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144/151

144.置いていかないでね

時間軸:135話と同軸





「ちょっと、鳳凰くん?! 走るのはやめて……?!」



 三条遂叶に、田中小太郎を誘わせた所までは、良かった。

 鴎太をそこに加えた事が、問題だった。



「鳳凰くん、鳳凰くん……! ストップ! 止まって……!」



 何度呼び掛けても、何かに取り憑かれたみたいに鴎太は足を進める。

 私は知っている。これは、とても危険なやつだ。


 鴎太は、子供の頃から病院で過ごして、我慢が癖になっている。

 良い子でいなきゃいけなかった少年は、ある瞬間にぷつんと糸が切れる事があった。


 例えば、一緒に遊んでいる時。私が鴎太の知らない外の世界の話をした時。病院には無い本を読んだ時。病院には無い景色を見た時。


 爛々と目を輝かせて、夢中になって、息を忘れる事がある。


 知識欲の塊になって、気の済むまで何時間だって私を質問責めにした時。本の頁に書かれた文字を一片も溢す事の無いように、食い入るように読んでいた時。満開の桜並木に、目を奪われた時。



「鳳凰くんってば……!」



 何度声を掛けても聞いてくれない鴎太は、隣に居るのに、遠くにいるみたいだ。

 どうしようも無く焦ってしまって、私は、鴎太の手を握ってしまった。


 触れるつもりなんて無かったし、そもそも私は、鴎太に関わるつもりなんて、あまりなかった筈なのに。


「あ、……ごめん」

「――いいよ。置いていかないでね」


 そもそも、今回はイレギュラーが過ぎている。

 発端は、田中小太郎が入学式に来なかった事にある。

 アイツは何故か、前回の記憶のリセットがされていなかった。

 元の世界に帰ろうとするもんだから、慌ててリセットをかけた。

 それなのに、何かひとつでも不自然に思う点があれば事あるごとに元の世界に帰ろうとする。

 記憶に修正を重ねて、適応力を授けて、騙し騙し進めて来たのに。結局、田中小太郎は元の世界に帰ろうとしている。


 加えて、これだ。


 何が作用したのか定かでは無いが、アイツは周囲に影響を大きく与える。

 キャラクターが此処まで大きな自我を持つ事も今まで無かったし、鴎太がこうなる事も、今までなかった。


「二ノ前さん。……もう、大丈夫。ゴメンね」

「大丈夫だよ。ちょっと楽しくなり過ぎちゃったね」


 一呼吸入れて、それから、朽葉色の瞳が私を見る。

 そういえばこの子、こんな目をしていたな。

 もうずっと、まじまじと目を見た事なんて無かった気がする。鴎太の瞳はガラス玉みたいで、ちょうどそう、三条遂叶も同じ目をしている。


 その瞳に取り込まれた世界はとても綺麗に見えて、吸い込まれる様で、恐ろしいんだ。


「二ノ前さん、……ってさ。オレの知ってる人に、良く似てる」

「――……ッ、気のせいだよ」

「……あ、ゴメン。知らない人に似てるなんて言われても、困るよな」


 照れた様に笑う鴎太を、見ている事が出来なかった。


 視線を逸らして、その瞳に私の顔が映り込まない様にする。


 私は二ノ前満月だ。

 その瞳に映る顔も、二ノ前満月でしか無い。


 それで良い。

 それが、良い。

 ゲームのキャラクターでなければ、プレイヤーの側に居ることなんて許されないのだから。


 私が私として、彼の前に姿を現してしまったら、鴎太が普通の高校生として過ごす事が、出来ないのだから。


 ――握ったままのこの手だって、離してしまうべきなのに。


「二ノ前さん、……体調悪い?」

「大丈夫だよ。ちょっと、鳳凰くんが心配だなって、考えてただけだよ」

「ゴメン。オレ、時々周りが見えなくなるんだ」

「仕方ないよ。水族館、はじめてなんだもんね」

「……うん。だから、今、すげえ楽しい」


 屈託の無い笑顔が、痛い。

 けれど私は、笑う事しか出来ない。

 何にも知らない振りをして、笑うのだ。

 私が穂波だと、言ってしまえればどれ程幸せだっただろう。


「行こっか、鳳凰くん。結構先に来ちゃったから、水族館のところで待ってよう」

「うん。ほんとに、ゴメンね」

「謝り過ぎだよ」


 私が笑ってみせると、鴎太は漸く、安堵した様子で笑みを浮かべる。

 これで良い、これで良い。

 自分に言い聞かせながら、私は鴎太の、隣を歩いた。




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