119.誰?
とてつもなく長い夢を見ていた。
久々にキチンと眠った感覚だ。
鈍くじんじんと、頭が痛い。
「目が覚めたかい」
ちょうど足の間に収まるように横たわっていた猫丸が、両前足を伸ばしながら問い掛けてくる。
「なんてもの、見せるんだ」
「おじさんは公平だからね。ミツキに不利な事柄を教えたから、君に不利に働く事柄を教えておかなければ」
何でもない事のように言ってのけた猫丸は、以降喋らなかった。
母が作った、ササミと温野菜の猫用朝食をぺろりと平らげた後、俺と一緒に学校へ向かう。
自分で歩いてくれたので、抱える手間は省けたが、気分はえらく重かった。
二ノ前満月がこの世界に固執する理由なんて、知りたくなかった。
―――
「コタローくん」
学校へ辿り着き、猫丸と別れ部室へ向かおうと階段を上っていると、声が掛かる。
二ノ前満月だ。
ピンク色の髪をさらさらと揺らしながら、階段を降りてくる。
夢の中で散々見ていた『穂波』の面影は何処にも無い。
ゲーム内のキャラクターの姿を模しているのだから、当たり前だけれど。
「昨日、何か見た?」
「何を?」
「神社に来てたよね」
「何で俺が神社に行くんだ」
「もう、とぼけなくても良いよ。全部分かってるから」
二ノ前満月はそれだけ言うと、俺の額へ手を伸ばした。
指先でちょんと額を押すと、彼女はニッコリと笑った。
「ほらね。今、土下座をするように記憶を植え付けたつもりなんだけど。コタローくんはしないよね」
最早、隠す意味は無いらしい。
何故バレたのか、神社に居たことが理由なのか、五十嶋さんがあの場に残ったことが――
――どちらにせよ五十嶋さんも、バレたってことか。
「罰を与えた」
腹の冷える声だった。
嫌な予感しかしない。
「五十嶋さんに、何かした?」
「うん。見てみた方が、早いんじゃないかな?」
二ノ前満月の横を通り抜け、階段を駆け上がる。
後ろからまた、二ノ前満月の声が聞こえた。
「これがお前の知った情報の対価だ。これ以上首を突っ込んでみろ。更に、消してやる」
意味を、気にしている暇は無い。
三階の旧図書室まで。
体力の無い俺は死にそうになりながら、それでも走ってその場所を目指した。
ノックもせずに、扉を開く。
視界に飛び込んで来た五十嶋さんは――五十嶋桂那は、髪を下ろしていた。
ヒナちゃんとお揃いの、ツインテールではなくなっている。
「誰?」
まるで初対面の人物を見るような目で、彼女は俺を見る。
それから「私、授業出なくちゃいけないから」と、断って退室した。
――リセットした?
猫丸は、世界を上手く回す為に攻略対象に自我を与えたと言っていた。
そして、それは二ノ前満月であれば簡単に覆せる事だとも言っていた。
余計な行動をとる五十嶋さんが邪魔で、彼女に与えられていた、そういったものを取り払って、ゲーム上の五十嶋桂那と違わないものに、戻したのか……?
手が、震える。
五十嶋さんが、消えてしまった。
二ノ前満月の、更に消してやるという言葉は、つまりこれ以上邪魔をするのであれば、他の攻略対象もリセットしてやると言うことだろうか。
五十嶋桂那は、授業に出る。
今後、パラメーター値に応じた生徒に声を掛けるようになる。
危機回避の概念が無いため、男子生徒に絡まれようとも、逃げる術を持たない。
幾らなんでも、こんな事は、許されない。
俺はどうするべきだ?
世界を壊す事を諦めて、尻尾を巻いて逃げ出すか?
いや、それこそ、五十嶋さんが報われないじゃないか。
――とりあえず、今すぐに取れる応急処置は、ひとつだけだ。
考える事を一度止め、俺は一階に向けて再び走った。
水無月仁美に、五十嶋さんを救ってもらおう。
お読み頂きありがとうございます。
夜分は投稿しない予定でしたが、しました(_ _*))
この話で、九章は終了です。重たい感じになって参りましたが、いよいよ世界を壊す為の戦いが始まります。どうぞ良ければ引き続きお付き合い頂けると幸いです。