13.推しへの愛が足りないな
俺が――、俺たちがこの世界に来てから半月の時が流れた。
四月も半ばを過ぎた頃。
通常授業が始まり、各々が戸惑いながらも、学生生活を謳歌している。
謳歌せざるを得なかった、といった方が正しいのかもしれない。
入学式の翌る日、懲りずに騒動を起こした馬鹿が、三日間の謹慎を言い渡された。
三日の間、暇をしているだろうと、そいつの友人が電話を掛けてやったらしい。
しかし、鳴らせど鳴らせど電話に出ない。
三日後、登校して来たそいつに、友人は「何故電話に出なかったのか」と聞いたらしい。
そいつは、こう答えたそうだ。
「謹慎を言い渡されたその日、学校から出たら、ベッドの上に居た。携帯を見たら、日付が今日の朝になっていた」
また、別のやつがその話を聞き、怖いもの見たさから「明日は学校に来ない」と宣言をした。
翌々日、登校して来たそいつは「昨日朝起きて、今日は学校に行かないと心に決めた瞬間に、俺はベッドに横たわっていて、携帯を見たら今日だった」と、呆けた顔で語った。
どうやら、俺たちには青春を謳歌する以外の権利が無いらしい。
例えば、退学になった場合。
時間の流れはどうなるのだろうか。
その場で元の世界に戻されるのか? この世界での生活が続くのか?
考えた所で、答えは出ない。
実際にそれを実行したやつであれば答えに行き着く事も出来るだろうが、その答えを伝える術は、何も無い。
自分たちが何か、争いようの無い大きなものの手のひらの上に居る事を、恐れるやつも居たし、楽観視して今を楽しむやつも居た。
相変わらず、教室の中や廊下で肉団子が形成されるのを頻繁に見掛けるし、教室で男子同士のグループを作り適当に日々をパラメーター上げに費やしているやつらも居る。
各々が各々の答えを探した半月間が過ぎた訳だけれども、俺は、すべてを傍観していた。
格好つけてるとか、そういうんじゃない。
単純に、推しへの愛が足りないな、と蔑んでいた。
―――
「なあなあなあなあ、コタロー。毎日どこで授業サボってんの」
「お前にだけは絶対言わねえな」
「ケチだよなー、ほんっと」
唇を尖らせる鴎太を無視して、教室を後にする。
金魚の糞は付いてくるなと言えば、ついて来ない程度の聞き分けはあるらしい。
聞いてくれないともなれば、ウォシュレットの刑に処す他無かったが、こいつは案外人との距離の取り方が上手い。
着脱可能なウンコは、存外使い勝手が良かった。
邪魔なウンコを外した俺は、旧校舎を目指して歩く。
目指すは旧校舎裏。
桜の木の近くまで行けば、窓の鍵が壊れた教室がある。
部室として使われている形跡の無いその教室は、一等お気に入りのお昼寝ポイントだった。
「タナカコタロー」
俺を呼ぶ声が聞こえたのは、丁度旧校舎裏の、桜の木の元に辿り着いた時だった。
ハスキーな女の子の声、というと想像に易いだろうか。
女子高生にしては少し低く落ち着いた声。
声の高い少年とも取れるような声だ。
「待ってよ、タナカコタロー」
俺の事をそう呼ぶ奴は、一年A組の人間だけだ。
鴎太が広めた、俺ともうひとりの太郎を区別するための名前。
その名前を知っている女子生徒で、特別な自我を持って行動するやつを、俺は一人しか知らない。
「アンタ、ほんっと良く良く逃げんのね」
制服をぐいと掴まれて無理やりに引き留められてしまったので、観念して振り向くと、そこには青い髪の女の子が立っていた。
つり目がちの大きな瞳とばっちり目が合う。
彼女は前髪の部分を纏め上げ、後ろへ撫で付けピンで止めているので、良好そうな視界分、殊更に見られているという印象を強く受ける。
俺は人と目を合わせるのが苦手なもんで、斜め下に視線を逸らしてやったけど、変わらず突き刺さり続ける視線を、顔に感じた。
その女子生徒の名前を、俺はキチンと認識している。
――三条遂叶、一年A組に籍を置く、このゲームの攻略対象キャラクターの一人だ。