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120.私は、消えない(三人称)




 五十嶋桂那は、この世界唯一のバグだった。

 『だった』とある通り、今ではこの世界のバグは二人になった。


「バグは、お前と田中太郎か?」


「田中太郎は優しそうだったから、利用しただけ」


「聞いておいて何だが、お前の言葉は何一つとして信じるに値しないな」



 結論から言えば、昨日鳳凰鴎太の前に、例の女の子は現れた。

 けれどそれは「もう此処には来るな」という忠告を一つ残しただけで、消えてしまった。

 先に帰った田中太郎に対しても、何も進展の無かった現状に対しても、五十嶋桂那は苛立ちを募らせていた。


 そして今日、旧図書室の扉を開けると、二ノ前満月が待ち構えて居た。


 昨日神社に居るところを見られていたのだろうなと考えた五十嶋桂那は、反射的に田中太郎の事を庇った。

 弁明をしたところで、無駄ではあっただろうけれど、自分が巻き込んだ人物なのだからと、愚直に声を上げたのだ。


 ――田中太郎は、五十嶋桂那が巻き込んだ、ただの一人のプレイヤーだった。


 確固たる主人公として鳳凰鴎太が優遇されていた頃の世界。

 攻略対象にようやく自我が芽生えた頃の世界。

 その頃の世界で、五十嶋桂那は花壇で一人の男に出会った。

 その男はこの学校の用務員を抱えており、その用務員は気絶しているようだった。

 足元にボールが転がっていたので、恐らくその用務員の頭に当たったのだろうなと、五十嶋桂那は予想した。


 男は、この学校の生徒では無い。

 教師でも、無かった。

 着流し姿のその男は、困ったように眉を寄せると『不味いものを見られてしまったな』と呟いた。

 気付けばその男は五十嶋桂那の前に居る。

 瞬きをする間に側に詰め寄った男は、五十嶋桂那に対して一言『忘れなさい』と、そう言った。


 気付けば五十嶋桂那は、保健室のベッドの上だ。

 隣のベッドには用務員の女性が眠っている。


 忘れなさいと言われた事を、五十嶋桂那は記憶していた。

 そうして、以降、五十嶋桂那は声を聞くようになった。


『クイックロード』


 世界を巻き戻す声。


『リスタート』


 卒業式の日に聞こえる、声。

 この声を聞くと、五十嶋桂那は入学式の朝、目が覚める。


 この世界は普通ではない。管理された世界なのだ。


 当初、五十嶋桂那はそれを気にしてはいなかった。

 特別、人生に興味が無かったからだ。

 自分には確かに高校入学までの十五年間の記憶がある。その記憶が余計に、五十嶋桂那の感じる世界を薄っぺらなものにさせた。

 この高校生を繰り返す為だけに生きた十五年間に意味はないし、繰り返されるだけのこの三年間にも、意味がない。

 五十嶋桂那は、そう考えていた。


 そんな彼女が変わったのは、旧校舎裏の花壇で、田中太郎に出会ったからだ。


『げ……、五十嶋桂那じゃん……』


 出会い頭に嫌そうな顔をした田中太郎は、そんな風に声を上げた。

 自分を気にしないどころか、嫌がるプレイヤーをはじめて見た五十嶋桂那は、それから花壇に通うようになる。

 田中太郎はいつも花壇に居た。

 猫と共に、そうして日付を消化しているようだ。


『俺はさ、なんかもうやる気がないんだよね』

『やる気?』

『うん。妹みたいなヤツが居てさ。此処にはその子が居ないから。――自分の為だけに生きるなんて気持ちが悪くて』


 困ったように笑う田中太郎を、ニイちゃんと呼ぶようになったのは、この頃からだ。

 少しでも、田中太郎の生きる意味が出来れば良いと思っての事だったが、五十嶋桂那では、彼の妹分の代わりにはなれなかった。

 田中太郎は、五十嶋桂那をただの一人の女の子として扱うからだ。


『けいちゃん。悪いんだけどこの子面倒みてくれない?』

『何その野良猫引き渡すみたいなの! ヒナ納得出来ないよ!』

『よーく分かってるじゃん。俺は猫丸で手一杯だからさ』

『むぎーー!! ヒナは怒ったよ!』


 二ノ前陽菜美と出会ったのも、田中太郎を介してだった。

 姉に興味を持たない田中太郎を酷く気に入った陽菜美が側を離れないので、面倒臭がって、世話を任せてきたのだ。


 いつも朝食を食べない陽菜美に、五十嶋桂那はパンを用意する。

 昼食も用意して来ないので、自分の弁当を作るついでに陽菜美の分も作って持って行った。

 一緒にファミレスでバイトをしたりもした。

 その過程で、陽菜美が置かれている家庭環境の事も知った。


 こんな世界が作られた事に、腸が煮えくり返った。


 五十嶋桂那は、田中太郎に相談した。

 田中太郎は、陽菜美を救う事を協力すると申し出てくれた。


『人と一緒に居る時は重要な考え事はしないで』

『なんで?』

『黒幕が記憶を読めるとしても、この世界の人間全てのとなれば、多分トイレや風呂の間まで覗かない』

『ああ、なるほど。小説で書かれるシーンと書かれないシーンみたいなイメージ?』

『そう。ヒナミを救う事を黒幕が望まない場合、阻止される可能性があるから』


 救うという事は、多少なりとも世界を変える事になる。

 五十嶋桂那は世界に不都合が起きた時にクイックロードが起きるのを知っていた。なので、この世界に管理者――神が居ることは理解していた。

 対策を色々と講じて、何度か陽菜美を救い出す事は出来たけれど、世界は無情にも巻き戻る。


『リスタート』

『リスタート』

『リスタート』


 何度繰り返した事か分からない。

 五十嶋桂那は疲れてしまった。

 疲れたからと言っても、手を抜く事は出来なかった。

 自分が止めてしまったら、陽菜美が救われないまま時が過ぎてしまう。


 五十嶋桂那は世界を憎んだ。

 そうして、ひとつの結論を出す。

 救えないなら、いっそ壊してしまおう。


 そう決心した直後、頭の中でビキリと音が鳴る。

 堅いものに亀裂が入ったみたいな音だ。


『クイックロード』


 少し、慌てているような声だった。

 自分の宣戦布告が、神に、届いたのだろうか。

 その後も、五十嶋桂那は何度か世界の歪みを感知した。

 中でも一番大きく世界が揺らいだのは、田中太郎に『元の世界に帰りたい』と言わせた時だ。


 五十嶋桂那は、繰り返す世界の中で重要な情報をいくつも集めた。

 けれど、自分一人の力で世界を壊す事は叶わなかった。

 プレイヤーの協力が必要だ。

 そう判断し、田中太郎に全てを打ち明けた。

 世界を壊す、約束を交わしたのだ。




 ―――




「言い残す事は?」

「私は、消えない」

「ほう」

「必ず、思い出す。そうして世界を、壊してみせる」


 ――そこで、五十嶋桂那の記憶は途切れた。

 抜け殻になった器だけが、そこに残っていた。



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