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108/151

108.いつも通りだ




 テスト期間は学校側から部活禁止令が敷かれる。

 元々テストをサボる事は流石に出来そうも無かったので、真面目にテストを受け帰るを繰り返し数日間。


 終えてしまえば、あの勉強会は有り難かったのかもしれない。

 勉強によるパラメーター上げをしていない数人が、補習をくらっていたのだ。

 俺はギリギリ平均点を上回る点数は取れていたので、補習を逃れる事が出来たわけだ。



 久しぶりの一限目からのサボりに、三条さんは気持ち機嫌が良さそうに見える。


「猫丸、ちゃんとお家使ってくれてるみたいだよ」

「まあ、猫丸だって屋根の下が良いよね」

「日向ぼっこする時は、屋根に上って寝てるみたい」


 中々優しい猫じゃないか。

 猫丸にとって、そこは社のようなものかもしれない。

 人間から供物――餌を与えられ、休むことの出来る場所。

 迷惑に思うはずがない。


「一生懸命作った甲斐があるね」

「コタはほとんどサボってたじゃん」

「あ、バレてた?」

「バレバレだし」


 怒っているような口振りではあるけれど、それほど本気で怒っているわけでは無いようで、三条さんはご機嫌なまま、部室の窓を開けている。


「最初からサボるだろうなぁって思ってたけど」

「俺は三条さんが楽しそうならそれで良いよ」

「そういうの、騙されないから」


 騙されないと言いながら、きっちり頬は赤く染める。

 彼女の素直さは、正直俺の心のオアシスだった。

 勘繰ることも駆け引きもしなくて良い関係は、心地良い。


 椅子に腰掛けて、鞄の中から本を取り出す。


 適当に本棚から持ってきた本だけれど、文字を目で追うだけでパラメーターは上昇するようなので、お飾りだ。


「もう、しばらくイベントらしいイベントって無いよね」

「……そうだね」


 鴎太とは、神社に向かう約束をしている。

 当初こそ全員を誘う予定で居たけれど、今はそれを迷っていた。

 人が多い方が楽ではある。

 鴎太の気を逸らす必要が出た際に、役に立ってはくれるだろう。

 けれど、二ノ前満月が人に化ける事が出来る可能性を考慮すると、ヒナちゃんあたりは誘うべきでは無いだろう。

 同じ家に住んでいるのだから、日程が変更になったとでも伝えてしまえば紛れ込むことを容易にしてしまう。


 少し考える必要があるので、三条さんに話すのはまだ先の方が良いだろう。


「また勉強会でもする?」

「そうしよ!」


 自分の鞄から勉強セットを取り出しながら、三条さんは大きく頷いた。

 イベント、なんて言い方をすると大層に聞こえるけれど、皆で集まる事が出来れば、それで楽しいのだろう。


 俺が本のページをめくる音と、三条さんがノートへペンを走らせる音だけが響く部室内は、酷く静かなものだった。

 思わず、この平穏のぬるま湯にずっと浸っていたいと思えるくらいに。


 けれどそれでは、俺の手に入れたい未来は訪れない。

 目的の為には前へ進むしか無い。

 小説の中の世界に没頭して、いくらでも現実逃避が出来てしまう現状に打ち勝つ為に、必死に頭を働かせる。


 取り敢えず、鴎太に連絡して、日程だけは決めてしまおう。

 それから、五十嶋さんに電話だ。

 あの日俺を追い掛けて来たかどうかの確認が、まだ出来ていない。

 二ノ前満月の目の前で確認するのは、あまり得策とは言えないため、聞けず仕舞いなのだ。


 その確認をした後に、誰を誘うか考えよう。

 あの日の五十嶋さんが本人なのであれば、取り越し苦労で済む話だし。

 そうで無いなら、神社へ向かうメンバーは鴎太と俺の二人にした方が良いかもしれない。


「その本、面白い?」

「面白いよ」

「次、貸してよ」

「いいよ」


 時々そんな緩い会話を交えながら、俺はただただ時間を消化した。

 昼休憩を使って、鴎太に会いに行こう。


 携帯電話をポケットから取り出して鴎太に向けてメールを送った。



『探し人の件で、昼休憩に会いに行く』



 端的に、用件だけのそれを打ち込んでいると、三条さんが不思議そうに目をくりくりさせて、俺を見る。


「コタがメールって珍しいね」

「ああ、昼休憩に鴎太に会いに行こうと思って」

「鳳凰くん?」

「うん。この前話した時に頼まれごとをされたから」


 三条さんは、俺の言葉に何の疑いも持たずに「そっか」と笑った。

 ポケットに携帯電話をねじ込みながら、話すことの出来ない事に対して若干の罪悪感は抱いたけれど、気にしないように、自分に言い聞かせる。



 それ以上、特別会話は生まれない。

 いつも通りだ。


 部室内はまた、二つの音だけに支配された。




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