九話 03 呪骸の禁書
俺はエナの家に戻らずにセラスール市内の宿を取った。
シャロンにはエナに俺の分の夕飯が要らない事を伝えに帰ってもらう。
久しぶりに2人で話したい事もあるだろうしね。
そして俺は日も暮れた頃ハイルム男爵家の邸宅の前に舞い戻った。
(《隠密の呼吸》、《隠密の歩行》)
さながらスパイの様にスキルを利用して家に接近する。
いや泥棒だけど。
小さい町の最下級の貴族とはいえ邸内には兵士や使用人が40人くらいは居そうだ。見つかったら大変だ。
俺より早い移動スキルを持ってる人が居れば逃げ切れない。
ガチャリ……パタンッ
「おじゃまします、っと」
まあその時はその時だ!
逆に正面玄関から堂々と内部に潜入する。逆にね。
俺の体が隠れられる様な場所は殆どなさそうだな。とっとと手近な人気の無い部屋に入ろう。
まずは入口の奥の部屋だ。
ガチャ……パタンッ
鍵は掛てなかった。ハイルム男爵の執務室かな?
良かった窓の外に魔光灯があるから室内をはっきり見えるぞ、早速物色を開始だ。
手袋をしていないけどこの世界に指紋鑑定は無いと思うし大丈夫でしょ。
ゴソゴソッ…………
「やっぱり無いか」
室内に特に気になる物は無いな。
呪いの証拠になる様な物を鍵の付いてない部屋に置いておく訳がないもんな。
1階は夕餉の支度のためか人が良く通るし、先に2階を調べる事にするか。
トッ トッ トッ トッッ…………
2階の通路に人は居ないな、気配も殆ど感ない。
「まあそうですのね」
「クスクスッ」
右角の一室から扉越しに話し声がする。
片方はミーラ夫人の声か、世間話をしているみたいだな。今は無視無視。
通路は1階と同じで隠れる所が無い。
誰かが部屋から出てきたら見つかる。早く部屋に入らないと。
カチャ……パタンッ
4つ目の部屋も特に異常無し次々。
……ん? ……なんだあの扉。
なんか他の部屋の扉と雰囲気が少し違う気がする。
ガチャガチャ……ガチャガチャ…………
他の部屋の鍵は開いていたのにこの部屋だけ鍵が閉まってる?
トッ トッ トッ トッ…………
1階から昇る誰かの足音! 取り敢えず部屋に隠れないと!
「奥様、リベットお嬢様、夕食の時間でございます」
「分かったわ」
「今行くわ」
ガチャガチャ、バタンバタン。トトッ、トトッ、トトッ、トトッ…………
ミーラ夫人とリベットが部屋を出て1階へ降りて行った。
これで2階を調べやすくなったな。今のうちに2人の部屋を調べよう。
まずは手前にあるリベットの部屋からだ。
ガチャ、……バタン
部屋の中は綺麗だな。人形が幾つか置いてあるけど好きなのかな?
スー……ガタッ! パラパラパラ…………
本棚の本をいくつか捲ってみたけど気になる本は無いね。
キー……ガタッ! パサパサパサ…………
引き出しの中には手紙や押し花など、ごく普通の少女が持ってそうな物ばかりで特に怪しい物は無い。
ここはハズレか。早く切り上げて本命のミーラ夫人の部屋に行こう。
キー……ガタッ!
「ん? 鍵?」
引き出しの2段目に古びた鍵が無造作に置かれていた。
…………もしかして、さっきの鍵の扉!
トッ トッ トッ トッ……
俺はさっきの鍵の掛かった部屋に戻って鍵を差し込んだ。
カチャカチャ…………ガチャリ!
「開いた!」
ガチャ…… バタンッ
やっぱりこの部屋の鍵だったか!
取り敢えず入ろ……臭っ! 何だこの匂い!
それに暗いし…………おっ、よかった蝋燭があるじゃん。
(《泡沫の灯火》)
ボウッ…… バタンッ
ロウソクの火の光が部屋を照らした。
周りの壁には不思議な文様が描かれた札が貼ってある。呪符ってやつ?
