116.風呂でも入れてやるか
喋らなくなった猫丸と二人――人で良いのかは分からないが、とにかく二人で、鴎太と五十嶋さんを待つ間。
する事も無いので猫丸の散歩に付き合う事にした。
そうは言っても、別段何をするでも無くうろうろと歩き回るだけだ。
最初の内は神社の敷地内を歩き回るだけだったが「にゃあ」と一鳴きしたかと思えば、鳥居の方へ向かって歩いて行く。
追いかけながら、慌ててポケットから携帯を取り出して鴎太宛に『先帰ってる』とメールを送っておいた。
淀みなく真っ直ぐ歩いて行く猫丸の尻を追いかけて、来た時よりも随分早いスピードで神社を後にした猫丸は、道を曲がり、大きな通りを歩いて行く。
何処か行き慣れた場所でもあるのかと思って後を追っていた訳だが、辿り着いた場所はコンビニだった。
「ふなお」
「腹でも減ったのか?」
猫丸が、首を縦に振る。
上手いこと連れてこられた気がして脱力してしまったけれど、腹が減ったと言われてしまえば、何か買ってくる他ない。
「じゃあ、ここで待っててくれよ」
自動ドアの横あたりで座る猫丸を見届けてから、コンビニに入る。
ペット用品のコーナーに向かうと、猫の餌や、おやつが並べられていた。
別に何でも良いんだろうけど、あれで中々高貴な猫だと言うし、貢物と考えるとお高いやつでも買ってやるべきなんだろうか。
――でもうちの実家の猫は百均で売ってる乾燥したタラみたいなやつが好きなんだよな。
味の好みも良く分からないので、適当によく見かける真空パックされたカツオのやつを購入して、俺はコンビニを出た。
お利口なもんで、猫丸は何処にも行かず、同じ場所で座ったままで待っている。
「はい、これでいいか?」
袋も貰わずに買ってきたそいつを目の前に掲げて見せれば、猫丸はぐるぐると喉を鳴らした。
満足らしい。
自分で食べる事は勿論できないだろうし、少し横へずれてしゃがみ込み、袋を剥いてやる。
むしゃむしゃとそれを食べる様子は、まるで猫だ。
――鴎太は二ノ前満月に会えただろうか。
今更になってそんな事が気になって、でもメールを連続して送る気にはなれない。
差し出したオヤツを全部平らげた猫丸に「帰るか」と声を掛けると、猫丸は「まあお」とご機嫌に鳴いた。
―――
妙森に帰ってきた頃には、すっかり夜だった。
先に帰るとは言ったものの、電車に乗る為に猫丸を入れる鞄が無い。
猫丸を戻しに学校へ戻るつもりだったので、学校に鞄を置いて来ていたのだ。
鴎太を待つ事も考えたが、そんな俺の事は気にも留めず、猫丸は歩き出す。
俺は体力が無い。
疲れ切ってもう一歩も動きたくない俺とは違い、猫丸は随分と散歩を楽しんだようで、足取りがスキップをしているようだった。
道中も狭い路地に入ったり、誰かの家の前で立ち止まったりしていた。
中から出てきた老人が猫丸を撫でた事もあった。
もしかすると、元の世界の神社に参拝に来ていた人の、複製の、様子を見に歩いていたのかもしれない。
付き合うしかないかと尻を追っていたら、こんな時間だ。
猫丸は、俺が付き合うと分かった上で外へ歩いて行ったのかもしれない。
「お前も元の世界に帰りたいのか?」
聞いてはみたが、返事は勿論無い。
学校まで辿り着き、門の前までは来たものの、それは固く閉ざされている。
猫丸であれば隙間から入れるだろうに、中に入る素振りを見せないので、俺は続けて声を掛けた。
「うちにくるか?」
此方を振り向いた猫丸の顔は、笑っている、ように見えた。
にんまりと。
そこまで狙っての事だったのかと溜息を吐いてから、俺は家に向かって歩き出す。
今度は、猫丸が俺の尻を追う番だ。
ぽっかり浮かぶ月を見上げながら、辿った帰り道。
学校から俺の家は、そう遠く無い。
家の鍵を開ければ母親が「あんた、遅かったね」と玄関まで迎えに来て、直後に口をあんぐり開ける。
「一日だけ、泊めてやって」
大歓喜だ。
「猫!? 猫?! ホンモノ?!」
「偽物の猫とか、居ないだろ」
全力で猫丸に飛び掛かる母親を尻目に、俺は取り敢えず猫丸の足を拭くためのウエットティッシュを取りにリビングへ向かった。
――ついでに、風呂でも入れてやるか。