一話 01 異世界招待状
【ミッション「異世界に転生しダンジョンを攻略せよ」を受けますか?】
【はい/いいえ】
待望の新作ゲーム『Heat Haze Dungeon』のケースに入っていたカードにそう書かれている。
今年から高校生の俺こと裏瑪照斗は春休みに部屋で1人、奇妙なカードを観察していた。
サイズは一般的なカードを少しだけ縦長にした感じ。
ベース色は黒、フォント色は白、裏返すと目立たないシンプルなゲームのロゴが中心にある。
「なんだこれ?」
フレーバテキストの入った小粋な演出か何かかな?
ダンジョンがテーマのゲームだし。
でも何か変だなどこか違和感が……、あっ!
「光ってる? どうなってんだ? これ」
『はい』と『いいえ』の文字を囲うように四角いカーソルが、どうぞ押して下さいと言わんばかりにチカチカと光っていた。
何だか無性に『はい』を押してみたいんだけど『転移』じゃなく『転生』ってのが気になるな。
もしかして死ななきゃならないんじゃ……。
【はいを選択した場合、貴方は死んで異世界に転生します】
【いいえを選択した場合、このカードとカードに関する貴方の記憶を消去します】
そう思った瞬間、俺の疑問に答える様にカードの表示が切り替わった。
あっ、やっぱり死ぬのか……いやそんな事より!
「マジかよ!」
カードサイズのスマホにしては薄すぎるぞ? 俺が見た事があるやつは5ミリメートルくらいはあったはずだ。
窓の光にカードをかざすと少し透けたけど、電子回路みたいなのは見当たらない。
あり得ないって!
俺は立ち上り、ドアを叩き開け、階段を降りて、リビングへと走り出した!
「母さん! 母さんいる!」
「どうしたのテルト、そんな大声出して」
携帯ゲームをしていた母親が、リビングへ入ってきた俺を面倒くさそうな顔で見上げる。
「母さん、このカード見てよ! このカード!」
「……どのカード?」
「だからこのカードだって!」
「だから……どれよ?」
俺は母さんの顔の前でカードをフリフリと振ってるのに、母さんはまったく見ようとしない。
なんか変だ、まるでカードが見えていないような……。
【このカードは、所有者以外の人間には見る事も触れる事も出来ません】
またカードの表示が切り替わっていた。
それを先に言ってくれぇぇぇー!!
「あっ、ごめん何でも無い! 何でも無いから!」
「変な子ねぇ」
そりゃ変な子に見えただろうさ、でも変なのは俺じゃないこのカードの方だ!
俺はドタドタと階段を駆け上がって部屋に戻った。
「母さんにはこのカードが見えてなかった! 間違いない本物だ!」
超科学で作られたなんてレベルじゃない、このカードには本当に異世界に転生させる能力もあるのかもしれない。
仮に押してみて何も起きなかったとしてもそれならそれで良いし、今はこのカードが本物だと仮定して考えよう。
ドカッと座り込み、カードの上を指でスクロールしてさっきの表示に戻す。
【はいを選択した場合、貴方は死んで異世界に転生します】
「『転移』なら『はい』を選んでみたいけど、『転生』で死ぬのはちょっとな」
俺は別にこの世界が嫌いじゃないし、将来に絶望していない。
「そもそも、転生先がどんな所かも分からないのに『はい』を選ぶ奴なんかいないだろ」
【転生先の世界はゲーム『『Heat Haze Dungeon』』の世界に類似しています】
【なお、はいを選択した人は18.4%です】
「あっ、いるんだ。ハイハイごめんなさいね」
しかし約5人に1人が『はい』を選んでるのか……てか俺以外にもゲームを買った全員にこれと同じカードが届いてるのか? だとしたらかなり多いな。
……ゲームと同じ世界か、でもまだゲームやってないんだよな。
「ゲームやってみてから考えよっかね」
俺はゲームからディスクを取り出そうと手を伸ばした。
【選定者は他にもいるため、貴方1人に割けられる時間は限られています】
【制限時間120秒以内に選択してください】
【選択しなかった場合は「いいえ」を選んだものとします】
「えっ! ちょっと待てよ、制限時間あるのかよ!」
カードの上部にデジタル式のタイマーが表示されて、カウントダウンがはじまった。
マジでそういうのは先に言ってくれ! そんな大事な決断をたった2分でなんて決められるか!
でもまあいいか、どうせ答えは『いいえ』に決まっている。
俺は別に新たな世界でやり直したい事なんて何も無い。
…………いや。
「やり直したい事、1つだけあったな」
◇◇◇
俺こと裏瑪照斗は捻くれ者だ。
と言っても、最初からそうだったわけじゃない。
「やめろ!」
子供の頃はイジメられっ子や困っている友達を助けに割って入ってたりした。
「だいじょうぶ?」
「ありがとうテルトくん」
子供の頃はそれで良かった、クラスのみんなに頼りにされ人気者だった。
「良い人に見られたいだけだろ?」
「偽善者ぶってんじゃね?」
誰かのそう言った声が耳に入る。
(違うそんなんじゃない、そんなつもりじゃない!)
