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138.待っててね




 二人並んでベンチに腰をおろして、三条さんの言葉を待つ。

 暫く待ってはみたけれど、三条さんは黙ったままで、何かを考え込んでいるようだった。


 慎重に、言葉を選んでいるんだろう。

 三条さんは話す事が得意では無い。


 普段ならば、いくらでも待つよと言う所だけれど、穂波と鴎太が追い付く事も考えると、そんなに悠長にしている暇も無い気もする。


「三条さん、言葉選ばなくても良いよ」


 俺に掛けてやれる言葉はそれくらいで、でも、それくらいでも背中は押せたらしい。

 視線を落としたまま、迷いながらといった様子で、三条さんは口を開いた。


「好きな人と、一緒に出掛けて。でも、満月ちゃんはそんなに楽しそうじゃない」

「うん」

「元々、満月ちゃんが提案してくれたんだ。コタを誘って出掛けようって」

「そうなの?」


 まあ、そうだろうと思っていたけど。

 三条さんが提案者なら、吾妻さんやヒナちゃんや、五十嶋桂那も誘ったはずだ。


「二人は無理って言ったら、じゃあ自分も行くからって、満月ちゃんが言ってくれて。それじゃあ鳳凰も誘おうよって流れだったんだ」

「本当は鴎太と出掛けたくなかったんじゃないかって?」

「うん。余計なこと、しちゃったのかな」


 穂波は、そりゃあ、鴎太と出掛けたくはなかっただろう。

 鴎太と関われば関わる程、自分の正体がバレる可能性は高くなる。

 バレる事が怖いのは、きっと鴎太に『こんな事は望んでいない』と言われる事が、恐ろしいからだ。

 ――それでも、


「余計な事なんかじゃ、無いと思うよ」


 そう、余計な事だと思っているはずがない。

 穂波は、この日を回避しようと思えば出来たはずだから。

 三条さんの記憶を変えて、俺と二人で出掛けるように仕向けることも出来たはずなのに、穂波は改竄を行わずにこの日を迎えている。


 理屈では鴎太に関わるべきではないと分かっていても、側に居たいからだろう。

 或いは、後から、クイックロードで自分に都合の悪い所を改竄するつもりかもしれないけれど。


「二ノ前さんは、別にドタキャンする事も出来たし、鴎太に伝えて、俺と三条さんを二人で出掛けるように仕向けることも、出来たと思うよ」


「……うん」


「それでも今日、此処に来たってことはさ、二ノ前さんは鴎太と出掛けたかったって事でしょ」


 いまいち納得していない様子ではあるけれど、三条さんは小さく頷いて、尚も思い悩んでいるみたいだった。

 弱い子だから。間違う事が、怖い子だから。


「俺にもね、そういうジレンマはわかるよ。避けなきゃいけないし、側に居ない方が良いのに、それでも側に居たいと思ってしまう事」


「……コタは、誰の事でも避けるもんね」


「三条さんと今こうして話してるよ」


 ようやく視線を上げた三条さんが、俺を見る。

 蒼い瞳が、照明の光を浴びて、薄暗い中で輝いてみえるから、笑ってしまった。

 海の底から空を眺めているみたいで、水族館に一番映える色をしている。


「満月ちゃんって、コタみたいなんだ」


「そうだね、俺みたいだ」


 おかしな感想に、笑ってしまう。

 俺は穂波ほど、素直にはなれないし、直向きにもなれない。穂波ほど、物事に立ち向かえてもいない。どちらかと言えば、三条さんの方が穂波に近い気さえするのに。



「じゃあアタシ、満月ちゃんの事、好きだ」



 ――間接的に告白された?

 いや、人として好きという方向で受け取るか。

 ぎこちなく笑ってみせたけれど、三条さんはもう、俺の事を見ていない。ふいと顔を背けて、二ノ前さんと鴎太が居る方向を見ている。

 心臓に悪い独り言はやめてほしいなぁ、なんて口に出して批判する気にはなれないけれど、溜息だけは吐いておいた。



「三条さん、飲み物買って来てくれない?」

「へ?」

「入り口の方に、自販機あったから」



 そんなに気になるなら見ておいで、と暗に示すと、三条さんはぎゅうと拳を握る。伝わったらしい。


「ついでに様子見て来たら?」

「……うん、そうする」

「好きって告白してくればいいよ」

「そんなの、しないし……!」


 ばっと立ち上がって叫んだ三条さんは、それで決心がついたらしい。


「ちょっと、行ってくる」

「うん。いってらっしゃい」

「……待っててね」

「待ってるよ」


 それからは、もう振り返りもせずに、元の通路へ小走りに向かって行った。

 敵に塩を送るじゃないけれど、三条さんを穂波の元へ送って、一体どうしたいんだろう。

 悪手な気もするけれど、妙に清々しい気分になって、癪なのでもう一度溜息を吐いておく。


『全員が幸せに、なれれば良いのに』


 そうだな、俺は別に、穂波が不幸になれば良いとは思っていないんだ。



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