妹の美少女な友達は負けず嫌い
「お久しぶりです。お兄さん」
帰宅した俺の前で完璧と言えるくらい顔が整った美少女が優雅に頭を下げる。その横では俺の妹である玉置夏目が何やらニヤニヤしている。大学から帰宅して早々だが俺はこの状況を飲み込めていなかった。
え...だれ...?
というのも、俺は目の前の美少女に全く見覚えがない。これだけ美少女なら覚えているはずだ。なんせ俺は美少女が好きだもの。でも俺の脳内に彼女はいない。
「えっと...夏の友達かな...?」
「そ、そんな...。忘れてしまったのですか...?」
目の前の美少女は悲痛そうな表情を浮かべながらそう言う。待て、そんな表情をされたら俺が悪いみたいじゃないか。…いや、俺の記憶力がないせいか? 俺が忘れているだけか?
少女のその真に迫った表情のせいで俺は悪くないという自信が疑念へと変わっていく。
「あ~、え~っと、う~ん」
俺は必死に頭の中で記憶を掘り起こす。でも全く出てこない。
「い、一緒に...お風呂も...入ったのに...! 一緒に寝たのに..!」
「....え? ふ、風呂!?」
ちょっと待て。一大事じゃないか。お風呂に一緒に入った? 一緒に寝た? この妹と同じ学年に見える女子高生と? え? やばいやばいやばい。身に覚えはないが最近お酒を初めて飲んだからその時か? いや、あの時は友達といたし、意識もしっかりしてた。なんなら一口なめただけだ。なら、いつ? やっべぇ。どうしよう。
俺が困惑の表情を浮かべながら頭を抱えていると玄関に突然、妹の笑い声が響いた。
「あっはははははははははは!!!! やばい! お腹よじれそう!」
妹は腹を抱えて笑っている。これ以上ないくらい爆笑していた。
兄が危機に陥っているかもしれないと言うのに妹は高笑いをあげているのだ。その様子を俺はじとっとした目で見つめる。
すると夏目につられたのか、俺の前の美少女もクスクスと笑い始める。
「ふふっ。すみません、からかってしまいました」
「え? からかった?」
「はい。お兄さんとお風呂に入ったのは小学1年の時で一緒に寝たのもその時です」
「はぁ~~。なんだ、そんなに小さいときか~」
なら、安心だな。知らないうちに変なことをしてしまったのかと思ったわ。でも、そうは言われても俺はやはり子を知らない。
「はい。覚えていますか?」
「いや、悪いんだけど、覚えていないな~」
「まあ、仕方ないですよね。何年も会ってませんでしたから」
そう言うと彼女は惚れ惚れするような優雅な仕草で腰を折る。
「改めて、お久しぶりです。玉置俊輔先輩。いや、しゅん兄ちゃん、と言った方がわかりやすいですかね?」
しゅん兄ちゃん。その言葉が俺の頭の中を駆け巡る。そしてそれは数学の問題の解き方をひらめいた時の様に、歴史の用語を思い出した時の様に、「あっ!」と俺に呟かせた。
「もしかして舞ちゃん!?」
「はい、そうですよ。やっと思いだしましたね?」
小さな頃に夏目と一緒によく遊んでいた女の子。たまに家に泊まりに来たときは妹と一緒に俺が風呂に入れてやったこともあったはずだ。
「それにしても気付かなかった...」
「すごいでしょ、お兄。舞はこんなに綺麗になったんだよ~」
夏目が舞ちゃんの方を持ちながら得意げな笑みを見せる。
夏目の言うとおり舞ちゃんは綺麗になっていた。小さな頃は彼女は内気で人見知りで、目元まで髪があるようないわゆる地味系女子だったはずだ。それが今では目を奪われる程の美少女にまで成長していた。
「いや~ホント、綺麗になった。どこかの女優やっててもおかしくないね」
「だって~舞。良かったね~」
「あ、ありがとうございます」
夏目がニマニマとしながら舞ちゃんの頬をつつく。舞ちゃんはほんのりと頬を桜色に染めながら恥ずかしそうにそう言った。お上品になっても褒められると照れる癖は治っていないらしい。
「ところで、今日は遊びに?」
俺は舞ちゃんに向かってそう言った。かれこれ10年近く俺たちの家に遊びにやってこなかった舞ちゃんが来たのだ。ただの用事とかだったら少し残念だなと思いつつ、俺は舞ちゃんの答えを待つ。でも、答えたのは舞ちゃんじゃなかった。
「あ、今日はお泊まりするんだよ~。2泊3日で」
「え? お泊まり?」
「うん。お兄。だめ??」
「いや、だめって事はないけど、舞ちゃんはそれでいいの?」
「はい。そういう約束でしたから」
え? 良いの? 俺、男子学生だよ? 大学生とは言えどもまだ甘酸っぱい恋愛に興味あるし、まだ思春期だよ? なのに家族でもない女子高生と二泊三日? いや、俺が一緒にいるわけじゃないし何かするわけでもないけど、一つ屋根の下だよ?
