握手をしよう
「……」
キララは黙って聞いているしか出来なかった。
ただ自分の言葉が間違ってしまったことを理解し、ガタガタと震えが止まらなかった。
「でもね」
ハクちゃんの話は続いた。
「私、そのとき死んでなかったの。頭を殴られてもまだ生きてたの」
「……」
「思わず殴ってしまったって所長が慌ててね、私をここに埋めたの。ご丁寧に私の身につけているものを全部剥ぎ取って。裸で埋められたのよ」
「……」
「土の中で目が覚めたときはビックリしちゃった。息が苦しくて、呼吸をしようとしたら土が入り込んできて」
「……」
「もがいたらね、彼の声がしたの。助けてくれるって思った」
「……」
「でも、彼は私を上から押さえつけてきたの。『こいつの金は俺に渡せよ』だって」
苦しかった。悲しかった。
ハクちゃんは続けた。
「そうやって私は死んじゃったけど、心はずっとここにあったの」
土の中からずっと耳をすませた。
ずっと助けてと声を出し続けた。
工場の中ではラジオをつけて作業をしているらしく、かすかにニュースを読み上げる声が聞こえてくる。
ハクちゃんはそれを頼りに自我を保ってきた。
「ずっとここから聞いていたの。ずっと」
それがどれだけ長い年月なのか、キララには想像もつかなった。
「死んでから十年以上経っちゃった。彼はお見合いを受けて今はここの所長になって、可愛い娘もいるんだって」
土の外から彼の幸せが否応なく聞こえてくる。
それはどんな絶望だったのだろうか。
「…ゆ、ゆるせないね」
キララは声を絞り出した。
「そう…許せないの」
ハクちゃんはまた優しい声で笑った。
「お話聞いてくれてありがとう」
「ううん、ハクちゃんにいつも聞いてもらってばっかりだったから。いいの」
いつもの優しいハクちゃんに戻ってキララは胸を撫で下ろした。
蚊が飛んでいる。思わず手を叩いた。
また仕留めきれず、蚊はすり抜けていった。
「ねぇ、キララちゃん」
「なあに?」
「私、もうキララちゃんと会えるのは最後にするね」
「…え?」
キララはせっかく出来たら友達との突然の別れに衝撃を受けた。
「や、やだよ…」
「お願い…私もう、このままは嫌なの…」
キララは思わず泣き始めた。
「泣かないで…キララちゃん…」
「ひっく…っく…」
「ねぇ、キララちゃん」
「っく…ううっ…」
「最後に握手しよう? 仲良しの握手。ね、いいでしょ?」
「うん…」
キララはゆっくりしゃがんで、白骨死体の手を握った。
その瞬間。
キララの視界がぐるりと回って暗転した。