表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

137/151

137.ちょっと、話そうか




 チケットを窓口で出して、入館を果たした鴎太は、一目散に駆け出した。

 躾のなっていない犬を散歩する飼い主みたいに、連れて行かれた二ノ前さんの背中に心の中で合掌をする。勿論、追いはしない。


 そもそも、ダブルデートで水族館だなんて、別行動する気満々のチョイスな気がする。

 遊園地なんかであれば、一緒にアトラクションを回るから、必然的に団体行動だ。――この面子で、遊園地を選ばれるとそれはそれで地獄なので、それが良かったって訳では無いけれど。


「あはは、本当に、鳳凰すごいね」

「小学生でもあんなに喜びやしないよな」


 結局別行動になった俺と三条さん。もうきっと追い付く事も無いんだろうなと思ったけれど、その予想は意外にも裏切られた。


 入って初っ端にある小さな水槽の所に、大人しくなった鴎太がいた。

 近付いてみると、きらきらした瞳で、その水槽を凝視している。

 水槽を展示しているんじゃないかと思えるくらい、小さな小さな魚の泳ぐ水槽が、鴎太はよっぽど気になるらしい。

 取り敢えず十分は待ってみたが、一向に動く気配は無い。


 そう言えば、日向も、小さな頃に動物園に行った時。ペンギンの前で二時間動かなくなった事があったし、子供ってそんなもんなんだろうか。



「えっと……、先、行っててもいいよ?」



 蚊の鳴くような声で、穂波が鳴いた。

 何かを企んでいるなら、俺と三条さんの側に居たいだろうに。それでも、鴎太の手を振り解く事も出来なければ、先を促す事も出来ないらしい穂波は、折れた。


 此方を見た三条さんの顔には『どうしよう』と書かれている、みたいに見える。


「行こうか、三条さん」

「……うん」


 三条さんは少し迷ったような素振りを見せて、それから小さく頷いた。

 三条さんも、鴎太と二ノ前さんを引っ付けたい訳だから、側に居たいのかもしれない。

 とは言え、この状況では外野は邪魔以外のなにものでも無いだろう。


 鴎太を待っている間に周囲の水槽は見て回っていたので、次のコーナーへ移動する。


 薄暗い館内は、酷く静かだ。流れる水の音と、時々他の来館者が声をひそめて会話する声。雑音というには心許なくて、何か話をしなければいけない気に、なってくる。



「思ってたより、規模は大きくないんだね」

「商業施設に隣接してる所だからね。海の方に行けば、おっきい水族館もあるんだよ」



 取り立てて意味の無い会話は、一往復で終わってしまった。

 重たく鎮座する沈黙から逃れるために話題を探していると「コタ」と名前を呼ばれる。


「どうかした?」

「満月ちゃんはさ、ちょっと悲しそうだったよね」


 悲しそう、そう言われてみれば、そうかもしれない。

 照れている風には見えなかったし、何かを考えているように見えた。

 俺は、きっと何か目論みが外れたのだろうと解釈したが、三条さんにはそれが悲しそうに見えたらしい。


「なんかさ、辛そうだった」


 不安そうに、俺を見る三条さんの瞳は揺れていた。

 優しい子だから、友達になった穂波の様子が気になるんだろう。


「ちょっと、話そうか」


 館内には、所々ベンチが設置されている。

 その中で一番近いものを指差して促すと、三条さんは小さな声で「ありがと」と礼を言う。

 少し気不味そうにしているのは、自分が俺の思惑と外れた行動を取っていることを、気にしているんだろう。

 俺は利用しようとしていた訳だから、そんな事、気にしなくても良いのに。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