「お、親父とお袋はなんて?」
「今日はごちそうにするって張り切ってた」
「張り切ってたのか~」
「ね? お兄。いいでしょ?」
「ん~、まあ、舞ちゃんがいいならいいか」
「やったね! 舞! 家族みんなからオッケー出たよ!」
「うん。これで私も気兼ねなくお泊まりできるよ!」
無邪気に手を取り合ってはしゃぐ夏目と舞ちゃん。久しぶりにお泊まりが出来ることが嬉しいのだろう。まるで小学生に戻ったかのように二人は喜んでいた。
俺はその様子を見守ったあと、手洗いと洗顔を済ませて自分の部屋へと入った。夕飯までの間、俺は自室でゲームをして二人は俺の隣の部屋、つまりは夏目の部屋でおしゃべりに花を咲かせていた。
***
夕飯は豪勢なもので、どこからとってきたのか、鯛の刺身にその他の海鮮料理。ちらし寿司にからあげ、フランクフルト、ハンバーグまであった。明らかに作りすぎたそれは案の定、大量にあまり、ラップをかけて冷蔵庫の中へと保管された。
風呂は夏目と舞ちゃんが最初に入り、続いてお袋。俺と親父はお湯を抜いて貰って、シャワーで済ませた。今は夏のため、寒くはなかったし、ちょうど良い感じだった。
風呂の後は、お袋と親父は早々に自分たちの部屋へと戻っていった。おそらく気兼ねなく過ごせるように気を利かせてくれたのだろう。まあ、親父達の部屋には小さい冷蔵庫やテレビもあるから退屈してるなんてことにはなってないと思う。そして、俺はと言えば、風呂を上がった瞬間に夏目に捕まり、リビングで舞ちゃんも一緒にゲームをしていた。
「あ! お兄!! 甲羅捨てて! こっち来ないで!」
「ふはははははは! お前も小さくなれ!」
「あら、夏目ちゃん? 挟まれましたね?」
「あ! 舞ちゃんも!? ちょっと、まっ!!」
俺の操作する赤い帽子をかぶったキャラと舞ちゃんが操作するキノコのキャラが甲羅を投げ、舞ちゃんが投げた甲羅に夏目の操作する緑色の帽子をかぶったキャラがぶつかった。夏目のキャラは効果音を上げて小さくなり、ついでに俺の甲羅に当たって死亡した。ちなみに残機はゼロ。
「え! 死んだんだけど!? このゲーム協力プレイでコースクリアしていくんだよね!?」
「ふふっ。夏目ちゃん、このゲームはいかに他者を蹴落として自分だけゴールするかを競い合うゲームよ?」
「そうだぞ、夏目。これは社会の縮図なんだ。人は他人を蹴落としてなんぼ」
「え~、そんな殺伐とした社会はいやだよ~」
コントローラーを持ったままぐでーっと机にもたれかかる夏目。ふと時刻を見るともう23時を回っていた。
「そろそろ、寝るか」
「ん~まだ23時だよ??」
「ばっか、お前、早く寝ないと身長伸びないだろ」
「いきなり何の話?」
「身長は大事だぞ。身長を伸ばすには睡眠だ。だからもう寝なきゃな」
「......本音は?」
「俺はもう眠たい」
「なら最初からそう言ってよ、お兄」
「深夜テンションだよ」
「そんなに深夜じゃないよ23時は」
夏目とそんなやりとりをしている俺。ふざけている様に見えるが実は本当に眠たい。今日は朝に課題やってたからとても眠いのだ。故に俺は早く寝たい。そして明日は土曜日だから貪るように昼くらいまで寝たい。
もう半分くらい頭が寝に入っている俺はまだぐでっとしている夏目にどうするかを聞いた。
「細かいぞ夏目。とりあえず、俺は寝る。お前達はどうする?」
「ん~どうしよっか。まだ眠くないしな~。舞はどう?」
「そうですね、私も眠くないのでまだ舞ちゃんと起きていますよ」
「だって、お兄。お兄だけ先に寝ていいよ」
「ん。じゃあ、後の片付けは頼んだぞ。おやすみ」
「お休み。お兄」
「おやすみなさい。しゅん兄ちゃん」
俺はリビングを出て自分の部屋へと向かう。舞ちゃんが来た夕方頃はしゅん兄ちゃんと呼ばれるのも久しぶりでむずかゆかったがもう慣れた。まるで妹二人におやすみと言ってもらえたような幸せな気分で俺は自室で就寝した。