他にも木製の球体関節人形か、それと予備の腕や足まで飾ってある。なんか不気味だ。
部屋の中央には赤黒い液体で円形の魔法陣の様な文様が描かれている。
異臭の正体は魔法陣の中央にある一部が白骨化した何かの動物の死骸だ。生贄だな。
「これは当たりかな……」
俺は鼻を抓ながら奥の机に向かった。
机の上には本とノートそれと筆記具があった。
パラ……パラ…………
本のタイトルは《呪骸の書》と描かれていた。
パラパラと捲るとやはり呪術の本の様だ。
ただし内容は《自動翻訳筆記》でも読むことが出来なかった。この世界の普通の文字とは違うらしい。
ノートの方も殆ど同じだけど拙い字だけど所々読める箇所もあった。
間違い無いエナに呪いをかけた犯人はリベットだ!
ガサガサ…… キュキュ!
ともかくこれはエナの呪いを解く重要な手がかりだ。持ち帰って解読しよう。
他には特に気になる物は無かったし目的の物は手に入れた。
まだ見てない部屋はあるけど危険だし撤収だ。
「フゥー!」
ガチャ バタン カチャカチャ…… ガチャリ!
部屋を出て鍵を掛けた後にリベットの部屋に鍵を戻す。
これで本やノートが無くなった事に気付くまで少しは時間を稼げる。
トッ トッ トッ トッ…………
バタンッ!
「今帰ったぞ」
「おかえりなさいませ。ハイルム様」
俺は玄関から出ようと階段へ向かうと丁度ハイルム男爵が帰宅したようだ。
一瞬見たハイルム男爵の姿はまだ40歳前後で青紫色の髪を耳のあたり軽くカールを巻かれている。服装も派手では無いけど高級なものだった。
まずい出入口が塞がれた。2階の何処かの窓から出ようかな?
まあでもすぐ食堂とかに行くだろうし玄関から居なくなるまで待つか。
「お父様おかえりなさい!」
「おかえりなさい貴方」
「リベット、元気だったかい?」
ミーラ夫人とリベットがハイルム男爵を出迎える。
「ハイルム様、少しお話が……ご家族以外の人払いを」
「わかった。下がれ」
「あらベイクマン、あのお話をするの?」
ベイクマンと呼ばれた執事の言葉にハイルム男爵が出迎えのメイド達を追い払うと、玄関にはハイルム男爵とベイクマンそしてミーラとリベットだけが残った。
「何の話だ?」
「昼間エナお嬢様のご友人らしい方が参られました。それも男の」
「何?」
「エナお姉ちゃんの呪いを解く為に、調べて回ってるんですって」
「本当か?」
昼間の俺の話題だ。アポを取ってくれるのかな?
「どうするんですか貴方! さっさとあの女狐の娘のエナを始末しないからですよ!」
「しかし、エナの呪いにはまだ使い道が……」
「欲張り過ぎです! エナももう子供では有りません! 誰か外の者に助けを求められたらどうするんですか!」
「ううむ……、それでその男はどんな奴だ?」
「エナ様と同じ年頃の少年でした。どこで知り合ったのか町の外の人間です」
「ねぇお父様、2人共まとめて殺しちゃえばいいんじゃない?」
「……いやしかし、人目を避けて兵を動かすのは難しい」
全然違った。
それよりなんだよこの会話は! エナを殺す? 俺ごと始末?
エナの呪いはリベットの単独犯じゃなくハイルム一家ぐるみの犯行だったって事か!
「そんな悠長な! もし聖教会などに話が伝わったら全て終わりですよ! だから子供のうちにメラニーと一緒に毒殺しておけば……!」
「分かった分かったミーラ、その件は私が手を打っておく」
「もう、お母様ったら心配し過ぎよ」
「さあ、夕食にしよう」
「畏まりました」
話を終えて一同は食堂へと向かっていった。
人の気配が無くなったのを確認して俺は玄関を出る。
ハイルム男爵は何か手を打つと言っていた。あまり時間が無いかも知れない。
急いだ方が良さそうだ────
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