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14.おっぱいが



「別に逃げてないですよ」

「逃げんじゃん。裏門でも、逃げた」


 なんで俺だとバレているんだろうか、少し考えてはみたけれど、思い当たる節は水無月仁美の他に無い。


 あの用務員が、告げ口したのだろう。


 八重歯を見せながらダブルピースをする姿が、頭に浮かぶ。張り倒してやりたい。


「ちょっと、アンタに話あるんだけど」

「俺は、別に無いですよ」

「アタシはあるし」


 振り向いた事により、制服から手を離してもらう事には成功したが、スタートがこの距離では、三条遂叶から逃げる事は難しそうだ。


 三条遂叶は女子バスケ部に所属するバチバチの体育会系女子。

 俺はこの数日間、既に睡眠に時間を費やしている為、初期値よりも運動パラメーターが下がっている筈だ。

 逃げ切れる筈がない。


「アンタすぐ逃げるから、あそこ座って」


 指差されたのは、例の、荒らされた花壇だ。

 土で尻が汚れるので、嫌だが?


「何首傾げてんの、座ってってば」


 三条遂叶は譲る気がないらしい。

 このまま取っ組み合いにでもなれば、痴女化する可能性も無くは無いので、此処は大人しく従う事にする。


 正直、俺は三条遂叶と関わりたく無かった。


 三条遂叶は運動パラメーターを上げた際に現れるキャラクターだが、吾妻咲ルートにも深く関わりのあるキャラクターだ。


 吾妻咲ルートと、三条遂叶ルートは、知能と運動の対極に位置すると見せ掛けて、複雑に交差している。

 前者は運動音痴の改善、後者は勉強を見ると言う名目で、各々との絆を深めていく為だ。


 必然的に両方のパラメーター上げが必要となり、大抵同時進行となってしまう。


 主人公を介して友人になった、吾妻咲と三条遂叶は、次第にお互いが主人公に対して恋心を抱いている事に気付き、ライバル関係になるのだ。


 吾妻咲と三条遂叶が出会う事。

 それは、おっぱいでおっぱいを洗う惨劇へのスタートラインに立つと言う事だ。


 吾妻さんと知り合ってしまった以上、万が一を潰したいので、三条遂叶と関わるべきではないのである。


「まだ逃げる方法考えてんの?」

「考えてませんよ」


 何故溜息を吐くのか分からないが、三条遂叶は呆れた様子で俺を見ていた。

 それから、花壇の縁に腰を下ろした俺に対して、所謂仁王立ちで目の前に立つ。



「話ってのはね、吾妻さんについての事なんだけど」



 俺は、目をこれでもかというくらいに、かっ開き、目の前の三条遂叶を凝視する。



 ――俺は、既に、スタートラインに立って……いた……?



「聞いてる? 吾妻さんについての事なんだけど」


 二回も言わなくていいんだけど。

 今ちょっと物事を整理している最中なんで。


 答えもせずに、今後の展開についての対策を考えなければと動揺していた訳であるが、三条遂叶は、それが気に食わなかったらしい。

 目線を逸らしたままでいる俺に向かって、三条遂叶は、手を伸ばした。


 左右の頬に柔らかい指先が触れる。

 それから、ぐいと、その頬を潰された。


 体育だったり、部活の朝練を終えた後に、女の子からする香りが、微かにする。

 彼女の設定上の性格からして好まなそうな、ほんのり甘いベリー系の香りがして、それが逆に、酷くリアルに感じた。


 驚いて三条遂叶を見れば、その大きな瞳が真っ直ぐ、俺を覗き込んでる。

 春先の海みたいな色をした瞳だ。

 山からの雪解け水を含んだ春の海は、暖かな陽気に反して、とても冷たい。


「毎日毎日、訪ねて来てるよ。田中太郎さんは居ませんかって」

「吾妻さんが?」

「友達なんだってさ」


 そんな筈がない。


 俺の知能パラメーターは、前述した運動と同様に、当初と比べ落ちているはずだ。

 吾妻咲ルートのための、必要条件を、俺の知能は大きく下回っている筈なのに。


「何で?」

「いやだから、友達なんだって……!」


 酷く苛立った様子で、三条遂叶はきゃんきゃん吠える。

 これだけ近くに居るのだから、叫ばなくても聞こえるのに。


 恐らく、面倒だという気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。

 無駄だと悟った三条遂叶は、俺の頬を解放し、仁王立ちのポーズへ戻り威嚇を続ける。


「なんでそんなに、逃げるの。必要とされてんじゃん」

「吾妻さんが訪ねて来ているのは、知らなかった」

「じゃあ、今から会いに行きなよ」


 それは――、


「無理……、かな」


 拒絶の言葉を、三条遂叶は許さなかった。


「アンタねぇ……!」


 怒りを孕んだ言葉を吐きながら、彼女は俺の方へ一歩近付くと、制服の胸倉を掴み上げ、俺を立たせにかかる。


 俺だって立派に男子なのに、三条遂叶は臆さない。


 自分よりも背の高い俺を、腕力だけで立ち上がらせると、三条遂叶はぐいと身を寄せた。


 いや、悠長に思考に浸ってる場合じゃないわこれ、ちょっと、待て、待て待て待て待ておっぱいが――





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