18.意地っ張り女子である
三条遂叶の怒りは、マグマの様な熱量をもって俺に降り注いだが、俺の尿意も負けてはいない。
百二十パーセントの充填量。これ以上耐えられる訳も無く、怒り散らす三条遂叶を放置して、早歩きで男子トイレへ駆け込んだ。
此処までは、良い。
「あの、三条さん。トイレの入口の前に立つのやめてもらえません?」
「逃げるじゃん!」
「いや、逃げないんで。ほんと、出しにくいんで!」
「後ろ向いてる!」
「音とか!」
「耳塞いでるから!!」
「いや、でも……」
「じゃあ個室行ってよ!」
三条遂叶は譲らない。
俺はすごすごと個室へ入り、水を流して、溜めに溜めたそれを、放水した。
―――
耳まで真っ赤に茹で上がった三条遂叶は「ちゃんと手、洗ったの?」とオカンみたいな事を口走る。
本人も可笑しいと思ったのだろう、言い終わった後に、そっと下唇を噛んでいた。
いつも真っ直ぐ此方を見る三条遂叶が、目を逸らしているという状況は、中々物珍しさがある。
「もう、しんどい」
「俺もしんどいんでコレで解散にしません?」
「しないし」
しないのか。
鴎太を外して来たのは失敗だったかもしれない。鴎太のコミュ力の高さは舌を巻くほどのものなので、いつもそれとなく話題の中心になって、俺が面倒臭そうにしていると、周囲に気付かれない塩梅で、俺を空気にしてくれるのだ。
糞がついていない状態では人と関わるのが億劫になってしまった。恐ろしい寄生力だ。
「それじゃあ、場所を変えましょうか」
前述した話を踏まえて、尚更に。
このまま此処で話していて、誰かに絡まれても、追い払ってくれる鴎太は居ない。
「午後サボんの?」
「午前もサボってる」
「何のために学校来てんの」
「寝るためかな」
素直に答えたにも関わらず、三条遂叶は溜息をついた。
特別拒否はされなかったので、場所を変える事に問題は無いと判断して、俺は本校舎一階の昇降口近くにある一室を目指す。
第二のお昼寝ポイントが、そこにあるからだ。
「どこ行くの?」
「用務員室」
「……アンタ、毎日そんな所に居たの?」
「あそこ、鍵はいつも開いてるけど、肝心の用務員は居ないんですよ」
用務員――水無月仁美は真面目な用務員であるからして、いつも学内色々な所の整備に回っていたりする。
あまりにも、そこかしこに現れるもんで、一度始業時間から終業時間まで一日そこで過ごしてみたのだ。
見事に、一度も、そこに水無月仁美が現れる事は無かった。
「穴場なわけね」
「穴場ですね。誰もそんな所に居るとは思ってないでしょうし」
実際には、そこには殆ど居ないのだが。
三条遂叶が吾妻咲を連れて来ても困るので、保険のために別の場所へ誘導しておく。
我ながら良い考えだ。
自分の頭の良さに感心しながら横を見れば、三条遂叶が少し早足で歩いている。
運動パラメーターの高い彼女であれば、これくらい何も問題無いのだろうけれど、礼儀として歩くペースを少し落とす。
それに気付いた三条遂叶は、逆にペースを上げて歩いたので、俺より先に用務員室に辿り着いたわけだけれども。
とんでもない意地っ張り女子である。
何はともあれ、俺と三条遂叶は、誰ともすれ違う事無く、密会場所へと辿り着く。
面倒臭い事にならなければいいなぁという溜息は、バレると余計に面倒臭い事になり得るので、ごくりと、喉の奥へ隠しておいた。