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142/151

142.どこが好き?

時間軸:130話後、131話前




 田中小太郎が立ち上げた部室。

 私は此処が、苦手だった。

 私が幼い頃に暮らした巣穴に、少し似ているからだ。


 他と馴染めず、少し離れた場所に住んでいた、自身の事を思い出す。

 とは言え、この小さな巣の住人はひとりぼっちではない。


 それが余計に、苦手意識を助長させるのだろう。自分の不幸だった空間に、幸せな顔をした奴らが居るもんだから。


 ――そんな苦手な場所に、三条遂叶と二人。向かい合うでも無く、窓際に椅子を並べて座っているのだから。


 不思議な流れになったもんだ。


「二ノ前さん、ってさ――」


 窓側に背を預ける形で、ぼんやりとドアを眺めていると、不意に声を掛けられた。

 三条遂叶も同じように、窓に背を向けて椅子に座っている。手許に視線を落として、落ち着かない様子で指先を擦り合わせながら。


 何か話さなくてはと、気を遣っているのだろう。ゲームの中のキャラクターに、過ぎないくせに。


 ただし、その言葉は私にも適用される。私も同じくゲームの中のキャラクターを演じる必要があるのだから。


「ミツキでいいよ?」

「――ミツキちゃん」

「うん。何かな」


 ハリボテの笑顔を浮かべながら、二ノ前満月の口にしそうな台詞を選び取る。

 もう随分とそんな事ばかりしているもんだから、慣れたものだ。

 そうして続きの言葉を促して、当たり障りの無い会話をして。ある程度距離を詰められれば、それでいい。



「鳳凰の、どこが好き?」



 ――と、思っていたのに。

 彼女の質問の意図が分からない。それを知ってどうするつもりなのか。

 無駄に澄んだ蒼い瞳を此方に向けて、幼い子供の様な問いを投げ掛けてくる。


 意味の無い会話を楽しむ気にはなれない。

 答えたくないと一蹴してやれれば、どれ程楽な事だろう。  


 面倒な事に。私は、三条遂叶に対して二ノ前満月として接しなければいけないのだ。


 彼女は田中小太郎の舵になる。最良の手駒と言っても良い。

 

 ともなれば、矢張り私はこの不快な遣り取りにも、付き合う他に選択肢が無い。

 この駒を、逃す訳にはいかないのだから。



「鳳凰くんのどこが好きかー……。ちょっと恥ずかしいな」



 取り敢えず、はにかんで見せる。そうすると三条遂叶は少し驚いた様子で目を丸めて、それから照れた様子で、視線を横へ逸らした。


 自分の事は極力話したく無い。なので返答をはぐらかしたが、女同士が仲良くなる上で『恋バナ』なんて、良い材料だろう。

 乗るに越した事は無い気もしたので、私は続けて「遂叶ちゃんは、コタローくんのどこが好き?」なんて、かけらも興味が無いけれど話を振ってみる。


「コタの、好きなところ……」


 三条遂叶は、悩む様な素振りを見せて、視線を下に落とした。

 落ち着かない様子で、一々押し黙ってみせる。

 この手の性格の相手をした事が無いので、焦れる気持ちはあるが、喋り出すのを待つしか無い。嫌われるなんて悪手は、出来る事ならば避けたいものだ。

 返事が無いので、再びドアをぼんやりと眺めていれば、暫くした後、三条遂叶は口を開いた。



「コタは、アタシの世界を変えてくれたから」



 大層な話だ。

 けれど、言い得て妙な話でもある。ゲームのキャラクターでしかない三条遂叶が自由意志を持って行動するにはプレイヤーの影響は不可欠なのだから。世界を変えた、なんて、非常に的を得た言い回しではある。


「アタシはずっと一人で。それで良いって思ってたし、言い聞かせてたけど。本当は周りが羨ましかったし、憎かったんだ」

「……羨ましくて、憎い?」

「うん。なんかさ、当たり前みたいに人と友達になれるし、当たり前みたいに一生懸命になれるものがある。そんなのって、ズルいなぁって」


 当たり前みたいに、仲間が居て羨ましかった。

 自分はいつも仲間から外れているのに。ひとりぼっちで穴の中で過ごしていたのに。

 ――それが、どうしようもなく、羨ましくて、憎かった。



「しかもさ、必要な時だけ頼るんだよ。バスケだって、アタシが入れば勝てるから。チームには入れるけど除け者で」



 私が居れば、食料が手に入るから。群れからは外さない。けれど皆、遠巻きに、近付いてくるのは、ご飯を渡す一瞬だけで。



「でもさ、コタと会って。そりゃ最初は仲良くなる為に会いに行ってた訳じゃ無いんだけどさ。でもコタと居て、変わったんだ。世界が広くなって。大袈裟だけど、捨てたもんじゃないなって思えたから」



 彼に会って、私の世界は変わった。

 文字を教わり、広い世界を知った。火の温かさを知り、人の温かさを知り――そう、捨てたもんじゃないなって、思ったんだ。



「満月ちゃん?」



 三条遂叶が呼んでいる。

 目の前に居るのは、三条遂叶だ。ゲームの中のキャラクターで、プレイヤーに恋をしている。それだけの、事のはずだ。


「顔色悪いよ? 具合、悪い……?」


 心配そうな声を出して、身を乗り出して此方を覗き込む三条遂叶。その目は、硝子みたいにキラキラしている。

 あの頃の自分も、そんな目をしていたのだろうか。


「遂叶ちゃんは、今、幸せ……?」

「うん。……幸せだよ」


 あの頃の自分も、そう答えただろうか。

 





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