114.君は本当にバカなやつだよなあ
「あ、ついたっぽい……」
鴎太の声を聞き、顔を上げれば少し先に開けた場所があった。
こんな所に社を作る意味は分からないが、かなり年季の入ったものだと思われる。
主に木で作られているが、その木の劣化が著しい。
「ああ、懐かしいな」
社の前へ向かって歩いて行く鴎太を、俺と五十嶋さんは開けた場所の入り口から、見ていた。
邪魔するべきでは無いのかもしれない。
もし二ノ前満月が、この場に姿を現そうと思ったとしても、俺や五十嶋さんが居ると邪魔になるかもしれない。
二ノ前満月は、この世界に来てから一度も、その姿で鴎太に会えては居ないだろう。
――此処まで来て、何を躊躇する?
臆するなと、自分を律する為に拳を握る。
此処に居なければ、二ノ前満月が現れたとしても、何も確認する事が出来ないじゃないか。
こんな所でお人好し振ってどうするんだ。
――頭では理解出来ているのに、俺は、気付けば口を開いていた。
此処ぞと言う時に、日和ったんだ。
だって、俺はただの人間だ。人より心は弱いほうだ。
俺が殺してしまうかもしれない鴎太の事を思うと。
俺が潰してしまうかもしれない二ノ前満月の夢を思うと、この一日くらい、コイツらにくれてやるべきなんじゃないか、なんて。思ってしまったんだ。
「五十嶋さん、行こう」
彼女は、目を見開いて、俺を見る。
それから、俺の事をキツく睨んだ。
「意気地なし……」
心の底から侮蔑するみたいに、五十嶋さんは言葉を吐く。
当然だ。彼女は、誰よりもヒナちゃんの事を大切に思っているから。
情け無くて、今すぐこの場を立ち去りたかった。
だから、俺は後ろへ進んだ。文字通り、この行動は悪手で、後退だ。
五十嶋さんは、ついてこない。
俺は一人で、いや――抱かれたままの猫丸と一緒に、元来た道を進んだ。
「君は本当にバカなやつだよなあ」
――腕の中から、声が聞こえる。
「そもそも、猫の姿のおじさんに声を掛けてくれるのも、君だけだったしねえ」
足を止めて、腕の中の猫丸を見る。
口をぱかりと開いた猫丸は「やあ」と、声を発した。
「君たちがおじさんの社を作ってくれたでしょう。中々生徒がやって来て、供物をくれるもんだから、多少この世界でも力が使えるようになった」
猫小屋の、事だろう。
あれは本当に、社としての機能を果たしていたらしい。
「お礼に、戻る間少しおじさんとお話しようよ」
目を細めて、猫丸はそう言った。
歩けという事だろう。
「ゆっくり戻りなさい。これは、お礼だからね。おじさんと、ミツキからの」
後ろへ戻ったと思ったのに、どうやら此方は、前だったらしい。
俺があの場から立ち去ったことによって生まれた、ボーナスタイム。
来た時の、倍くらいの時間を掛けて歩こう。
「質問にも答えるよ、答えられる範囲ではあるけれど。貰ったものは返さなくてはね」
猫から人の声が発される違和感は凄まじいけれど、俺は一番の質問を、猫丸にぶつける事にした。
「二ノ前満月は、何故此処に来る?」
「変身や巻き戻しには神力を使うからね。回復する必要があるんだ」
それは、猫丸が社が出来たから力が使えると言うのと、同じ理由なのかもしれない。
二ノ前満月の社があるのはこの場所だ。
だから、毎日この場所に通っている。
「力は、無制限に使えるものではないのか?」
「そうだね。基本的に力は信仰によって溜まるものだからね。ミツキには、この世界に信仰してくれる人なんて居ないけれど、この場所自体が神域だから、その力が社に溜まる。それを使って回復しているんだ」
それは、微々たるものなのかもしれない。
それじゃあ、もし、この場所にある社を壊したら――
「君の考えている事は、おそらく正解だ」
猫丸が、それを保証してくれた。
クイックロードも、記憶の改竄も、防ぐ術が、あったんだ。