150.私は、間違っていた
我に返ると、社の前で携帯電話を握っていた。
ディスプレイには、通話終了の文字。相手は、三条遂叶だ。
「……穂波ちゃん?」
神力は、精神に依存するところもあるから、私の変化は解けているのだろう。
三条遂叶は、私を私とは認識出来ていない。
「助けてって、電話くれたよね」
そう、助けてくれと、電話してしまった。
どう救われる気で居たんだろうか。
こんなのに救われる気なんて、まるでしないのに。
「なあ、三条遂叶。お前は今幸せか?」
「……幸せだよ」
「この世界の、誰もが不幸な顔をしているのに?」
五十嶋桂那も、二ノ前陽菜美も。
田中小太郎も、……鴎太でさえも、皆がこの世界を必要としていない。
この世界に、何の意味があるのだろうか。
私は、間違っていた。
そんな事は、疾うに気付いていたけれど、見ないようにしていたのだ。
「なあ、三条遂叶。お前に私を殺す権利をやろうか」
「――貴方、何者なの」
「この世界の神だよ」
怪訝そうな顔をする。
当たり前だろう。突然神と宣う奴が現れたなら、頭の可笑しいやつだと思うはずだ。
けれど、説得力は、無くはない。
今の私には狐の耳が生えているし、人外である事は伝わるだろう。
「五十嶋桂那の苦しみも、二ノ前陽菜美の苦しみも、お前の苦しみだって、私が作り出した」
「――作ろうとして、作ったの?」
三条遂叶は私の目を、真っ直ぐに見据える。
まるで、悪に立ち向かうヒロインみたいだ。
真っ直ぐで、直向きで、恐ろしいだろうに、それでも前を向いている。
拳を固く握って、――その拳は震えているのに。
決して強くは無い女の子なのに、決して逃げ出しはしない。
そんな強さが、私にもあれば、こんなにも多くの不幸を生み出すことはなかったのだろうか。
「ねえ、穂波ちゃんなの?」
返事はしない。彼女が知った所で、どうなるものでもないのだから。
「穂波ちゃんって、思うね」
それなのに、彼女は私を『穂波』だと仮定する。
田中小太郎からは、何も聞かされていないだろうに。
或いは、否定をしなかったから、そうだと断言したのかもしれないけれど。
「アタシは、神さまに恨みなんてないよ」
「何一つとして、不幸な事の無い人生だったと?」
「……嫌な事も、あったけど。でも、それが無ければ、アタシはアタシじゃ無かったと思うから」
それは、確かにそうだ。
私が関わらなければ、三条遂叶は生まれていなかった。ただのゲームのキャラクターとして、自我を持つ事も無かった。
けれど、心なんて、あっても。辛いだけじゃないか。
「コタとも、出会えてなかったかもしれないし」
「その、田中小太郎はお前と会う事を望んでいなかったとしたら?」
「コタがアタシと関わりたくなかったことなんて、知ってるよ」
言葉の割に、三条遂叶は笑顔を崩さない。
最早吹っ切れた事だとでも言いたげに、笑っている。
「でもさ、仕方ないじゃん。アタシ、コタと居たいし。コタと出会えて良かったって、思ってる」
「お前は、どうしてそこまで強くいられるんだ」
「強くなんてないよ。今も、怖いけど、でも、穂波ちゃんなんだよね?」
私である事が、そんなに大事な事なのだろうか。
鼻で笑ってやったら、三条遂叶も可笑しそうに笑ってみせた。
それから、また、私に向かって手を差し出す。
この姿の私を見ても尚、三条遂叶は私に歩み寄ろうとする。
「助けるって言ったじゃん」
一片の曇りだって無い、青空みたいな瞳。
私はまた、この手を拒めなかった。
縋るように掴んだ手は、変わらずあたたかくて、だから触れたくなってしまうんだ。
縋って、しまうんだ。
「穂波ちゃんがさ、この世界を作って、みんなが不幸なら。穂波ちゃんがみんなを幸せにしてあげる事は出来ないの?」
――私が、みんなを幸せに?
そんな事は、考えた事も無い。
不幸だらけのこの世界を、どう幸せにしろと言うのだろうか。
そうして押し黙っていると、三条遂叶は、また可笑しそうに笑う。
「穂波ちゃんが思ってるほど、みんな不幸じゃないと思うよ」
「そんな、はずが……」
「だってさ、アタシは友達が出来て幸せだし。みんなもさ、今が例え不幸せでも、この先永遠に不幸だって事、ないんじゃないかな」
今が不幸せであるのであれば、結局卒業式の日が入学式に繋がるループの中では、幸せになれるはずなんてないのに。
三条遂叶は、ループを知らない。
だから、何事も無いように、未来を語れる。
「この先さ、色々あるかもしんないけど、そんなの人生山あり谷ありって言うじゃん。今の友達と、大人になっても友達で居れたら、アタシは幸せだと思うよ」
――未来が、あれば。
「未来が、あれば。今の不幸も、幸福に変わるのか?」
「うん。きっとね」
『切り取られた三年間に望むモノなんて何もないよ』
あの言葉が、また脳裏に過ぎる。
私が、鴎太の生きる永遠の世界を手放せば――。
当たり前のように年を取り、当たり前のように死んで行く世界に作り替えれば……。
「この先の未来を保証すれば、それは贖罪になるだろうか」
「そもそも穂波ちゃんが償う事なんて、何もないんだよ。だって、人間みんな、自分の力で生きてて、そこに神さまなんて関係ないんだもん」
――それは、私に出来る事だろうか。
父でさえ、世界の管理に手を焼いている。
この小さな箱庭でさえ、私ではキチンと導いていける自信はない。
けれど、それこそが、作り出してしまった私の責任なのではないだろうか。
それだけが、私に残された未来なのでは無いだろうか。
死にゆく人を、何度見送ることになるか分からない。
何度、私自身が消えたくなってしまう事かわからない。
けれど、きっと、それが世界に住む人々にとって、最良なのだ。
「――遂叶ちゃんは、こんな私でも、友達で居てくれるか?」
「勿論だよ」
その笑顔が、あんまりにも眩しくて。
だから私は、彼女の望む通りに、私のエゴに幕を引こうと、決めたのだ。
十二章はこの話で終了になります。
お読み頂きありがとうございました(_ _*))
次話は一日休みを頂いて金曜日の投稿を予定しています。今後ともお付き合い頂けると嬉しいです!