***
まぶたの裏が明るくなる。俺はそのまぶしさと少し暑い夏の気温で目を覚ました。と言っても目を少し開けただけ。まだ頭はぼーっとしていてまぶたも重い。俺は今日は土曜日だと言うことを思い出し、上半身を少し持ち上げて枕元にあるはずのクーラーのリモコンを手に取る。冷房のスイッチを入れて再度横になった。
再び目を覚ましたのは2時間ほどあとの午前10時。昨日23時頃に布団に入ったのでおよそ11時間の睡眠だ。起き上がると、寝過ぎたためか頭が少しくらっとする。俺はまだ寝起きの体を動かして自分の部屋の窓を開けて換気をする。今日はじめっとしていない気持ちの良い暑さで、風も心地よくふいている。
朝からなんとなく爽やかな気分になった俺はお袋が用意しているだろう朝食を食べに一階へと降りて、リビングに入った。
「あ、おはようございます。もう朝ご飯出来てますよ」
「ん。え? お?」
「ふふっ。どうしました? そんな驚いた顔をして」
俺がリビングに入ると美少女、いや舞ちゃんがエプロン姿でキッチンに立っていた。まだ、夏目や両親がいて、彼女がご飯を作っていたならば「ああ、手伝ったんだな」と思える。しかし、リビングには俺と舞ちゃん以外の姿は見えず、二人だけだった。しかし、二階の夏目の部屋と両親の部屋は両方とも扉は開いていたはず。つまりリビングにいるはずだった。
「えっと、舞ちゃん。夏目達は??」
「ああ、それですか。夏目ちゃんたちは出かけましたよ」
「出かけた? え、初知り」
「いえ、しゅん兄ちゃんにも言ってるけど起きてこないから放って行ったらしいです。今日は家族デーらしいですよ?」
「あ.....そうだった」
家族デー。それは我が家にある特別な日みたいなもので家族でどこかへ出かける日の事だ。親父の前の仕事がとても忙しく、休日出勤なんて当たり前で家族の関わりが減っていたときに夏目が提案したものだ。まあ、親父は今は落ち着いていて特に休日出勤や夜中に帰宅なんてことはないので最近は夏目の遊びたいところに行く、と言う日になっている。
そして、この家族デー。なんと夕食を食べて帰ってくる。朝から晩まで遊んで夕食をどこかで食べて帰るのだ。つまり何が言いたいかって? 俺は今日、舞ちゃんと二人きりってこと。ま、だからと言って何もしないけどね。
「ん? ちょっと待て? 舞ちゃんはついていかなかったの?」
「はい。一緒にと誘われたのですが、家族水入らずの日にお邪魔する訳にはいかないと思いまして」
「あ、そうなんだ」
俺は彼女の言葉にひっかかりを覚えながらもそれが何かは分からなかったのでとりあえずうなずく。
「はい。ですので今日は二人っきりですね?」
「うえっ!? あ、うん。そう...だね?」
「ふふふっ。とりあえず、朝食をどうぞ?」
「あ、ありがとう」
彼女は意地の悪そうな顔に人差し指を当てながらにやりと笑った。小悪魔だ。可愛い小悪魔がいる。俺は彼女のその言葉と仕草に戸惑いと恥ずかしさを覚えながら彼女の作った料理を口に運んだ。
「うまい!」
俺が口に入れたのはただのスクランブルエッグ。しかし、いつもお袋が作っているものとは食感も味も違った。ふわっと、とろっとした卵は口に入れた瞬間に溶けるように崩れ、味も卵の甘みを邪魔しない程度に塩が振られていて、甘塩っぱい味だった。
「本当ですか? ふふっ。よかったです」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
俺はそれからただひたすらうまい、うまいと言いながら箸を進める。
「料理上手だね~舞ちゃん。良いお嫁さんになりそう」
「ふぇっ!? あ、ありがとうございます」
顔を少し朱色に染めて照れたようにうつむく舞ちゃん。実に可愛らしい。まだまだ恥ずかしがり屋な部分は残っているみたいだ。
彼女の作った朝食を食べた後は二人で遊んだ。いつもなら朝食を食べた後は一人でスマホゲームをするか小説でも読んでいるかのどちらかだったがさすがに舞ちゃんに一人で遊べと言うのもいただけない。ということで俺は昨日とは違ったゲーム、相手を場外に吹き飛ばした方が勝ちというゲームをしていた。キャラクターには%が与えられたダメージとして表示され、高くなるほど飛ばされやすくなるというルールだ。
