110.金曜日の放課後
鴎太と話をした後は、特別変わった事の無い日常を過ごした。
遅めの昼食を食べ、本を読み、帰宅する。
違和感のある両親にも慣れるもので、適当に挨拶を交わして自室へ向かった。
五十嶋さんに電話をする必要があるからだ。
此方から掛けるのは、何気に初めてじゃないだろうか。
携帯電話をポケットから取り出して、連絡先から五十嶋さんを選択する。
短いコール音の後『もしもし』と、耳を擽ぐるような五十嶋さんの声が聞こえてきた。
「もしもし、田中……太郎だけど」
そういえば、自ら名乗る事ってあまりなかった気がする。
呼ばれる事には慣れて来たが、名乗る事には未だに違和感が拭えない。
『うん、知ってる。何の用?』
「鴎太と、神社に行く話をしているんだけど、五十嶋さんも来ないかなと思って」
流石に電話口に化けた二ノ前満月が居る可能性は考え難いが、念には念をだ。
詳細に話さなくても五十嶋さんは分かってくれるだろう。
ぼかして伝えた訳だけれど、五十嶋さんにはしっかりと伝わったようで『分かった、行く』と短い返事が聞こえる。
「それとさ、猫丸の小屋を作った日の事なんだけど」
『うん』
「トイレだって言って、先に戻ってて貰ってごめん」
『……なるほど。それ、私じゃない』
「――ああ、やっぱり」
予想通りだったらしい。
二ノ前満月は、人に化ける事が出来る。
多用すればもっと上手く動く事が出来そうなものなのに、それを多用しないのは何故だろうか。
制限がある? それとも、多用しているのに俺が気付いていないだけか?
今まで話した、三条さんや、吾妻さんや、ヒナちゃんは――いや、今まで彼女たちと前後の会話が噛み合わない事は無かった。
俺と話した記憶を植え付けるという事が出来ないわけではないだろうけど――。
「ごめん、五十嶋さん。日程決まったらまた電話する」
『うん。待ってる』
電話が切れる音を聞いてから、俺は携帯電話をポケットに直した。
相手は、想像しているよりも強力だ。
制限があると考えた方が、個人的には有難い話だがそう決め付けるのは、まだ早い。
やはり今後は信用出来ると判断した相手でも、警戒は怠らない方が良いだろう。
溜息をひとつ溢して、ベッドへ寝転がる。
目を瞑って、全部夢だと言われたらどれ程良いだろう。
現実逃避していても先には進まないが、したくもなるだろう。
神と闘うだなんて、今更ながら荷が重すぎる。
この世界のシステムとしてそうなのだろうが、目を瞑れば次第に意識が遠くなっていく。
眠ると判断されたのだろう。
そのまま意識を手放すと、次の瞬間には、陽が昇っている。
便利なんだか、不便なんだか分からない世界だ。
携帯電話を手に取り時間を見れば、いつもと一分も違わず同じく時間。寝坊の心配は無いが、気味は悪い。
『五十嶋さんは参加。日程を決めよう』
鴎太宛にそうメールを送ると、すぐに返事が来た。
すぐ、と言ってもメールなので数分は掛かる訳だが、届いてすぐに返信したのだろうなと思える程度の時間内だ。
『休日か放課後、どっちが良い?』
時間的には休日の方が良いのだろうが、ヒナちゃんから聞いた話だと、平日の方が二ノ前満月に会う可能性は高いだろう。
上手く行けば、二ノ前満月が何の為に神社に通っているのか、見る事が出来るかもしれない。
『放課後にしよう。金曜日の放課後』
曜日は適当だが、休日前で丁度良いだろう。
またすぐに受信音が鳴り『了解』とだけ、短いメッセージが打ち込まれている。
あとは、五十嶋さんに伝えれば下準備はおしまいだ。
五十嶋さん宛にメールを作成し、今決まった事を送ると、此方も『了解』とだけ短い返信があった。
当日まで、特別出来ることはない。
地に足がついていないような不安を抱えながら、俺は学校へ向かう準備に取り掛かった。