5.やっぱり、ただのおっぱいゲーじゃねえか
――彼女は、声も上げずに、泣いていた。
当たり前だ。あんなに沢山の気持ち悪いやつらに囲まれて、抵抗する術も勇気も持たない彼女は相当怖かった事だろう。
「大丈夫……、ですか?」
「ひ……っ」
俺を見る彼女の瞳は、涙に濡れていた。
眼鏡越しの緑の瞳。キャラデザを見たときに、髪と目の色が同じでギャルゲーってこういうものなのかって、ぼんやり思った記憶がある。
その緑の瞳が、目の前にある。
紙面でもなければ、モニターに映る映像でもない。
人間の、瞳である。
細い肩を揺らし、スカートも、靴も靴下も、土塗れだ。
水をあげていたのだろう。ジョウロは凹んで土に刺さっているし、彼女の居た花壇の花は暴徒に荒らされ、無残にも土の上に横たわっている。
そのどれもが、酷く生々しい。
吾妻咲が緊張からか生唾を呑み下した音だって、俺の耳は拾ってみせる。
ゲームにはこんなシーンはなかったし、こんなものは、ゲームではない。
一人の女の子が、今確かに、此処で襲われて、泣いている。
「くそみたいだ」
面白がって眺めていた俺も、クソみたいだ。
天使に会えるって、浮かれていて、青髪の女の子を見た時に自我がある事に気付いていたのに。所詮ゲームのキャラクターだと、軽んじた。
「ごめん。もっと早くに来れば良かった」
「……あなたが、助けてくれたんですか?」
「助けられてないよ。泣かせてしまったし」
自己嫌悪で沈んでいると、吾妻咲は小さな声で「手を貸してくれませんか?」と呟いた。
「腰、抜けてしまって」
「いいよ、手を貸す」
せめてもの罪滅ぼしの為に、俺は彼女の元へ歩み寄る。
おずおずと躊躇いがちに差し出された手は、とても小さかった。決して大きい訳では無い俺の手の手のひらよりもずっと小さく、震えている。
触れたその手は、暖かくて、確かに確かに人の温もりを宿していた。
「立てますか? おぶりますか?」
「だ……大丈夫です。重いですよ、きっと……」
少し血色の良くなった頬を隠す様に、背けられた顔。
ぱさりと揺れたおさげ髪からはシャンプーの匂いがした。
尻すぼみの言葉は、土に向かって投げかけられたけれど、こんなに手の小さな女の子が重いはずがない。
公式設定集では、彼女の体重だけ隠されていたけれど。
「重くないですよ、きっと。こんなに手の小さな女子が、重いはずがないです」
思ったままに伝えると、吾妻咲は「ふふふ」と笑う。
繋がっていない手で、不便そうに目元を拭って、それから俺の方を見る。
人の目を見て話すのが得意では無くて、目線を逸らすと、また彼女の笑う声が聞こえた。
「優しい人ですね」
「優しくないですよ」
「優しいですよ」
「……立てますか?」
「あ、はい」
返事を待ってから、彼女の手をぐいと此方側に引くと「きゃっ」と短い悲鳴が聞こえる。
声に反応して彼女を見れば、此方に向かって倒れて来ている最中だった。
そんなに力、入れてないのに。
ゆっくりと流れる時間の中。立ちがった彼女の身体は、否、制服の下から存在を主張するアイツは、確実に俺を目掛けて突き出されている。
なんだよ、やっぱり、ただのおっぱいゲーじゃねえか。