言い返してやりたいけど自分の気持や感情は証明できない。
大きくなるにつれてその性格が仇になり始める。
中学生になると上下関係の不条理にも体格差から勝てなくなるからだ。
「また殴られたのか? 少し我慢ってのを覚えたらどうだ?」
「先輩に勝てるわけないだろ、目を付けられるぞテルト」
友達の羽瀬翔と三條久時の2人の友達にそう言われた。
それが正しいってのは分かる、頭では分かってる。
みんな自分の感情をコントロールして、納得できない事も我慢して大人になるんだ。
分かったよ、こんな無茶はもう止めるよ。
俺だけ殴られて痛い思いして損だしな。
俺の捻くれスイッチが入った。
「嫌だって言ってるでしょ!」
中学2年ある日の放課後、学校の昇降口で聞き知った女の声がした。
幼馴染の植木一花が2人の男の先輩達に絡まれているようだ。
おいおい2人とも自分の顔をよく見ろよ、一花はクラスで一番の美人だぞ、お前らなんか相手にするかよ。
「イイじゃんカラオケ行こうよ、奢るからさ」
「大丈夫だって何もしないから」
「痛っ! 放してっ!」
そう言いながら先輩は一花の腕を強引に掴む。
その時一花と俺は目が合ったけど、どんな目だったかは覚えてない。
一瞬で目を反らしたからだ。
少し前だったら迷わず助けに割って入っていた。
少し後だったら俺の捻くれ期間も終わっていた。
丁度今だから助けなかった。
ごめん、そう心の中で謝りながら俺は通り過ぎる。
「おい一花、一緒に帰ろうぜ」
後ろから聞き馴染んだ男の声がして俺は振り返った。
友達の翔と久時の2人が、一花に向かって行く。
「なんか取り込み中だったか?」
「ううん、ちょっと話してただけ。翔、久時、帰ろっ」
「ちっ」
「行こうぜ」
2人の先輩は諦めて昇降口からそそくさと出て行った。
そして一花、翔、久時の3人は俺を見る。
さっきの行動を俺はずっと見られていたんだ。
「……あっと──……」
マズイ事になった3人になんて言えばいい? どうしてこうなった?
俺は言われた通りに普通になろうとしただけだ。
……気まずい時間が流れる。
「……帰ろう」
「えっ? うん……」
数秒の沈黙の後3人はしびれを切らして帰って行く。
これまで俺が作ってきた信頼はその日から徐々に崩れ、その後の『ある事件』を境に崩壊する事になる────
◇◇◇
──でも、高校で心機一転やり直すつもりだったんだ。
高校デビューに成功さえすれば……。
それで本当に上手くいくのか? 中学のクラスメイトも何人かは同じ高校だ。
もしできなかったら?
まったく知らない異世界でなら本気で自分を変えられるかも知れない。
あの時の失敗をやり直せるんじゃないか?
「異世界か、どんな所だろうな?」
それに、このカードを見てから異世界に行って見たくなった。
どんな世界だろう、どんな人と出会えるんだろう、自分に何が出来るんだろう。
自分を試して見たくなる、挑戦してみたくなる。
いや……。
「…………っは、……何考えてんだ俺は」
違うだろそりゃ。
「何が異世界に行けば自分を変えられるかも知れないだ、バッカじゃねぇの? 今変われないのに異世界に行けば変れるなんて、なわけ無いだろ」
そんな考え方甘すぎる。
「自分を試したい? 挑戦したい? アホじゃねぇの? そりゃ異世界じゃなくてこの世界でだって出来るだろ」
そんな考えヌルすぎる。
だから俺はこの世界で変わる。
この世界で挑戦する。
そうたった今から!
「そして俺は捻くれてんだ、1回曲がってしまったら戻れないんだよ。だったらもう1回捻くれて1周回って元に戻る方が早い! つまり俺の選ぶ選択はこれだ!」
カードを見た時から最終的にこの選択する予感はしていた。
「ポチっとな」
俺は人差し指で『はい』に触れた。
【本ミッションは冗談ではありません、本当に死ぬ事になります】
【転生後は最低限のチュートリアルが開始します】
【しかし魔物や文化の違う現地人により命を失う危険があります】
【転生して起きたいかなる問題も、当方は一切責任を負いません】
選択肢を囲うカーソルが少し大きく明滅して表示が切り替わる。
なんだよダブルチェックかよせっかく勢い良く決めたってのに。
でも答えは変わらない。
【本当にミッション「異世界に転生しダンジョンを攻略せよ」を受けますか?】
【はい/いいえ】
今度こそ誰に何と言われても自分を貫き通してみせる。
捻くれてんのも俺の個性だ、それも捨てない。
俺は続けて決意と共に『はい』を押した。瞬間意識が途切れる────