115.程遠いものだった
「なあ、猫丸。俺とお前はいつから知り合いなんだ?」
聞きたい事は聞けたので、雑談を振ってみる。
俺は猫丸との約束――賭けについては、思い出した。
けれどいつから知り合いなのかは、記憶に無い。
「うん。……一週目からかな」
予想外の答えだった。
俺が返す言葉を失っていると、猫丸はぱたぱたと尾を振って、懐かしむような口振りで続きを口にする。
「序盤の方の世界の様相は、今とは随分違っていた。試行錯誤中というか、攻略対象の子たちも自我なんて無くて、プレイヤーたちもパラメーター上げの競争状態だった」
目当ての女の子に近付くには、そうする他無い。
パラメーター上げだけに時間を費やす男たち、周囲は敵だらけ。
協調性なんてものが、生まれるはずもない。
「けれど彼らは気付いてしまったんだよね。律儀にパラメーターを上げなくても、攻略対象に近づけるってね。それに、現実世界では無いのだからって、好き放題に行動し始めた。中には女の子を襲ったりしていた子たちも居たかな」
胸糞が悪いにも程がある。
きっと、俺のその感情は顔に現れていたんだろう。猫丸が「ふふふ」と笑う。
「君は、ゲームの中の女の子に興味が無かったから。いつも花壇でぼんやりサボりに興じていたよ。おじさんはいつもその膝を拝借していたんだ」
「猫は、嫌いじゃないからかな。実家にも居るし」
「ブラッシングをしてくれたり、首輪を用意してくれたり、餌や水を与えてくれて。寒い日には家に連れて帰ってくれたね」
「俺、そんな事してたのか……」
「うん。自己愛を含まない献身は、力になるよ。おじさんは君から貰った力を使って、より中立な世界にする為の改変を加えた」
どこか遠い、自分とは関係の無い話を聞いているみたいだ。
まるで実感が湧かず、ぼんやりしていると、猫丸はまた笑う。
「君から貰った力なのだから、君のためにもなるように使おうと思ってね。攻略対象に自我を持たせれば危険を回避するようになったし、シナリオ通りに動かなくなった。ミツキに提案して、プレイヤーに恐怖心を懐かせるためのシステムを作ったりもしたかな」
「ゲームと異なる点って、猫丸が作ったのか」
「そうだよ。おじさんこれでも、すごい猫だからね」
得意げだ。
そのお陰でこの世界は幾分かマシなものになったのだろうし、それを指摘する事は出来ない。
「ありがとう」
お礼を言う事が果たして正しいのかどうか、分からなかったけれど、猫丸はそれに満足した様子で「どういたしまして」と答えた。
「この世界では、基本的にはミツキの方が力が強いからね。おじさんのした事をひっくり返そうと思えばいつでも出来てしまえる。その程度の事だよ」
「でも、二ノ前満月の力にも、限りはある」
「そうだね。まあ、あとは、君次第だよ」
道の終わりが見えて来ていた。
猫丸も、もう何も話しはしない。
ただの猫に戻ってしまったみたいに、前足を舌で舐め顔を拭っている。
社を壊す方法を考えなければ。
家に帰ったら、五十嶋さんと相談――いや、もうこのまま巻き込まないように、話し掛けずにいた方が良いのだろうか。
狛犬の台座の所まで戻って来た俺は、その上に猫丸を置いてみる。
「ふごお」
少し不機嫌そうに鳴くその声は、先程までの猫丸の声とは程遠いものだった。