17.期待するじゃん
「――三条さん、」
声を掛ければ、三条遂叶よりも先に、肉団子が反応を示す。
彼らは自分が強者だと思っているため、俺を見て、鼻で笑った。
「何だよ、お前」
「A組のもんだよ。三条さん、担任に呼ばれてんだけど、借りても良い?」
馬鹿の一つ覚えみたいに、牛鬼の威を借りる事にする。
何せ、これ以上の有効打は無いのである。
肉団子は押し黙り、肉団子同士でひそひそと小声で話し始めたが「大事な用事でもあるなら、俺は構わないけど。ちゃんと三条さん呼びには来たんだから、牛鬼にはお前らが投げられろよ」と追い討ちをかければ、彼らは静かに、道を譲った。
恨めしげな目で此方を見ているが、知ったことか。
「行こう、三条さん。牛鬼に怒られんの、ごめんだし」
これ以上この場に居るのも御免だ。
助け舟が出てくるとは露ほども思っていなかったらしい。
三条遂叶は、大きな目を丸くさせて小さく口を開いたまま、まるで反応が無かったので、致し方無く、その手を取った。
細っこい手首を掴んで、無理矢理に歩いてみせれば、三条遂叶は少しよろけた後、素直について来る。
本校舎まで辿り着けば、教室まではすぐそこだし大丈夫だろう。
「手、痛い」
「ああ、すみません」
そんなに強く握ったっけ? 不意に立ち止まった三条遂叶がそう言うので、手を離して謝罪しておく。
「牛鬼、どこ? 職員室?」
「ああ、……あれ嘘ですよ」
再び、呆けた顔。
ぽかんという効果音がつきそうな、その顔は、次第に赤みを帯びて行き、いつかの吾妻さんのように、真っ赤になった。
「アタシが……、ビビってたから、助けたの?」
え? ビビってたの? 殴るの我慢してたんじゃなくて?
きっと今の俺は先程の三条遂叶と同じように、間抜けな顔をしているに違いない。
「そうやって、助けるくせに。助けるなら、責任持ってよ……」
膀胱やべえし、もう行ってもいいかな?
とは、とても言えそうに無い雰囲気だ。
「期待するじゃん。また、助けに来てくれないかなって。そうしたら、本当に来るんだもん」
静かな廊下に、三条遂叶の声だけが響く。
まるで此処だけ切り取られた様に、隔離されてしまったみたいに。
それ以外の音が無い世界で、三条遂叶は、また小さく手を震わせて、その声も、震えていた。
先程、肉団子に囲まれていた時の様に。
その様子が、とても見ていられるもんじゃなくて、顔を上げれば、三条遂叶は此方を真っ直ぐ見ていた。
春の海のような色の瞳が、揺れている。
押し寄せた波がその器から溢れてしまったみたいに、ぽとり、ぽとりと、滴を落とす。
――三条遂叶は、泣いていた。
鼻の頭を真っ赤に染めて、食いしばるように口元を歪ませて、不愉快だとばかりに眉根を寄せて。
静かに静かに、泣いていた。
「三条さん――」
けれど、俺の膀胱もまた、押し寄せる波に負けて、滴を落とす寸前だった。
否、滴どころの騒ぎでは無い。
修行僧が滝行に使う、正にその滝の様な勢いをもって、今解き放たれようとしていた。
「ごめん、トイレ行っていい?」
「――……っ!? 勝手に行けよ!!!!」
怒りの声を背に受けながら、俺は急いで便所へ向かった。