6.近えよ、死ぬ
状況を整理しよう。
花壇の上に、吾妻咲。
一段下がって、花壇の脇に、俺。
花壇の上にしゃがみ込む彼女の方が、花壇の高さ分、高地に居る。
吾妻咲を立ち上がらせようと、彼女の手を引く、俺。
盛大にバランスを崩しながら立ち上がった、吾妻咲。
俺の顔に迫り来る、豊かなおっぱい。
最 悪 だ !!
俺は俺の天使のために、なんとしてもおっぱいフラグはへし折らなければならない!
目前に迫るおっぱい。塞がれた片手。
万事休すと思われたこの状態で、俺は一筋の光を見出した。
並の男であれば、観念し、己の顔面をその乳に差し出す所だろうが、俺の愛を甘く見てもらっては困る。
因みに、この間、コンマ数秒である。
「よ……っ」
「きゃ……っ」
彼女の手を目一杯手前に引き、自身の身体を後ろへ倒す。尾てい骨が砕ける事になろうとも、俺にとってはおっぱいフラグを回避する事の方が重要である。
とは言え正直、ゲームなんだし痛くないんじゃない? みたいな甘い考えは頭の片隅に存在した。
そんな甘っちょろい考えは、尻の穴を突き上げる様な、思いの外強い衝撃を受け「め〝っふうッ」という謎の言葉と共に吐き出されて行った。
「だ……、大丈夫ですか⁉︎ ごめんなさい……!」
「いや、俺の方こそごめんなさい。支えてやれれば良かったのに」
しかし、作戦は成功だ。
俺が自らの尻を投げ打ち、上半身を倒したおかげで、地面に手をつく事の出来た吾妻咲と俺の間には空間が出来ていた。
おっぱいを、擦り倒されずに済んだのだ。
然し、状況は極めて悪い。
手と膝を地面についたお馬さんポーズで俺に跨る吾妻咲が何より近いし、垂れ下がったおさげ髪からは甘いシャンプーの匂いがする。
何より近いし、彼女の顔は赤ウインナーよろしく真っ赤に染まっているし、何より近い。
重ねたままの手は、彼女によって地面に押さえ付けられていて、身動ぎひとつ出来やしない。
息遣いは勿論、心臓の音すら聞こえそうな距離で、互いの体温を感じ取りながら、俺たちは顔を見合わせている。ずり下がった黒縁眼鏡の奥の瞳は綺麗な緑の色をしていて、名前を知らない花の……茎、そう、茎みたい。あと、五月に草だけになった桜の木みたいだ。生命力すごそう。
そんな瞳は、長い睫毛に縁取られていて、ああ、語彙力……。待ってくれ、語彙力……、ゴールテープをダブルピースで切るんじゃない。置いて行くな。
――何が言いたいかって、近えよ、死ぬ。