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127.皆が幸せになればいい





 窓の外はざあざあと雨が降っていた。

 記憶する限り、この世界初の雨天である。


 傘を差して登校する男子生徒は、不安に声を大きくさせて、口々に言っていた。

 良くないことが起きるんじゃないかって。


 そんな日に、俺は五十嶋桂那を連れて、廊下と階段の交わる曲がり角に隠れている。

 目的はB組の覗き見だ。

 その教室の扉の前に、三条さんが立っている。

 拳を握り、覚悟を決めるみたいに、下を向きながら。


 こんな事をしていれば、肉壁が築かれそうなもんだが、誰も俺たちを囲む事はしなかった。

 以前、鴎太が言っていた通り、俺は一年男子生徒に異端視されているんだろう。

 不吉な日にわざわざ近寄りたくは無い存在、なのかもしれない。


「これって、何の意味があるの」

「意味っていうか、まあ。部活動……だね」


 俺と一緒に身を隠す五十嶋桂那が、問い掛ける。

 彼女を連れてきたのは、三条さんに協力してもらう上での副産物として狙っているものの、一つの為だ。


 俺が『五十嶋さん』とクイックロードを繰り返す中で真実に辿り着いたように、逆を辿れば同じ現象が起きるんじゃないか。


 二ノ前満月が鴎太と絡めば、クイックロードを使わざるを得ない状況も生まれやすくなるだろう。


 そんな狙いもあっての、作戦だった。



「それじゃあ、いくよ」



 窓を通して雨音が響く廊下に、三条さんの声が溶けて消えた。

 ごくりと、五十嶋桂那が喉を鳴らす。

 状況はあまり理解していないものの、三条さんと時間を共にする仲で、多少の情は芽生えているのだろう。

 そんな相手が真剣そのものの表情で扉に手を掛けるので、緊張が移ったみたいだ。



「二ノ前さん……!」



 声が、少し震えている。

 三条さんは、強い子じゃないし、拒絶される事が何よりも恐ろしいと思っている子だから。

 自分の呼び掛けに相手が応えてくれないかもしれないという状況は、苦手なのだろう。

 無理を強いていることに心は痛んだけれど、これは三条さんにしか頼めないことだから。

 俺も、固唾を飲んで、見守った。



「ちょっと、顔貸してくれないかな」



 呼び出し方が不穏だ。

 校舎裏にでも連れて行きそうなソレだったけれど、声を掛けるだけで精一杯なのだろう。仕方が無い。

 頬を赤く染めて、目を瞑って、振り絞った誘い文句に、二ノ前満月は応えたらしい。

 ざわざわと、教室から言葉として成立しない音が聞こえて、それから、二ノ前満月が姿を見せる。


 一瞬、目が合った気がした。


 けれど俺の事なんて歯牙にも掛けず。

 なんなら此方まで聞こえるくらい、これ見よがしな声量で、二ノ前満月は「何かな」と笑ってみせる。

 何を企んでいるかが分からないから、飛び込むしか無いと考えたのかもしれない。

 呼び出しに成功した三条さんはぎこちなく「ついてきて」と言葉を続ける。


 誘い出しに成功したら、南館の屋上に誘導してもらう手筈だった。

 階段を上って、最上階の扉の前は少し広めの空間がある。

 そこで話をしてもらえば、階下からの盗み聞きが容易になると考えたからだ。


 三条さんの背を追って歩く、二ノ前満月。

 俺と五十嶋桂那は、それを見送ってから、階段を降りて南館へ向かった。



「恋なんて、私にはわからない」


「そうかな」


「……記憶を失う前の私の事は、知らないけれど」


「そうだね」



 五十嶋桂那の、波打つ髪は、真っ直ぐ下されたままだ。


 恋という言葉は、何も色恋だけに使うもんじゃない。

 ヒナちゃんの事を想う『五十嶋さん』はヒナちゃんに恋しているようだったし、三条さんと吾妻さんが互いを想う気持ちも、恋と呼べるものな気がする。

 そうして、俺が日向を想う気持ちも、広く定義すれば恋なのかもしれない。

 だから、俺は、日向を模したモブ子に恋をした。


 穂波があの青年を想う気持ちも、鴎太を想う気持ちも、それが色恋であるのかと問われれば違う可能性もあるけれど、恋しているようには見える。


 乞い、とも書くかもしれない。


 恋愛シミュレーションゲームを模した世界で、シミュレーションではない純粋な(エゴ)に突き動かされて、戦っているなんて、まるで笑えやしない。



「全員が幸せに、なれれば良いのに」



 彼女の口から、そんな言葉が転がり出てくるなんて。

 ――色々なモノを捨ててしまっただけで、本来の『五十嶋さん』はそうなのかもしれない。

 隣の彼女が一番、自分の心に正直なのだ。


 また、随分と重くなった心を引き摺りながら、俺は南館を目指して足を動かす。



「本当にそうだね、皆が幸せになればいい」



 無難な返答ではあったけれど。

 嘘では、無かった。








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