126.酷く眩しかった
「三条さん、協力してほしい事があるんだけど」
そう伝えて、呼び出した部室で、彼女は真剣な面持ちで俺の話を聞いていた。
ぴっしり姿勢を正して、青い瞳を揺らしながら。
すべてを聞き終えた三条さんは、こくんと、一回頷いた。
「わかった。協力するよ」
「ごめんね、ありがとう」
「全然、ちょっと驚いたけど」
「突然こんな話、驚くよね」
「ううん。薄々は、気付いてたんだよね」
三条さんは、曇りひとつ無い笑顔で、そう言った。
そうして、喉に引っかかっていた魚の小骨が取れたみたいに、清々しい顔で頷いてみせる。
「じゃあ、アタシは二ノ前さんに声掛けるようにしたら良いかな?」
「うん、五十嶋さんの事は俺に任せて」
「……ちょっと不安だけどね」
「でも、きっと俺よりは良いと思う」
「コタよりはね」
可笑しそうに、声を潜めて笑う彼女を見て、若干良心が痛むけれど、気にしてはいられない。
これは、三条さんを守るための行動でもあるのだから。
「ちょっと楽しいかも」
「折角なら楽しむ?」
「うん。じゃあ、アタシ応援隊長ね!」
頬を上気させて、三条さんは手を挙げて宣言した。
応援隊長――そう、俺は三条さんに全てを伝えなかった。ほんの少し、ひとつまみだけの事実を伝えて、協力してもらう事にしたのだ。
「二ノ前さんの恋、絶対に成就させてみせるから」
ダブルピース。
ありがとうと礼を伝えながら、上手くいった事に、こっそり安堵した。
三条さんを、この件から遠ざければ遠ざける程、三条さんが巻き込まれる可能性は高くなる。
二ノ前満月にとって一番安全な手は『攻略対象全員の記憶を消す』ことだ。
それを、二ノ前満月はしていない。
何らかの事情があって、全員に手を下す事は出来ないのかもしれない。
吾妻さん一人が協力者だと知られてしまった場合、二ノ前満月に出来る事は『吾妻さんの記憶を消す』か『三条さんを人質に取る』くらいなものだろう。
ここで三条さんを巻き込んだ場合、一人の記憶を消した所で仕方が無いし、どちらか一方を人質に取った所で、相手を煽る結果になると考える事も出来る。
何より、脅しに屈しないという意思表示になる。
はったりでしか、無いのだけれど。
何にせよ、三条さんが協力してくれていると見せ掛ける事で、二ノ前満月を動き難くするための作戦だ。
勿論、三条さんに本格的な協力は仰がない。
彼女には『二ノ前満月が鴎太の事を好きらしいから、協力してやりたい』とだけ伝えた。
俄然やる気を出してくれた三条さんは、五十嶋桂那の側に居ることを俺にパスし、二ノ前満月と『仲良くなる』ために、尽力すると宣言してくれた。
それは、二ノ前満月の目には、不気味な行動に映るだろう。
加えて、他にも二つ、この作戦には意味があるのだけれど。
これはまあ、上手くいけばいいな、程度のものでしかない。
「でも、そうは言っても、何をすれば良いんだろうね」
「まず、三条さんには二ノ前さんと友達になって欲しいかな」
「友達?」
「うん、彼女もきっと、親しい人がいないから」
「うん……。そうだね、確かに二ノ前さんが特定の誰かと居るところ、見た事ないや」
中々真剣に考えてくれているので、また心が痛い。
三条さんの素直さを利用しているみたいで――いや、利用してしまっているのだ。
「三条さんに話してよかったよ」
これ以上の手なんて、思い浮かばなかったから。
悪い事を正当化するみたいに、心の中で言い訳をする俺に、三条さんは心からの笑みを向けてくれる。
彼女のそんな純粋さが、酷く眩しかった。