表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/151

124.私の願いを、叶えてください




「私を、利用してください」


 目の前のその手を取れば、俺は随分と行動し易くなるだろう。

 けれど、それは本当に文字通り『利用する』という事だ。

 吾妻さんを利用した結果、吾妻さんも五十嶋さんのように『記憶喪失』になるかもしれない。


「出来ない、よ」

「何が問題ですか?」

「その、俺は危ない事に首を突っ込んでいて……」

「そうなんだろうなと思っています」

「――俺が吾妻さんを利用したら、」

「五十嶋さんの様になりますか?」


 自然に視線を下げてしまっていた俺を覗き込むように、吾妻さんが視線を合わせる。



「ねえ、コタローさん。私は、とってもずるいんですよ」



 それは、いつか聞いた台詞だった。

 周知の事実でしょうと言わんばかりにくすくす笑って、吾妻さんはとびっきりの悪女みたいに、また綺麗な弧を描く。



「コタローさんのせいで、私がああなったら。コタローさんは私のことを忘れられなくなっちゃいますね。遂叶ちゃんの事なんて目じゃないくらい、気になって仕方が無くなる」



 歌っているみたいだった。

 痞える事もなく、彼女の声だけが部室内に響く。

 それから、取ることの出来なかった手が更に俺の方に寄せられて、そっと俺の手を握った。



「正直、五十嶋さんが羨ましいんです。遂叶ちゃんがずっと側に居てくれて、コタローさんもずっと気に掛けてる。邪魔ですよね?」

「邪魔……?」

「ええ。なんで、私は一刻も早く五十嶋さんに記憶を取り戻してほしいし、叶うことなら、私が記憶喪失になりたい」


 無茶苦茶だった。

 全てが俺の都合の良いように、喋っている。

 でも理屈は通っていて、それが、素直で無い吾妻さんなりの、優しさなのかもしれない。



「私の願い、叶えてくれますか?」



 選択の余地なんてないとでも言いたげに、またエメラルドが光る。鈍く、光る。



「俺は、本当に、自分の力で何も出来ないやつだな……」

「もし貴方が自分の力で何でもこなしてしまう、スーパーマンみたいな人だとしたら。私は貴方の事なんて、きっとどうでもよかったんですよ」



 子供を宥めるような口振りで、俺の手を優しい手付きで撫でながら、吾妻さんは言葉を続ける。



「私のように。私たちのように。怯えて、迷って、そんな素振りを見せるから。私たちは貴方に心をとらわれて、気に掛けずにはいられないんです。だからね、これは優しさの皮を被った欲でしか無いんです」



 少し悲しそうに、視線を落として。

 泣いてしまうんじゃないかと思ったけれど、彼女は泣きはしなかった。

 また強い力を込めた瞳で、俺を見る。



「ねえ、もう一度言いますね。私の願いを、叶えてください」



 確かに彼女はずるい人だ。

 そうして、優しい人だ。


 俺は、彼女を利用する事に、した。

 どうせ吾妻さんを利用するのであれば、もう全部丸ごと利用しよう。

 使えるものは全部使おう。

 失敗しないように計画を綿密に練って、そうして最後には、彼女たちが幸せに暮らせる世界を作ろう。


 覚悟を決めて、彼女の手を握る。

 また、悲しそうに笑った彼女の顔を、俺は心に刻み付けた。

 何度も臆してしまう俺が、もう二度と足踏みする事の無いように。

 背中を押してくれた吾妻さんに、報いるために。



「ごめん、吾妻さん。手伝って、くれるかな」

「はい。お安い御用です」

「結果、もしかすると、五十嶋さんみたいになってしまうかもしれない」

「それは私にとって、何よりも幸福な事ですね」



 聖母のような、というのは彼女にこそ相応しい言葉かもしれない。

 笑みを絶やさず話を聞いてくれる彼女を見て、俺は一度深呼吸をした。

 ゲームの中の彼女に、この世界がゲームであることを伝えた結果、何が起きるのかは分からない。

 どうなっても、吾妻さんの事は俺が守ろう。

 何が起きても、その責任だけは取らなくてはいけない。



「今から、突拍子も無い話をするけれど、聞いてくれるかな」

「私はコタローさんのことを信じているので、どんな話も聞きますよ」



 何から話そう。

 話すなら、あの、俺がこの世界に来た瞬間の事からだろうか。

 長い話になるけれど、きっと吾妻さんなら聞いてくれる。


 少し迷いながら、俺は吾妻さんを利用する為に、口を開いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