132.無責任ですよ
「物事が何にも上手くいかなくて、どうしたもんかと考えていただけですよ」
「そんなに、万事休すって感じなの?」
俺はそんなに、絶望の底にでも居るような顔をしていたのだろうか。
万事休すかと言われれば、確かに、どう策を練り直すか途方に暮れてはいたけれど。
「立ち止まらなければ、何とかなったりするもんだよ」
「無責任ですよ」
「無責任だって判別のつく君にだから言うんだよ」
水無月仁美は悲しそうに笑ってみせる。
どうしてそんな顔をするのか、計りかねて言葉は返せなかった。
「悩んでいる子を見てもね、結局何にもしてあげられないし、言ってあげられないなぁと思うんだよ」
自嘲するみたいに言いながら、ソファーの背に身を預けた彼女の顔は見えない。
ただ、言いたいことは分かる気がする。
俺が日向に手を差し伸べてやれなかったみたいに、水無月仁美も生徒に手を差し伸べてやれないのだ。
その後の人生そっくり面倒を見てやれる訳では、無いのだから。
「私はねぇ、悩んでいる子をみていると好きなだけ悩めって言いたくなるんだよね。君は所詮ひとりぼっちで、私は助けてやれないし、誰も助けてやれないんだよってね」
「鬼ですね」
「そうなんだよねぇ。だから結局当たり障りの無い言葉しか言えないんだけどさ。慰めろって難しいよねぇ、アドバイスしろならいくらでも一緒に考えるんだけどね」
「……よく、わかりますよ」
あはは、と乾いた笑い声が響いて、消える。
横目で盗み見た水無月仁美は、下を向いて、指先を遊ばせていた。
それが、あんまりにも彼女らしくなくて、罰が悪くて、ただただ自分の後ろ髪を撫でた。
「自分自身が足掻くしかないんだよ、少年。自分を救ってやれるのは、結局のところ自分しか居ないんだものね」
似たような事を、吾妻さんにも言われたなと、思い出す。
確かに、足掻くしかないし、振り回される他にない。
こんな所で不貞腐れていても仕方がないし、誤った選択を修正するために、奔走するしかない。
悩んでいるだけでは、何も好転しやしないのだから。
「ありがとうございます。俺は、ちょっと甘え過ぎていたのかもしれません」
誰かが、助けてくれるから。
背中を押してくれるから。
協力してくれる人が居るから。
「うん。そうだよ、少年。君は甘え過ぎなんだよ」
調子を取り戻した様に、お気楽な声音で言葉を合わせた水無月仁美は、いつもみたいに笑ってみせた。
それはまるで、背を押してくれているみたいで、結局俺は人に甘え過ぎているのかもしれない。
もう一度感謝の言葉を述べるべきか、考えていると、ポケットが震える。携帯電話を取り出すと、メールを受信したらしく、待受には新着メールが一件と表示されていた。
「誰から誰から?」
聞いてどうするんだろう。
無視を決め込むと、安堵したみたいに笑うもんだから、この人は本当にキャラクターの使い方が上手い人だなと舌を巻くしかなかった。
「じゃあ、私は仕事があるから行くね。あんまり此処に長居しないでよー」
ひらひらと手を振る水無月仁美は、出て行けとは言わない。
「ありがとうございます」
やっぱり、もう一度お礼は言っておこう。
そう思って投げ掛けた言葉を背中に受けながら、水無月仁美は用務員室を後にした。
ちかちかとランプの明滅する携帯電話を操作して、受信トレイを開いてみる。メールは、三条さんから届いたものだ。
『今度の日曜日、ヒマ?』
要件だけの、簡潔なメール。
その背後に穂波の思惑があるのか、三条さんの暴走なのかは分からないけれど、俺はもう流れに乗る他に選択肢が無い。
『ヒマだよ』
慣れないガラケーで文字を打ち込んで、四文字だけ。送信ボタンを押した指に、後悔は無かった。