「よっしゃあ! 残り1ストック!!」
「まだですよ、しゅん兄ちゃん。しゅん兄ちゃんも162%! 勝負はこっからです!」
「はん! さっきからそう言って勝ててないだろ、舞ちゃん!」
「甘いですね! これまでの負けは全て油断を誘うためのもの! この勝負はいただきます! そりゃ!」
俺のキャラクターが少し小突かれただけで勢いよく飛んでいく。
「うそ! あれで!?」
「ふふふ! これでイーブン!」
俺のキャラの残機が一つ減り、互いに残機は1となった。
「ここからが勝負!」
「負けません!」
そこからは白熱した勝負だった。互いに攻撃が当たらないように回避したり、されたり。そしてその瞬間はすぐに訪れた。
「あ、ちょ、それ、せこい!」
「勝負にせこいなんてないんだよ! 勝った方が正義!」
俺のキャラが彼女を場外へと押し込んでいく。空中で彼女に連撃を与えながら、見えなくなるまで押し込む。そして。
「そりゃあ!」
「あああ!!!」
彼女のキャラは場外となって星屑に消えた。
「俺に勝とうなんて10年早い!! 出直してきな!」
「ぐぬっ。まだ! もう一戦!」
そう言いながら次の試合が始まった。そのゲームを普段から一人でもやっている俺に彼女が敵うはずもなく、その次も、そのまた次も俺の勝ちが続いた。彼女は相変わらず負けず嫌いみたいで何戦も挑んできたがことごとくを返り討ちにしてやった。わざと負けてやるなんてぬるいことはしない主義なのだ。
気付けば時刻は巡って午後6時。昼ご飯も食べずにずっとゲームをしていたらしい。外はまだ明るいがそろそろ夕食にしても良いかなと思った俺はゲーム機を置いて彼女に相談する。
「舞ちゃん、今日なに食べたい?」
「あれ、もうこんな時間でしたか。そうですね...」
彼女は首をかしげてそして、きた、とばかりに、にやりと笑った。
「しゅん兄ちゃんを食べたいですね」
「....え?」
何を言ってるんだこの子は。
「だから、しゅん兄ちゃんを食べたいです」
彼女は徐々に俺に近づいてくる。頬が少し紅い。照れながらも俺の方へと向かってくる。
「ちょ、ちょっと待て! 舞ちゃん、落ち着こう! 一旦落ち着こう!」
「私は落ち着いてますよ?」
「いや、暴走してるよ!? 支離滅裂だよ!?」
「あら、何を食べたいか聞いてきたのはしゅん兄ちゃんでしょ?」
「いや、それは夕飯の話で!」
彼女は俺の手を取り、自分の胸に当てる。俺の手の先から柔らかな感触が伝わってくる。今まで一回も触ったことのない女性の胸。それだけで俺は頭がはじけそうだった。一瞬このまま行くところまで行ってしまおうかという考えが浮かぶ。だって相手もそれを望んでいる。ならばここで事に及んでも双方同意の上。何の問題もないじゃないか。相手は美少女に進化した妹の友達。もし、気まずくなっても俺に支障はない。
そんな童貞丸出しのクズの考えが浮かんでくる。しかし、その時、昔の情景が頭に浮かんだ。
『しゅん兄ちゃん、すきー!』
『私、しゅん兄ちゃんと結婚する!』
『しゅん兄ちゃん、あのね、男の子が私のことブスって...』
『しゅん兄ちゃんはかっこいいね!』
『夏祭りいけるの!? やったー!』
無邪気に笑う舞ちゃん。クラスの男子に悪口を言われて泣きべそをかく舞ちゃん。夏祭りにみんなでいけることに大喜びの舞ちゃん。そんな、幼かった彼女の顔が映し出される。
本当にそれで良いのか? このままそう言う体関係になっても。本当に支障はないか? それに幻想みたいだが彼女は幼い頃の気持ちをまだ持ってるんじゃないか? まだ俺の事を想っているんじゃないか? いや、こういうことをしている時点でそうなのかもしれない。じゃあ、そんな彼女に俺はこんな不誠実なことをしていいのか? クズな事をして良いのか?
