ハクちゃんと昔
私のおうちはね、お父さんがいなくて。
お母さんと弟の三人で暮らしてたの。
お父さんは借金したまま死んじゃったから、お母さんはいつも夜遅くまでお仕事してた。
狭くて暗くて、近くをトラックが通るだけで揺れちゃうぐらい古いアパートだったの。
ふふ…想像できないでしょ?
たまに借金取りが来て、私にはやく大人になって風俗で働けーって。弟にはバラバラにして売れば少しはお金が返せるぞーって。
怖いよねぇ。うん。怖かったよ。
ご飯は毎日ごはんと具がほとんど入ってないお味噌汁で、いつもお腹が空いてたっけ。
お母さんがね、勉強だけは真面目にやりなさいって。
真面目に頑張ればいつか夢は叶う。頑張ればむくわれるって。
そればっかり言ってたっけ。
中学校を出て、夜の学校に通いながら、昼はこの工場で働いてたの。たまに内緒で夜勤までさせてもらって、それでもお給料はほとんど借金返済に消えちゃってね。
毎日クタクタで、それでもお勉強だけでも頑張ればいつか大学に行って先生になって、お母さんに恩返しするんだって。頑張ってたんだよ。
やっと借金を返し終わったのが二十歳過ぎたころだったかな。
これからは少しぐらい自分のためにお金を使ったっていいよねって。
貯金して、大学に行くんだって。
それからもね、ここの工場で朝も夜も頑張って働いたわ。
そしたらここの工場の所長の息子さんが私に声をかけてきたの。
初めての恋人ができたのよ。夜の工場でこっそりお話してね。
あぁ、その時が一番幸せだったなぁ…
それでね、彼のお父さんが社長からお見合いをすすめられていて、一緒に逃げようって。
私と一緒にいたいからにげて結婚しようって言ってくれたの。
そのころにはお金も貯まってきてて、逃亡資金にちょうど良かったわ。
お母さんに『捜さないで』って書き置きして、ここで彼と待ち合わせをしてたの。
逃げて幸せになるんだって、希望に胸を膨らませて。
ふふ…バカだったなぁ…
それでね、やってきたのは所長だったの。
社長からのお見合いを断ったらこの工場が終わっちゃうって。
彼と別れてくれって。
当然断ったの。それで彼を探しに行こうとしたらね、後ろからガツンってやられちゃった。