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16.デジャヴ





「俺の推しさ、ピンク髪の幼なじみキャラの、あの女の子の友達なんだよ。一年目の終盤と二年目の終盤と、卒業式の日に出て来る」


 その言葉を聞いた鴎太はぽかんと目を丸めて、掴んでいた俺の手を離す。


 離す。

 ……こういうのを、デジャヴって言うんだろうか。同じようなシーンが前にも一度あった気がして、胃のあたりがふわふわと浮いたような感覚に襲われる。



「あーーーー、居た。そんな子、居たなぁ」



 ぼんやりと上の方を眺め、記憶の隅を突っついて、ようやく思い出した、みたいな様子で言った鴎太は、それから「なるほどなぁ」と頷いてみせた。


「だから吾妻さんを避けるわけか。会うには全部のイベント回避しなきゃだもんな」

「ああ、……そうなんだ」


 腑に落ちない感じはするが、考えてみても、どうにも夢の記憶を辿っている様な、手応えのなさだ。

 代わりに、少しだけ思い出せた事は、夢の最後に、金色の髪を見た気が、する。


「コタロー? どうかしたか?」

「…………いや、なんでもない」

 

 ――取り敢えず、いつまでも寝転がっていても仕方が無いし、起き上がるか。


 片肘をつき身を起こそうとすれば、鴎太は懲りずに手を差し出してくれた。

 気の利くやつで助かる限りだ。

 俺は、その手を取って身を起こす。

 鴎太は、ついでにとばかりに俺の瞳を覗き込み「本当に、――大丈夫か?」と、妙に勘ぐる様な目で窺って来たが、俺はそれに「大丈夫だよ」と返しておく。


 なんだか、吐き気はするし、あんまり大丈夫では無いけれど。


「でもまあ、そういう事なら、周りの奴らにも言っとくわ。クラス全員の推し聞いたけど、被ってねーし」

「お前……、そんな事してんの?」

「尊敬した?」

「暇人だなと思った」


 いや、本当に。

 然しこれで、イベント回避が随分と捗るかもしれない。

 素直に感謝するしかないか。

 そう思いながら立ち上がったが、鴎太のこれでもかというほど得意げな顔がシャクに触ったので、俺は礼も言わずに、制服についた土を払った。




 ―――




 俺の推しが名無しのモブ子だということは、鴎太の働きにより、瞬く間に広がった。

 心無しかクラスの奴らの当たりが少し柔らかくなったので、何だかんだ言いつつ、教室の隅に居る奴らだってあわよくばを狙っているんだなぁと、思い知った。


 俺は日々、変わらず惰眠を貪っている。


 鴎太にも、未だ俺のお昼寝ポイントはバレていないので、もう暫くあの場所は安息の地として利用できそうだ。




 小規模の肉団子を見掛けたのは、昼下がりの事だった。


 学生食堂――学食へ向かい、腹を満たした俺はいつもの使用されていない教室へ向かっていた訳だが、学食と本校舎を繋ぐ渡り廊下に人集りが出来ている。


「アンタら、しつこいんだよ」


 怒気を孕んで威嚇する、その声は、三条遂叶のものだった。


 何度牛鬼に投げ飛ばされようが肉団子を形成する勢力というものは、もう大分と数が絞れてきている。

 少数勢力となったそういった奴らは、決まって自分たちがイケている部類の人間だと勘違いしている類の奴等だ。


 お洒落のつもりかぐちゃぐちゃに着崩した制服は、よれてどうにも不潔に見える。

 何が繋がっているのかも良くわからないチェーンを、腰からポケットに掛けてジャラジャラとぶら下げ、まるで猫の首輪についた鈴のように音を鳴らしながら歩く。

 髪の毛を重力に逆らわせる事を生き甲斐にしているらしく、てらってらに輝くそれを頭の上に乗せていたり、あるいは、自分でやったのか不格好なメッシュを入れていたりした。

 加えて、男物の香水をこれでもかというほど塗しているらしく、酷く臭い。


 人の事を言えないが、視線を合わせるのが苦手な様で、彼らは攻略対象キャラクターを目前にすると、しきりに目を泳がせる。

 足、胸、足、胸、といった縦揺れ式だ。

 三条遂叶を前にした彼らの目もまた、めまぐるしいもので、まるで回遊魚の様だった。


 本校舎への道を塞ぐ形で作られた肉団子は、迂回を余儀なくされる、とても邪魔なものだ。


 小便に行こうと思ったから、本校舎の渡り廊下を選んだのに。これだと学食側の正面出口から出て外を回って旧校舎へ向かわざるを得ない。


 えらく通行の邪魔になる所で肉団子を作ったもんだなぁと思いながら、ぼんやり様子を眺めていたが、どうにも可笑しい。


 三条遂叶がああいったものに囲まれているのは初めて見たが、もっと、攻撃的な反抗を見せるのかと思っていた。


 俺と対峙した時にそうであったように、胸倉を掴み一声浴びせれば、彼らは尻尾を巻いて逃げるだろうに。


 運動パラメーター的に、初期値から始まった彼らは、入学時から欠かさず運動に励んでいたとしても、三条遂叶には敵わない。


 付け上がった肉団子は、ぶひぶひと鼻を鳴らして、足や胸元を舐め回す様に見ている。


 三条遂叶は、それに耐えているようだった。


 後ろ姿なので表情は分からないが、キツく握った拳を震わせ、肩や足もまた、少し震えていた。


 一歩でも動けば、手足が出そうなので堪えているのだろうか。


 如何せん、においの酷い彼らと同じ空間にいるのはこれ以上耐えられそうに無いし、俺の膀胱ぼうこうもまた、これ以上耐えられそうには無かったので、俺はこのまま進む事にした。



「――三条さん、」





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