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129.その顔、やめて




 たんたん、たん。

 階段を降りる音。


 俺の横を通り過ぎて行った三条さんは、俺の顔を見なかった。

 そうして、その後ろ姿を、五十嶋桂那が追いかける。

 俺の事を一瞥だけして、それからは此方を振り返る事もせずに、三条さんへ着いて行ってしまった。



「それぞれ、譲れないものがあるんだよ」



 階段の丁度折り返し地点の、手摺りの辺りから声が降ってくる。

 いつか、聞いた言葉だった。



「それを、二ノ前さんが言うんですか」


「きみは時々忘れてしまうみたいだから」



 見上げた二ノ前さんの顔は『二ノ前満月』の笑顔だった。

 穂波ではない。ゲームの中の、二ノ前満月の顔をしている。

 自分に都合の良い展開に機嫌を良くする程度には、彼女は普通の感性を持ち合わせている。

 そう考えると何とかなる気がしなくもないが、思惑から外れてしまったことに違いは無かった。

 想定外にしたって、これは斜め上の展開過ぎる。



「どうする? 五十嶋桂那にも、三条遂叶にも、見放されてしまったみたいじゃあないか」



 追い詰めて楽しんでいる様にも聞こえるけれど、きっと安堵しているんだろう。

 お前一人じゃ何も出来ないと、暗に伝えている。

 だから、諦めろって。


 ――冗談じゃない。



「俺は一人でだって、この世界を壊すよ」


「ほう」


「だってさ、穂波。俺にも、他と違わず、譲れないものがあるんだから」



 計画の第一段階が白紙にされてしまったわけだから、強がりでしかなかったけれど。

 別に彼女は俺の言葉の裏を読める訳じゃないんだから、ハッタリくらいにはなるだろう。

 底が浅いと見透かされない為にも、ぎこちなく笑ってみせた。

 彼女の目にそれがどう映ったのか、定かではないけれど、彼女はただ目を細めた。

 その顔は、もうすっかり『穂波』の顔だ。



「何が気に入らない? 私はお前の望む様に世界を作ってやることも出来るんだぞ」


「切り取られた三年間に望むモノなんて何もないよ」



 眉間に皺を寄せる『穂波』にとって、切り取られた三年間が何よりも大切な事は理解している。

 けれどそれを配慮してやる道理は無いだろう。

 他でもない『穂波』が、他人の大切なモノを蔑ろにしているんだから。



「――何とでも、言えば良い。何れにしても、この世界を壊す事なんて出来やしないんだ」



 今更甘言に揺らいだりしないと、早々に見切りをつけたのだろう。

 そんな捨て台詞だけを残して、彼女は俺の横を通り過ぎ、階段を降って行った。

 ふわふわと揺れる桃色の髪をぼんやりと眺めながら、そう言えばと思い出した事があったので、口を開く。



「穂波」



 ぴたりと立ち止まった彼女は、振り返らない。

 聞き入れて貰えるとも思っていなかったので、立ち止まって貰えただけでも十分だろう。

 その背中に向かって、俺は言葉を続けた。



「お前は間違ってるけど。俺も間違えたかったよ」



 振り向いた『穂波』は、心の底から忌まわしそうに顔を歪める。

 けれどもそれは、あんまり気にはならなかった。


 音にしてしまうと、随分すっかり馴染んでしまうもんで、心の中が驚きに占拠されてしまっていたからだ。


 俺も間違えたかった。

 肩入れしたかった。

 日向を、受け入れてやりたかった。

 でも、出来やしなかった。

 その選択はどん詰まりでしか無くて、何の解決にもならない事を理解していたから。



「その顔、やめて」



 一言だけ、残された言葉でようやく『穂波』が不快そうにしていた理由に思い至る。


 きっと、俺は、ひとりぼっちの顔をして笑っていたのかもしれない。





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