第5話 女子校の王子は弱者を見過ごせない
「フローラ、ちょっといいかしら」
放課後。僕は早速、友人と歓談中のフローラを呼び止めた。
「はっ、はい……」
フローラは肩をびくりと震わせ、僕を振り返る。その慎ましい仕草は下級であるながらも、貴族としての上品さを窺わせる。
「あなた、あの平民の娘と親しくしてらっしゃるようですわね」
「そ、それは……」
僕の問いに、フローラはますます顔を俯かせる。伏せられた睫毛はぷるぷると震え、見る者の庇護欲をそそらせる。
うぅ……罪悪感が凄い……。でもここで負けたら駄目だぞ、真咲!
「仮にも貴族ともあろう者が、平民と馴れ馴れしくするなんてね。下級ともなると、貴族としてのプライドまで失われてしまうのかしら?」
「そ、それは……」
フローラは何も言い返せない。言い返せるはずがないんだ。同じ貴族でも、マルグリットとフローラの間には簡単には覆せないほどの階級差がある。
貴族社会に身を置くフローラには、その事がよく解っている。自分の言動が、家全体にまで影響を及ぼすという事を……。
「平民に媚びへつらう貴族だなんて、聞いた事がないわ。恥ずかしくはないの?」
「……っ」
僕の辛辣な言葉に、フローラは遂に泣き出してしまった。傍らの友人が、それを慰める様子はない。
当然だ。今フローラを慰めたら、今度は自分の方に矛先が向けられるかもしれない。それにフローラの他の友人は、フローラとローザの友人関係を好ましく思ってないという設定だったはずだ。
フローラに、味方は誰もいない。そう思った瞬間、僕は――。
「……それ以上泣くのはおよし、フローラ」
気が付くと、僕はそっとフローラの頭を撫でていた。柔らかなクリーム色の髪が、指に絡み付いてくる。
「ただ泣いているだけでは、運命は変わらないよ。君は、ローザと友達を止めたいのかい?」
「いっ……い、いえ……」
「だったら、胸を張らないと。こんな事を言われても、毅然としていられるくらいにはね」
あ、ヤバい。これヤバい。そう思っても、入ってしまった王子スイッチは止まらない。
「強くおなり、フローラ」
「マ、マルグリット……様……」
「僕はいつも、君を見守ろう。可憐な、隠れた気高さを持つ君を……」
最後に、瞼にキスをする。してしまう。顔を赤らめるフローラは、もう泣いてはいなかった。
「マルグリット様……解りました。私胸を張って、ローザと友達でいます……!」
(……やっちゃったあああああ!!)
僕はそう、心の叫びを上げるので精一杯だった――。