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139.好きって言われた?





 ああ、俺。この構図見た事があるんだよなぁ。

 あの時は、吾妻さんが手を引く側で、三条さんが手を引かれる側だったけれど。


「で、鴎太は?」

「あ、忘れてた……!!」


 酷く慌てた様子で後ろを振り返る三条さん。彼女は、穂波と手を繋いで帰って来た。


「穂波ちゃん、此処で待ってて! 鳳凰回収してくるから!」

「走らないようにね」


 俺の隣に穂波を座らせて、三条さんは鴎太の元へ足早に向かって行った。

 吾妻さんの言う通り、誰も三条さんには勝てないのかもしれない。

 穂波の事を、穂波と呼んでいる三条さんを見て、そう思った。


「ハンカチいる?」

「……綺麗なやつか、」

「ちゃんと毎日取り替えてるし、今日はまだ使ってないよ」

「……くれ」


 まるで可愛げが無くて笑ってしまう。

 差し出された手にハンカチを乗せてやると、穂波はそれで目元を拭っていた。


「お前の、仕組んだことか」

「何の事?」

「三条遂叶が、私の所に来たのは……、」

「そんな訳ないでしょう。見てればわかるよね」


 その言葉で、穂波は押し黙る。

 本人も、わかっているんだろう。

 三条さんは、人がコントロール出来る類の子じゃない。

 真っ直ぐで、純粋で、そこに計算なんて含まれないから。此方の計算にも組み込む事が出来ない。


「……お前、敬語はどうした」

「もう、良いかなって」

「なんだ、それは」

「距離を置くつもりでいたけれど、三条さんを見ていて思ったんだ。俺は穂波にも幸せになって欲しい」


 穂波が此方を見て、目を見開く。

 本当に驚いているようで、少し笑えてしまった。

 暫くはそうしていたけれど、次第に怒りが沸いて来たんだろう。渡したハンカチを握りしめて、拳を震わせている。


「私の幸せを望むなら、これ以上首を突っ込まず、大人しくしていてくれ」

「それって本当に幸せ?」


 怒りを込めて睨み付ける様に細めた目を、また、見開く。

 多分、幸せでは無いはずだ。


 本当に、鴎太の幸せだけが自分の幸せだというのであれば、穂波は今此処に居ないだろう。

 穂波は、鴎太の手を離して、三条さんの手を取った。


 鴎太でなければいけない、という訳では無いのだ。


 穂波は多分、人に飢えている。

 自分に優しくしてくれた青年の手を取って、幸せを知ってしまったけれど、それを失ってしまった。

 父を得たけれど、父は自分を特別に想ってくれている訳ではなかった。

 鴎太と出会って、鴎太の一番になれた事が嬉しかった。

 けれど、その幸せは続かなかった。


 愛される事に、飢えている。

 小さな子供みたいな穂波。それは、少し、日向に被るところがある。



「三条さんに、好きって言われた?」



 穂波は、返事をしない。

 多分、言われたんだろう。

 真っ直ぐに好意を向けられて、穂波はどう思っただろう。今まで蔑ろにして来た存在に、横っ面を叩かれた気持ちになっただろうか。



「仲良くしてあげてね」



 相変わらず、返事は無い。

 視線を落として、ハンカチを眺めている。

 こういう時、どうしたっけな。


 目の前に居るのは穂波で、この歪んだ世界を望んだ張本人。けれど、敵ではなくて、随分と人間臭い、神さま見習いの、小さな狐。



「――な……にをする……!!」



 小さな子供を宥める時に、頭を撫でるじゃないか。

 日向にするみたいに、手を伸ばして頭を撫でると、穂波はベンチからぴょんと飛び退いた。



「そういうのは、イケメンにしか許されないと相場が決まっている……!」



 中々辛辣な言葉を投げ掛けられたぞ。

 現代被れの子狐は「セクハラ」だのなんだの、けんけんと騒いで、顔を真っ赤にして怒っている。

 しおらしくされているのも落ち着かないし、これくらいで丁度良いだろう。


「元気でた?」

「全くだ……!」


 行き所を失った手をひらひらと振ってから、穂波に手を差し出す。

 怪訝そうに此方を見る様子が面白くて、笑えてしまう。

 しっかり顔に出ていたらしく、俺の様子を伺っていた穂波は殊更に怒りを溜めているようだけれど。こうなったらダメ押しに、もう一言くらいくれてやっても良いだろう。



「俺とも、友達になる?」



 ぶわわわ、と。猫が毛を逆立てるみたいに、桃色の髪が膨らむ。

 どういう原理になっているのだろうか。

 そこに気を取られていると、穂波は俺の手を思い切り払った。

 ぱちんと乾いた良い音が鳴って、弾かれた手をもう一度ひらひらと振ってみせる。真面目に、痛い。



「私は……! お前が嫌いだ……!!」



 捨て台詞。吐いたが早いか、穂波は入り口の方へ向かって走って行った。

 三条さんに駆け寄るのか、鴎太に駆け寄るのか、見に行きたい衝動はあったけれど、俺は大人しくこの場で待つ事にする。


 全員を幸せにするなら、やっぱり、世界を壊すしかない。


 そこまで考えて、その先を考える事はやめた。

 自分のしている事の正当性を必死に探している俺は、誰よりも一番、臆病で卑怯なんじゃないだろうかと、思ったからだ。



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