109.頼りにしてるぜ
鴎太からの返事は、メールを送信した次の休み時間に来た。
『じゃあ、南館の屋上で待ってる』
南館の屋上が解放されている事を知らなかった俺は、少し面を食らった気分になったが、場所はそこで問題ない。
了承の旨を返信して、来たる昼休憩。
吾妻さんが部室へ来たタイミングで、俺は退出し、南館の屋上へ向かった。
辿り着いたそこの鍵は確かに解放されていて、少し重たい扉がぎいと音を立てて開く。
正式に解放されている訳では無いらしく、人の姿は見当たらない。
影になりそうな遮蔽物が無く、きっと暑いんだろうなと想像したら急にげんなりして来たけれど、背に腹は変えられないので、一歩、屋上へと足を踏み出した。
「お、コタロー! こっち!」
上から、声が降って来た。
声の出所を探すと、階段部分の上から、ひょっこり顔を出す鴎太が居る。
フェンスがついているそこは、どうやら何処かから上れるらしい。
「あっち回ったら、梯子があるから」
指差す方向へ歩いて行けば、確かに梯子がある。
何もそんなに高い所に上らなくてもとは思ったが、鴎太が上っている以上、俺も其処へ上った方が良いのだろう。
人目には、つきにくそうでもある。
渋々上った其処は、特別清々しい場所と言う程でもない。
ひとつ飛び出していれば見晴らしの良さも感じられただろうが、旧校舎や本校舎にも同様の屋上がある。
外にこれ以上高い建物が無い訳でもないので、爽快感の様なものは感じられない場所だった。
「コタローから声掛けてくれるって珍しいよな」
フェンスに凭れ掛かりながら、鴎太が笑う。
コイツと話す場合、言葉を選ばなければならないので、少し気が重かった。
「神社に行くって話だけど、メンバーをどうしようかと思って」
「あー……、コタローは皆でって言ってくれたけど、付き合わせるのは悪いよな」
困ったように笑うコイツが良いやつで良かった。
そうなんだと同意する素振りで頷くと、鴎太は考え込むように腕を組む。
「まず、猫丸は連れて行こう」
「……猫丸って、あのネコか?」
「そう。頭が良いし、意外と役に立つ。鬼ごっこの時も、大層役に立ってくれた」
猫丸はこの世界のジョーカーだ。
中立だと言うからには、二ノ前満月に寄った行動をしたりはしないだろうし、連れて行って損は無い。
猫丸に化けられる可能性もあるが、猫丸に化けられた所で、俺は猫丸に対して重要な事を話したりするつもりは無い。
メリットが少ないので、化けられるとしても化けないだろう。
「二ノ前さんは誘ったけど、断られた」
「流石に、オレそんなに話した事も無いしな」
「逆に誰なら話したことあるんだよ」
「――五十嶋さん?」
「じゃあ五十嶋さんを誘おう」
「え? マジで?」
「電話番号知ってるから、今日の夜にでも電話して誘っとく」
これは、想定内だ。
鴎太が話した事があるのは、吾妻さんか、五十嶋さん。
とりわけ、鴎太は一度五十嶋さんに自ら話を聞きに行っている。
金髪繋がりという事で、例の女の子を五十嶋さんだと睨んでいるなら、自然と名前が挙がるだろうと思っていた。
電話する口実まで手に入れられたのだから、儲けだろう。
「三条さんと、吾妻さんはおすすめしないな」
「何で?」
「人に対して真摯に寄り添う子たちだから、あまりそういったことに首を突っ込ませたくないんだ」
「保護者みたいな事言うんだな」
けらけらと笑われはしたが、了承はしてくれたらしい。
鴎太はうんうんと頷いて「じゃあ、ネコと五十嶋さんで」と笑ってみせた。
上々の結果だ。
上手い具合に誘導出来すぎていて不安もあるが、これ以上の人選は無いのだから仕方ない。
「所でさ、コタローって、ホントはいくつ?」
「――お前は?」
「俺は今年で二十歳だな」
年下かよ。
茶を濁すように視線を逸らせば、伝わったらしい。
「はは、頼りにしてるぜ。兄貴」
「やめてくれ」
これ以上、変なものを背負い込みたくは無い。
第一俺は、結果次第ではコイツを殺す事になるかもしれない。
変な情を抱きたくは無い一心で「お前の事はただの友達として見てるよ」と、吐き捨てる。
「友達……」
やけに含みのある言葉の吐き方をする。
盗み見るように鴎太を見れば、頬をじんわりと上気させ間抜けな顔をしていた。
コイツ、病院暮らしで友達居ないんだっけか。
誤った選択をしたかもしれないと、嫌な気持ちになりながらも、その言葉を訂正する事は出来なかった。
自分の軽口が、相手にとって特別な可能性もある。
それを失念していた自分が悪いし、兄貴なんて言われるよりは、よっぽど良い。
日向と被って見えるような事になれば、俺はコイツを雑に扱えなくなってしまう。
溜息をひとつ吐いて「日程は改めて決めよう」とだけ声を掛ける。
「う、……うん」
頭をやられてしまったのか、相変わらずの間抜け顔のまま、鴎太はぎこちなく頷いた。
多分、二ノ前満月は鴎太のこの記憶を消す事は出来ない。
彼女はただの、恋する女の子だから。
酷く嫌な気分になりながら、俺は梯子を降りた。
――深く、考え無いようにしよう。