、そもそも話にならんよな。
知恵や知識で逆境を覆すようなのとか、サバイバルするようなのは現代日本人の俺にゃ無理だしな! ビバ! チートスキル!
「で、さっきの紙に出来るだけ詳しく能力を書いてねー? ちゃんと書かないと、恣意的に判断しちゃうからね。聞きたいことあったら質問は受け付けるのでー」
「ひゃっはー! どんな能力にするかなっ!」
――1時間ほど悩んで、俺が決めたのは。
剣の才能:1000年に1人レベルの超すごい剣の才能!
魔法の才能:1000年に1人レベルの伝説に残るほどの魔法の才能!
無病息災:どんな毒や病気もへっちゃら! ケガだって即死じゃなければ一晩眠れば治るぞ!
ウィキペディア:某ウィキペディアを参照できる能力。現代知識チートの必需品だよな!
ネット通販:最近はやりの、現実世界の通販を利用できる能力。
以上の五つだった。
異世界モノだと魔法使うのが定番だから、魔法の才能は欲しいし、あとせっかくなので剣の才能も。剣と魔法の世界とかゆーくらいだから、魔法だけだと片手落ちだしな。
不死に準ずる回復能力はダメって話だったけど、一晩で全回復くらいなら許容範囲だよな?
そしてあとは現代知識チートと現代アイテムチートで完璧だろ。
欲を言うと、鑑定様とかも欲しかったけどそういうこと言い出したらきりがないしな。
攻撃手段に回復手段に知識。これだけあればまあ、だいたいどんなことにでも対応できるだろう。
「これで頼むぜ!」
書いた紙を三毛猫に突き出したら。
「んー、ほんとにこれでいいの?」
ってなぜかひどく心配そうな顔をした。
「なんかまずいのか? 無病息災とか、ダメか?」
「……いや本人が納得してるなら、これで受け付けちゃうけど。んー。若いオスなんだし、触った女性が99%の確率でキャー抱いて!と迫ってくる能力とか、精力絶倫とかそんな感じのもっとリビドーあふれる能力が来るかとドキドキしてたんだけどー?」
「……そんな能力だったらノクタ池とかいわれねぇ?」
いやでも、よく考えたらねこみみ美少女とかといちゃいちゃしてぇな。
奴隷とかある世界だったら、あんなことや、こんなこともっ!? ついにDTを卒業かっ!?
「やっぱ、もういっこくらい、そういう能力付けちゃおうかな……」
「はい閉店です。がらがらがら~。もう受け付けちゃったので変更不可だよー」
「ひでぇ!」
「にゃっはー。じゃあ、準備良ければ異世界転生、やっちゃうよー? 転移先の希望とかあるー?」
「ん。じゃあ、ここはお約束の、美少女がモンスターに襲われている場面とかに、さっそうと俺が現れる感じでお願いするぜ!」
「転んでもただじゃ起きない子だよね……。んー、検索の結果、ご希望のシチュエーションになりそうなのは……あと一週間ほど先かな?」
「は? まさか一週間ここで待てってか」
「いっくら神様だからってねぇ、何の罪もない美少女をこっちの都合でモンスターに襲わせたりはしないのー」
「……いわれてみればそうか。じゃあ、どっか適当な街に飛ばしてくれるか? 冒険者ギルドとかあるような、割と大きめの街で」
「はーい、承りましたよっと。ああ、じゃあもうついでだから冒険者ギルド前にするね」
「おう、そりゃ早くていいや」
「じゃあ、頑張ってねー。天賦礼人くん」
「……あのさ、つかぬ事をお尋ねしますがー」
「なあに? もう転移始まっちゃうよ?」
「もしかして、俺を選んだ理由って……」
「もちろん、名前で決めました! テンプレートくんっ!」
「その名前で俺を呼ぶなっつーの!」
一発ぶんなぐってやろうかともったら、いつの間にかたくさんの人が往来する、どこかの街の片隅居ることに気が付いた。
あんにゃろう、逃げやがったな。
とりあえず、あの猫の言う通りなら、目の前の酒場みたいな場所が冒険者ギルドのはずだ。
さっそく入ってみるとしよう。