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122/151

122.記憶喪失みたいですね




「……失礼します」

「おはよう、三条さん」

「おはよう、コタ」


 水無月仁美が職員室へ行くと部屋を出た後、三条さんに、メールを送った。

 暫くカウンセラー室でサボる事を伝えると『アタシも行く』と短い返信があった。

 不安そうな顔で扉を開いた三条さんは、俺を見るなり少し表情を明るくする。

 また少し、心が重くなった気がした。


「五十嶋さんも、おはよう」

「……おはようございます」


 えらく他人行儀だと感じたのだろう。

 驚いた顔をする三条さんに対して、五十嶋桂那は「私、貴方に会ったことがありますか?」と問い掛ける。


「あ、……うん。会ったこと、あるよ」

「……そうですか」


 教科書とノートを開いて自習をしていた五十嶋桂那が、シャーペンを机へ転がし神妙な面持ちで口を開く。


「どうやら私、記憶喪失みたいですね」


 理解が早い。有り難い限りではある。

 三条さんが口をぽかんと開き驚いた顔をしたけれど、彼女は考えるよりも身体が先に動く質だ。

 五十嶋桂那に駆け寄って、彼女の瞳を真っ直ぐ見る。


「ヒナの事も、忘れたの?」


 ヒナちゃんの事を『五十嶋さん』が大切に思っていた事を、三条さんも気付いていたのだろう。

 その問い掛けに、五十嶋桂那は悲しそうに眉尻を下げた。


「その人も、知らない」

「これは、確かに……。コタが此処に居るって言う理由、分かった」


 三条さんは、泣き出しそうな顔をしていた。

 仲間だと思っていたから。

 だから忘れられた事が悲しいし、何よりヒナちゃんの事を忘れてしまった事が悲しいのだろう。

 関係を築く事が苦手な三条さんにとって、忘れられてしまうなんて、恐ろしいに違いない。

 あれ程大切に思っていた人のことを、たった一日で忘れてしまったという事実が、恐ろしいのだろう。


「五十嶋さん。俺も三条さんも、五十嶋さんも、同じ部活に所属してるんだ」

「……部活?」

「活動なんて、そんなにしてないけど。でも一緒に勉強したり、ネコの小屋作ったり、したんだよ」


 極力優しい声を努めて、三条さんが声を掛けるけれど、五十嶋桂那はピンと来ていないようだった。

 そんな彼女を見て、三条さんは悩むように視線を泳がしてから、意を決した様子で、五十嶋桂那の手を握る。


「わかった。アタシが、五十嶋さんの記憶取り戻してあげるから。アタシの側を離れないで」

「離れない……?」

「五十嶋さん、その……。美人だし、人気あるから、結構男の子に囲まれたりしてて。だから一人で校内歩くの、危ないと思う」

「……教室に行ったら、凄く沢山の人に囲まれたのも、それ?」

「うん。……大丈夫だった?」

「大丈夫。気持ち悪くはあったけど」


 どうやら、自我が無くなってしまったというのは、俺の早合点だったらしい。

 蓄積データをリセットされたと言った方が正しいのだろう。

 肉壁を気持ち悪いと判断出来るのであれば、俺が考えた最悪の事態は回避する事が出来そうだ。


 ――二ノ前満月も、そこまで鬼にはなりきれなかったという事なのだろうか。


 二ノ前満月の中に居る『穂波』に関して言えば、彼女は優しい心を持つ狐ではあった。

 本当に、脅し程度の意味合いでの『罰』だったのかもしれない。


「三条さんが側に居てくれるなら、俺も安心だよ」

「任せてよ。アタシ、……五十嶋さんの事も友達だと思ってたよ」


 五十嶋桂那の手を握ったままの、三条さんの手は震えていた。

 三条さんは、拒絶される事を恐れているから。

 その発言だって、勇気のいるものだったのかもしれない。


「……ありがとう。三条さん……?」

「あ、アタシ! 三条遂叶だよ!」

「私は、五十嶋桂那です」


 今更ながらの自己紹介を交わす五十嶋桂那の頬は、少し朱を帯びていた。

 恥ずかしいのかもしれない。


 何はともあれ、これで、俺はある程度自由に出歩く事が出来るだろう。

 少し心の余裕も出て来たので、俺は深呼吸をしてから、今後のプランについて考える。


 社を壊すのは、絶対だ。

 協力を仰ぐ事が出来るのは、鴎太と、水無月仁美だろう。

 ただ、鴎太に社を壊せと言うのは酷ではあるし、水無月仁美に関しては猫丸のお気に入りというだけで、二ノ前満月が手を出せないという確証があるわけではない。


 ――やはり、一人で行動するべきだろうか。




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