そんな事を想いながらふと気付く。震えていた。俺の腕を握る彼女に手が。体全身が。
それに気付いたとき。俺の考えは一つに集約した。
「だめだよ。舞ちゃん」
「いいじゃないですか。今、誰もいませんよ? 二人っきりです」
「だめだ。絶対にだめだ」
「経験がないことを気にしてます? 大丈夫です。私がリードします」
「っ! そうじゃない! だめだと言ってる!」
俺は思わず声を荒げてしまう。そんな俺に驚いたのか彼女は手を離した。そして悲痛そうな顔をする。
「そ、そんなに...いやですか...」
「そうじゃないんだ。舞ちゃん」
「私、しゅん兄ちゃんに気に入られるようにこんなに綺麗になったのに....」
「違うんだよ舞ちゃん」
「小さい頃、しゅん兄ちゃんが綺麗な人が好きだといったから頑張ったのに...」
何言ってんだ小さい頃の俺。
「舞ちゃん来てくれるかい?」
「...何ですか。私としたくないんでしょう? したくないほど魅力がにないんでしょう?」
拗ねたようにつんとした表情を見せる舞ちゃん。違う。そうじゃない。
「違うんだよ、舞ちゃん。舞ちゃんは綺麗になったし、魅力的になった。正直どちゃくそタイプだ。でもね、こう言う形でそういうことはしたくない」
「どうしてですか....」
「これは俺の気持ちの問題なんだけどね。その前に舞ちゃんは俺のことどう思ってるの?」
「分かりませんか...! 好きですよ...!!」
「うん。ありがとう。でも俺は君が好きじゃない」
そう言うと彼女は泣きそうな顔に変わる。
「まだ、好きになれない。まだ、妹の友達としか見れない。だから、こういうことは俺が舞ちゃんのことを好きになった時に、互いに想い合ったときにするべきだと思う」
彼女はうつむいてしまった。
傷つけただろうか。いや、きっと深く傷つけてしまった。勇気をだして迫った相手に拒絶され、あまつさえ、好きになれないと言われたのだ。想い合った時になんて言ったがきっとそんな日は来ないだろう。きっと彼女はもうこの家には来ないし、来たとしても俺には関わってこない。少しさみしさも感じるが変に関係をもってしまって、そのままずるずると続くよりはマシだ。
俺はそんな思いを抱きながら彼女を見つめる。彼女はうつむいて何も言わない。表情はこちらからは見えず、ただ静かな時間が流れた。
何分たっただろうか。しばらくすると彼女は顔を上げた。
「じゃあ、妹の友達からしゅん兄ちゃんの女になれるようにしてみせます。私の事を好きにさせて見せます」
顔を上げて挑戦的な顔をした彼女は俺にそうやって言った。てっきり悲しい顔をしていると思っていた俺は彼女の言った内容と合わせてその様子に困惑する。
「ん? んん? どうしてそうなったの?」
「惚れさせるにはもうしゅん兄ちゃんなんて呼んでられませんね。これからはしゅんくんと呼びます。そっちの方が良い」
「まって、まって。なんでそうなる?」
胸を張って意気揚々と語る彼女に俺はまったを掛ける。そうすると彼女は心底不思議そうな顔で俺を見た。
「なんでとは?」
「普通振られたらもう諦めるもんじゃないの?」
「あら、私は諦めませんよ?」
「だからなんで?」
「決まってるじゃないですか。小学生のころからしゅんくんが好きで、今も好き。女としてみれないなら見れるようにしてあげます。恋愛対象に入ってやります」
彼女はにこやかに笑う。もう先ほど振られたことなんて頭にないように、挑戦的に。
「私はしゅんくんのことが大好きです。その気持ちに嘘をついて諦めると、私は私に負けたことになります」
……ああ、そうだった。先ほどと同じだ。彼女は小さな頃から恥ずかしがり屋で内気で人見知り。今はそんな風には見えないがそれは彼女が努力したからだろう。でもそれは外には出てないだけで内はそうでもない。相変わらず褒めたら照れるし、慣れないことをすると少し震える。内側はあの頃と変わらない。そしてそんな彼女の意外な性格。それも前から変わっていない。
そう、彼女は――――――
「私、自分に負けるのが一番いやですから。だから、私はいつかしゅんくんを惚れさせて、私がいないとだめって言うくらいメロメロにしてみせる!!」
――――――――――負けず嫌いだ。
お読みいただきありがとうございました。
もしよろしければ、不躾ですが評価・感想をよろしくお願いします。