134.水族館行けんの?
穂波の思惑が、見えない。
「今日はね、雨だから水族館にしよう!」
「……ごめん、三条さん。まずコレって、何の集まり?」
「遂叶ちゃん、デートしようって送ったんじゃないの?」
その一言があれば、俺は断っていたかもしれない。
真っ赤になって外方を向く三条さんを眺めながら、こっそり溜息を溢した。
三条さんの事だから、そこに意図や計算があった訳では無くて、単純に恥ずかしかったから素っ気ないメールになったんだろうけれど。
「晴れたら動物園にしようって話になってたんだけど、雨降っちゃったねぇ」
至極残念そうな口振りなのに、二ノ前満月は終始笑顔で楽しそうにしている。――というか、それよりも。
「……オレ、水族館行けんの?」
まるで奇跡が起きたとでも言う様に、小さく小さく呟く声を聞いてしまった。間抜けに呆けた顔をして、随分遅れて目を潤ませる鴎太。
いよいよ、帰るとは言えなくなってしまった。
――幼い頃から病院暮らしなら、そりゃあ水族館なんて、行った事ないよなぁ。
―――
日曜日の真昼間なだけあって、水族館へ向けての電車は割合混み合っているようだった。
とは言え、席が全て埋まっているという程でも無い。
疎らに空いた席を選んで、二ノ前満月と鴎太、俺と三条さんのペアで分かれて、ちょうど真向かいに座った。
ぽっかり空いた時間は、物思いに耽るには丁度良い。
穂波は、何を考えてダブルデートだなんてふざけた事を言い出したのだろうか。
鴎太を水族館に連れて行ってやりたかったなんて、そんな理由で無いのは明白だ。
当の穂波自身も、鴎太のリアクションに戸惑っている。並んで座る鴎太がそわそわと落ち着きの無い素振りを見せるので、終始苦い顔。想定外である事は明白だ。
流石に電車の中で騒ぐような事はしなかったけれど、乗り込む前は青くなったり赤くなったり大変なもんだった。
俺に対しての申し訳なさと、水族館に行きたいという欲望の狭間で葛藤しているようだったので、気を遣ってしまう程だった。
今は、俺の「お前はもう楽しんでろよ。構わねえから」という言葉を受けて、漸く落ち着きを取り戻し、何とか大人しく座っている。
『人に肩入れしてはいけないよ』
いつかの夢の、猫丸の台詞が頭を過ぎる。
あれは何も人で無い者に限った事ではなくて、人間同士にだって言える言葉だ。
抱え込めば抱え込む程、身動きが取れなくなる。
鴎太の幸せなんて、知ったこっちゃない。
自分が有利に動く事。望む結果を手繰り寄せる為には、常に打算的でなくちゃいけないはずなのに。
「ねえ、コタ」
隣に座る三条さんが、俺に身を寄せて小さく囁く。
電車の中だから、あまり話すのも良くないんだろうけれど、周囲の人間は皆耳にイヤホンを突っ込んでいて、此方の事なんてまるで気にはしていない。
「どうかした?」
極力声を抑えて、三条さんの方は見ないまま返事をする。
暫くの沈黙の後、三条さんは続きの言葉を口にした。
「……怒ってる?」
親の顔色を伺う子供みたいだ。
怒らせるような事したの、なんてそんな意地の悪い事でも言ってやりたかったけれど、口をついて出たのは「怒ってなんてないよ」なんて、当たり障りの無い言葉だ。
おまけに、気を遣って変に優しい声色で。
「アタシさ……。どうしたら、良いのかな」
今度は、独り言みたい。
答えを俺に求めてどうするの、なんて言えば三条さんは困るんだろうか。困るんだろうなあ。
そうしたら、また俺はそんな事は言えず仕舞いで、三条さんの求める答えを探すしかない。
「水族館。……楽しめばいいんじゃないかな」
「――うん」
吾妻さんは、三条さんに振り回されれば良いと言ったけれど。この様子だと、三条さんが穂波に振り回されているんじゃないだろうか。
当の穂波は鴎太に振り回されているんだから、この行動の結果は誰にも見通せない。