148.食べて
時間軸:139話後、140話前
三条遂叶の話は、聞くに耐えない。
それなのに、また、私は例の部室に居る。
「二ノ前さんが此処に居るなんて、なんだか不思議ですねぇ」
嫌味か、クソ女。
牙を向いてやりたい所だというのに、この女、三条遂叶を盾にする。
翠の髪の美しいこの女、吾妻咲は、三条遂叶に連れられて、この部室にやって来た。
なんでも昼食を一緒に食うとか何とか。
『最近は全然一緒にご飯食べれてないから』
なんて、悲しそうに言うもんだから、私は別に誰が居ようと気にしないと言ってやった。そうしたら、三条遂叶は喜んでこの女を連れてきた。
おまけに、五十嶋桂那も。
中央に置いた机で雑談しながら食事をする、三条遂叶と吾妻咲。入り口の横辺りに椅子を置いて、そこで本を読む五十嶋桂那。私は、窓の側に椅子を置いて、それを見ている。
混沌を、極めている。
昼休憩の終わりを告げる鐘がなっても、彼女たちは微動だにしなかった。
「優等生の吾妻さんでも、授業サボったりするんだね」
「優等生の二ノ前さんでも、授業サボったりするみたいですからね」
嫌味だな、クソ女。
明らかに敵意を向けられているのに、三条遂叶はまるで気付いていない。
何なら、自分の友達と友達が話をしていて嬉しいと、面に書いている。
これでは、嫌味を返してやることすら叶わない。
苛立ちを抑えるために、窓の外に視線を向けていると、えらく近くから「はい」と声がする。
しゃんと通る、鈴みたいな声だ。
視線を戻すと、すぐ側に五十嶋桂那が立っていた。
「……何、」
五十嶋桂那の手には、菓子パンの入った袋がちょこんと乗っている。
――周りの空気が固まったのは、気の所為では無いだろう。
この行動の、何がそんなに重要なのか見当もつかないが、三条遂叶と吾妻咲は何か思う所があるらしい。
「毎日、パンを買う」
だからどうした。
そう言ってやりたかったが、それが許される空気ではない。
「何の為かわからない。でも、私は、これを買わなきゃいけない」
まるで理解出来ない。
五十嶋桂那の記憶は消したし、そんな習慣が残っているはずもないのに。
消されても、忘れる事が出来ないほどに、彼女にとって菓子パンを買う事が重要なのだろうか。
「甘いもの、好きなの?」
「好きじゃない」
訳がわからない。会話をする気があるとも思えない。
それでも、五十嶋桂那は、ずいと更に此方に菓子パンを差し出す。受け取れと促す。それが自分の使命だとでも言わんばかりに。
「きっと、あげるために買ってる。貴方に、あげるためかもしれない」
私と五十嶋桂那に関わりなんて無かった。
そう言ってやりたかったけれど、最早発言を許される空気ではない。どうしたもんかと、頭を悩ませていたつもりでいたのに、無情にも私の腹はぐうと音を立てた。
「食べて」
「……ありがとう」
受け取ると、五十嶋桂那は綺麗に笑った。
攻略対象キャラクターなのだから、顔が良い。
お人形みたいに綺麗に綺麗に微笑んでみせた五十嶋桂那、それを見ていて、私は、どうしようもなく、恐ろしくなった。
――私は、何を消してしまったのだろうか。
『必ず、思い出す。そうして世界を、壊してみせる』
彼女がそう宣言した理由は、そうまでして、世界を壊したい理由は、何だったのだろうか。
菓子パンは、何処へ行くべきだったのだろうか。
――向き合う、べきではない。
そんな言葉が頭を過って、勢い任せに立ち上がる。
攻略対象キャラクターが三人、驚いた顔をして此方を見る。
私は、どうしてしまったんだろうか。
こんな所に居るべきでは無い。
必死に足を動かして、部室から逃げる為に、ドアへ向かった。
後ろから三条遂叶の声がしたけれど、関係無い。
此処に、居てはいけない。