135.コタは弱いもんね
「ちょっと、鳳凰くん?! 走るのはやめて……?!」
駅を出て早々に目を輝かせて駆け出した鴎太を、穂波が必死に追いかける。
二ノ前満月が――というよりは、穂波が、叫んでいる所っていうのは、中々の物珍しさがあった。
そういえば以前、部長を決める時のじゃんけんも本気で動揺していたし、自分のペースを乱されるのが苦手なのかもしれない。
水族館といっても、商業施設と隣接した小さな水族館らしく、駅はその商業施設に飲み込まれる形になっているらしい。
雨天のデートスポットとして賑わっているのか、この駅が間近になると車内の人口密度も増していた。
そうして周囲の人が増えるにつれて、鴎太のテンションは最高潮に達し、爆発したわけだ。
「あはは、鳳凰こどもみたいだね」
「水族館来たことないみたいだから」
取り残された俺と三条さんは、仕方がないので、誘導看板に沿って二人で水族館を目指す。
序盤から別行動って、どうなんだろうか。
穂波が何を考えているかは分からないが、分かれている分には何か行動を起こす事も出来やしないだろう。――何一つとして好転しないまま、骨折り損で解散になる可能性も高いけれど。
「アタシは小学生の頃に遠足で来た以来かも」
鴎太に当てられたのか、空元気なのかは定かで無いが、三条さんも少し調子を戻したようだ。心無しか楽しそうな様子で、少し安心した。
「走る?」
「走らないし! というか、アタシが走ったらコタは追いつけないよ」
悪戯が成功した子供みたいに笑う。三条さんが本気を出して走れば、先を行った鴎太でさえも追い抜けそうなので、俺の運動不足は関係無い気もするんだが。
突っ込んでやろうかとも思ったけれど、楽しそうにしているので茶々を入れる事も無いだろう。
「でも、どうせならさ、ゆっくり行こ。満月ちゃんと鳳凰、一緒にしてあげたいし」
――三条さんって、二ノ前満月の事、下の名前で呼んでたっけ。
そんな疑問を抱いたけれど、穂波の事だから、俺の行動を制限する為に、三条さんと距離を詰めているんだろう。
元々、穂波に近付ける気でいたのに、いざ距離が縮まっているんだと実感すると、胃の辺りがざわざわする。
巻き込んでいるし、危険に近付けている。
「アタシね、鳳凰と満月ちゃんに上手くいって欲しいんだ。元々はコタに頼まれた事だったけど、今はアタシがそう思ってる」
「二ノ前さんと仲良くなったんだね」
「うん。近寄り難い人って思ってたけど、なんかコタと似てるから」
「俺と?」
「そうだよ。……人をね、遠ざけようとしてるんだもん。鳳凰の事すら、遠ざけようとしてる」
確かに、その点で言えば似ているのかもしれない。
穂波は、神なのだから。わざわざ二ノ前満月の姿を借りずとも、穂波として鴎太に会えば良かったのに。
――いや、其処も似ているのか。俺が日向を遠ざけて、自分の存在が邪魔だと感じているように。穂波も、鴎太に普通の男子高校生として生きて欲しかったのかもしれない。
そのくせ側を離れられない辺りが、とても似ている。
「似てないと、思うよ」
口ではそんな事を言いながら、笑ってみせたけれど。
見たくなかった、見えない振りをしていたものを見てしまった気がする。
これ以上、考えてはいけない事柄だろう。
ドツボにハマって動けなくなってしまう。
「二ノ前さんは、俺よりずっと、素直で強い人だから」
「……そっか。確かに、コタは弱いもんね」
妙に納得したような顔をして、三条さんは頷いている。
そんな肯定のされかたは少し不本意ではあるけれど、事実なので否定も出来ない。
そうだ、俺は弱いから。
そんな言い訳と一緒に、俺は穂波の気持ちに、蓋をした。