133.小学生みたいだよな
「コタロー」
人好きのする笑顔を代名詞にしたら如何だろうか、と思える程に屈託の無い笑みを浮かべた鴎太は、右手で傘を差し、左手を掲げてみせた。
上へ伸ばした左手につられて、右手まで上へ動かすもんだから、ぴょこぴょこと上下する傘がなんとも間抜けだ。
「小学生みたいだよな」
「出会い頭に何?」
豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をする鴎太の事は放置して、辺りを見回す。
人影は、見当たらない。
「待ち合わせか?」
「うん」
「誰と?」
「コタロー、二ノ前さん、三条さん」
日曜日、校門前で。昼の一時に。
先日の、俺のメールに対しての返信はそれだけで、多分待ち合わせなんだろうとは判別がついた。けれど、その面子は予想外だ。
三条さんと二人なら良かったのに、と思えてしまえるくらいに、気不味い。穂波は勿論として、鴎太と顔を合わせるのだって、神社に向かったあの日ぶりなのだから。
いつ穂波が現れるか分からない場では、あの日の話も、五十嶋桂那の話も、適した話題とは思えない。
俺が特別話題を振らないのはいつもの事だが、鴎太までもが沈黙を貫くもんだから。雨雲におぶさられているみたいな、何とも言えない気分だ。
「……会えたんだってな」
「あ、ああ。……ゴメン」
「なんで謝んの」
「……誰か一人でも、元の世界に帰りたいと思うのなら。オレは元の世界に帰るための方法を探さなきゃいけないから」
暗い顔をしてそんな事を言う奴に、返す言葉なんて見当たらなかった。
暗い顔もするだろう。コイツにとって、元の世界に戻る事は死ぬ事を意味するんだから。
加えて、この世界に居れば、鴎太は穂波に会うことが出来る。
つまり、元の世界に帰りたいと思えなくて『ゴメン』だ。
謝る必要なんて、微塵も無い。
――ただ、俺はそれを言ってはやれないから。そこから先は、会話なんて、無かった。
「二人とも早いね」
雨粒が傘を叩く音を聞いていると、聞き慣れてしまった声がする。甘ったるい声の出所に視線をくれると、そこには二ノ前満月が立っている。
イベントスチルになりそうなくらいに、綺麗な笑みを浮かべる二ノ前満月。白地のシャツワンピースを着て、踵の低い同色のパンプスを履いて。清楚を身に纏った彼女からは、穂波の影を見る事は出来ない。
完璧な、二ノ前満月。
おまけに傘まで、桃色の小花の散った可愛らしい柄をしていた。
「二ノ前さんも、早いですね」
「でもちょうどくらいじゃないかな? 男の子って、時間にルーズかなぁって思ってた」
「雨降ってるのに、女の子待たせる訳にはいかないもんな、コタロー」
同意を求められても困ってしまう。
心理戦で後手を踏んでいる以上、物理的にも後手に回る事は避けたくて早めに来ただけなのだが。
「二人とも優しいんだね」
にっこり笑顔を浮かべるヒロインと、例の人好きしそうな顔をして笑う主人公。俺は本当に邪魔者な気がして、いよいよ逃げ出してやりたい気分だ。
「え、皆早くない? アタシ、遅刻してないよね!?」
声のした方へ視線を向けると、ぱちゃぱちゃと、水溜まりを散らして此方へ駆けてきた三条さんが立っている。何だか、救いに見えてしまった。
白いTシャツにデニムのハーフパンツ、腰に暗い色のチェック柄のシャツを巻いて、足元はスニーカー。防水仕様なのか、ピカピカしていて、三条さんっぽいなぁと、殊更の安心感がある。女の子の私服を見て、安心したなんて酷い話かもしれないけれど。
「今集まったところだよ」
「よかった……」
安っぽいビニール傘の下で、花が咲いたみたいに笑う三条さん。
それがとても場違いに思えて。振り回される事を覚悟したはずなのに、逃げてしまいたくなる。
「ダブルデートだね」
とてもとても楽しそうに笑う二ノ前満月の声が聞こえて、まるで逃がさないと退路を固められているみたいだなぁなんて、ぼんやりと思った。