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7.まあ、問題は無い

 




「私、誰も居ない学校の廊下って初めてかもしれません」

「授業中にトイレ行きたいですって手え上げたり?」

「した事ないですよ、そんなの」


 静まり返った廊下をひたひたと歩く俺たちは、保健室を目指していた。


 場面転換が早い、きちんと収拾を付けろよとは俺自身も思う所ではあるけれど、俺の身にもなって欲しい。


 あの後の事なんて、気不味い空気の中お互いに立ち上がり、本校舎の自分のクラスを目指して会話も無く歩いた程度のもんだ。


 何とか本校舎に足を踏み入れた俺たちは、例の牛鬼に発見された。


 土塗れの俺たちを見た牛鬼の反応は、とても意外なものだった。



 何でも、校内でいくつか騒動があったらしい。



 恋愛イベントを巡った暴動が校内でも2ヶ所発生したらしく、牛鬼はその暴動を鎮めるために奔走していたのだと言う。


 俺たちを目にした牛鬼は瞬時に、暴動の被害者であると判断したようだ。


 俺に対して「中々良い男じゃないか」と暑苦しい勘違いをした後、保健室行きを促して、牛鬼は自身の受け持つクラスへと帰って行った。


 そうして話は冒頭へ戻る。


 牛鬼によると、保健室は旧校舎にあるのだと言う。

 折角、旧校舎付近から本校舎の方に来たのに。


 旧校舎は現在部活練として使われているし、校庭は兎も角、体育館は旧校舎の方が近い。そちらにある方が便利が良いのだろう。


「失礼しまーす」

「失礼します」


 ガラガラガラと若干立て付けの悪い扉を開けると、吾妻咲は俺に向かってはにかんだように笑う。


 開けてあげたという訳では無いのだけれど、まあ、そう思ったのであれば先に行くが良い。


 どうぞどうぞと吾妻咲を促してから、保健室に足を踏み入れると、そこには予想外の人物が居た。


「君たちも被害者かね。男の子も狙われるんだね」


 学校の教師が使うあの机。その側に置かれた丸椅子に座り、けたけたと笑うお姉さん。


 彼女が笑う声に合わせて、高い位置で纏められた焦げ茶色のポニーテールが揺れていた。


 作業着姿の彼女は、この高校に用務員として勤務しているお姉さん。六番目の、攻略対象キャラクター。


 名前は確か、水無月仁美みなづきひとみだ。


 人気投票で圧倒的最下位を叩き出したこの人は、攻略対象キャラクターと銘打たれていたにも関わらず、攻略することの出来ない人物だった。


 お助けキャラとしての要素が強く、攻略対象の耳より情報や、連絡先を教えてくれるお姉さん。


 誰ともエンディングを迎えなかった場合の慰め役ではあるが、個別ルートがあり、好感度を上げて条件をクリアした状態でエンディングを迎えると、桜の木の下に現れる。


 水無月仁美は悲しそうな顔をして言うのだ。


『私、結婚するんだ。親が決めた相手なんだけどね。お見合いすんの』

『ねえ、何か言ってよ』

『君がさ、もう少し大人だったらねぇ』

『……ね、思い出ちょーだいよ』


 目の前が真っ暗になって、唇に触れる柔らかい感触。主人公は何も言わない。

 この人は良家のお嬢で、お見合い相手の男もまた立派な家柄の、稼ぎのある男だったから。何も言えなかったのだ。


 ゲームはそこで終わってしまって、その後の救済ストーリーなんてものは一切無い。


 きっと水無月仁美は水無月では無い仁美になって、そこそこ幸せな人生を歩むのだろう。


 さて、俺がこのお姉さんの名前を覚えていて、ストーリーを覚えている理由はひとつ。

 吾妻咲と同じく、恋愛イベント回避をする上で避けて通ることの出来ない人物であるからだ。


 攻略対象キャラクターと親しくしていない場合、水無月仁美はこれでもかというほどにお節介を焼いてくる為、出現頻度が高くなる。


 その割に、何かと自分のルートへ引き入れようと休日遊びに誘いやがる。


 回避は簡単で、休日の誘いに乗らなければ良い。


 たったそれだけで個別ルートの開拓は回避出来るため、選択肢の中に吾妻咲がない場合、水無月仁美を選ぶというのが定石だった。


 保健室の先生が不在で代わりに居たのが攻略対象キャラクターというのは不服ではあるが、水無月仁美であれば、まあ、問題は無い。


 こいつの出会いイベントは此処では無いはずなので、乳を擦り付けて来ることも、無いだろう。




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