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12.それよりも大切な事なんて、




 あの日、アイスを食べてゴミ箱へ放ると同時に目の前に現れたメッセージウィンドウ。


 高校生の時分にやり込んでいたギャルゲーの世界へ転移した俺は、名前を「田中太郎」に設定し、長い長い一日が始まった。


 おっぱいを回避し、おっぱいを回避し、おっぱいを回避。


 大なり小なりみたいな名前の男子生徒に絡まれて、ヘトヘトになりながら帰宅を遂げれば、玄関に現れた母親は、まさしく俺の母親だった。


 仕事から帰宅した父もまた、正しく正しく、俺の父親だ。


 それとなく、違和感が無いかと問うてみても、父と母は頭上にハテナを浮かべるだけで、何一つとして疑問なんて抱いていないようだった。


 親子共々転移した、と考えるよりは、俺の高校生時代に合わせた、父と母の形をしたものがそこに居る、と考えた方が正解に近い気がする。


 当たり障りの無い会話を済ませて自室へ向かった俺は、押入れの最上段に仕舞い込んでいるゲーム機本体の空箱を取り出した。


 中を開けると、そこには俺の大事なコレクションが丁重に保管されている。


 そもそも、実家が転移して来た可能性はゼロに等しい。


 何故なら、現在、実家の俺の部屋は家具が全て取り払われ、猫の部屋になっているからだ。


 これもやはり、高校生時代の俺の部屋を、完璧に再現したものが此処に現れていると考えるのが正しそうだ。


 コレクションの位置と内容を考慮すると、俺の記憶の中のものを、という点も付け加える事が出来る。


 これは、俺が主人公だからなのだろうか。


 その疑問は、翌日登校した際に起きた出来事により、否定された。


 何人かの男子生徒が固まり、自分の家と家族について話していたのだ。


 彼らの話す内容は、おおむね俺の状況と同じだ。加えて更に、共通する点があった。


 この世界の元となったゲームが、何処を探しても見つからないのだ。


 これに関しては、俺も家で探したが、見つからなかった。父のパソコンを拝借し、ゲームの名前を検索しようとしたところ、ゲームの名前すら思い出せない始末だ。


 そして、もうひとつ。


 自分の本名が、思い出せない。


 これも、他の男子生徒にも共通することで、鴎太が例の五人に渾名を提案した所、本名で呼べば良くないか? というもっともな意見が繰り出された。


 それぞれが納得し、自分の本名を伝えようとしたが、どういう訳か、思い出せないと来たもんだ。


 それは、俺と、もうひとりの田中太郎も同じだった。


 狐に摘まれたような感覚に、皆が背筋を凍らせたけれど、俺には、ひとつどうしても疑問に思えて仕方の無い事があった。



 鳳凰鴎太は、何故自分の名前を本名であると、断言する事が出来たのだろうか。



 俺たちが本名を思い出せないと伝えた後、その場に居た他の、もっともらしい名前の男子生徒たちも、自分の名前について考えた。


 結果、誰一人として、それが本名であると断言する事は出来なかったのである。


 皆の輪の中心に居た鴎太は、その話を聞きながら、指先を擦り合わせ落ち着かなさそうにしていた。

 それから、平生へいぜいよりも少し大きな声で「オレも分かんないわ」と笑う。


 まるで、何か悟られては困ることがあるみたいだ。


 鴎太が何か知っているのは間違い無さそうだが、俺の唯一にして絶対は、天使に会う事だ。


 鴎太がこの件に関して何か重大な関わりがあったとして。

 問い詰めた結果、もしも元の世界に戻る事が出来るとしても、それは俺にとって、特別重要なことでは無い。


 振り向いた鴎太と、視線が交わる。


 俺に対して、本名だと断言してしまった事を、鴎太も覚えているんだろう。


 此方の出方を窺うような視線に対して、俺は「お前のは絶対本名じゃねぇわ、鳳凰さんちのカモメ太郎」と吐き捨ててやった。


「本名かも知んねーだろ!」


 また大袈裟に叫んだ鴎太の、安堵したような表情は、こいつが何かを隠している事を、何よりも如実に表している。


 鳳凰鴎太が、この異世界転移に関与している事は間違いなさそうだ。

 だからと言って、興味は全く無いけれど。


 それ以降、鳳凰鴎太は、俺の金魚の糞と呼ばれるくらいに、俺の後をついて回っている。


 皆にバラされないかどうか、不安に感じているらしいが、俺には全く関係が無い。


 おっぱいであっても、鳳凰鴎太であっても、俺が俺の天使に出会う道を邪魔するものは、すべて回避する。


 それよりも大切な事なんて、俺には微塵も無いのだから。






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