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106.わたしはピンクだしね




「コタローくん」


 振り向けば、そこには二ノ前満月が立っている。

 休日の静かな校舎。

 外からは確かに、部活に励む生徒の声が聞こえて来ているのに。まるで別の空間に居るみたいな感覚だ。


「今日、結局ほとんど参加してないね」

「サボって……ましたからね」

「サボるくらいなら最初から参加しなかったらよかったのに」


 口元に手を添えて、肩を揺らして笑う二ノ前満月は、いつも通りのラスボス感を漂わせている。


「ヒナミの相手してくれてありがとうね」


 興味なんて無いだろうに。

 上手い具合にダシに使って話しかけてくるもんで、返す言葉に迷ってしまう。

 ヒナちゃんは、今日話した内容を自身の姉に知られたいとは思っていないだろう。

 余計な事を、言うべきでは無い。


「むしろ、俺が相手して貰ったみたいなもんなんで」

「上手い具合にサボれたもんね」


 また、肩を揺らして笑う。

 何を確かめるために俺を追って来たのか、分からない以上下手に此方から話題を振るべきでは無い。


「これ、重いから。行ってもいいですか?」


「ん、じゃあ歩きながら話そっか」


 逃がすつもりは無いらしい。

 それでも、重いのは本当の事だし、無制限に話をするのはごめんなので、辿り着くまでという制限が出来たのは良い事だろう。


 本校舎の玄関口に向けて歩き始めた俺の隣を、二ノ前満月は何も言わずに歩く。


 正直、落ち着かない。


「鳳凰くんがね、森ヶ縁の神社に行くんだって」

「ああ、鴎太の昔遊んだ女の子を探しにですね」

「皆、人探しをするんだね」

「その女の子って、二ノ前さんの事ですか?」


 二ノ前満月が、歩みを止める。

 俺もそれに倣って足を止め、二ノ前満月を見れば、冷たい冷たい目をしていた。

 青く感じる桃色の瞳なんて、不思議だ。

 雪に降られる桜の花弁みたいな、印象を受ける。


「――どうして、そう思うのかな?」


「いや、鴎太が昔遊んでた男の子に似てるって言ってませんでしたっけ」


 この返しは、予想外だったらしい。

 ポカンと擬音が付きそうなくらい、目をまん丸にして、二ノ前満月は俺を見る。

 自分で言った事を忘れていたらしい。


「よ……良く覚えてるね、コタローくん」

「人との会話に関しては記憶力いい方なんで。違うんじゃないかなとも思ってるんですけどね、金髪って言ってたし」

「そ……っ、そうだね、わたしはピンクだしね」


 突然慌てふためく所を見ると、どうやら俺の疑いは晴れたらしい。

 ダメ押しに泥舟でも送ってやるかと「もしかして、鴎太にその事言ってないか確認しに来たんですか?」と、呆れたように言ってやる。


「あはははは、……バレちゃった?」

「言いませんよ。恋のキューピットなんて柄でも無いですし」


 一度荷物を地面に置いて、手を振ってみせる。

 二ノ前満月は、どうやら今回の件について俺は真面目に鴎太のために申し出たと判断したらしい。

 意外とチョロいし、何なら吾妻さんや水無月仁美の方が誤魔化しがきかない気がして、拍子抜けしてしまう。


「二ノ前さんも来ますか? 気になるなら」

「いや……っ、いや、わたしはいいよ」

「そうですか? でも気になるんでしょう」

「気には、なるけど……。でも、やめとくよ」

「そうですか」


 来てくれるなら、また五十嶋さんにでも気を引く役を頼もうと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 何はともあれ、窮地は脱したようだ。

 荷物を持ち直し、水無月仁美の元へ向かって再び歩き始める。


「女の子、見つからなければ鴎太も諦めがつくかもしれませんし」

「諦め……?」

「二ノ前さんと、仲良くなるとか?」

「……コタローくんは、探し人の件、どうしたの?」

「俺は停滞ですね。三条さんや吾妻さんには、気を遣わせないように、もう良いって言いましたけど」

「……そっか」


 此処まで話を信じられると、逆にやり難い。

 これ以上会話を続ける気になれなくて「それじゃあ、俺行きますね」と声を掛ける。


「コタローくん」


 後ろから声が聞こえたけれど、振り返りはしなかった。

 だから、どうと言う事も無いだろうと判断したからだ。

 無用に話をして疑念を持たれる事だけは避けたかった。



「ごめんね」



 ――謝るのか。

 いっそ、誰の思いであっても踏み躙るような、傍若無人なヤツならよかった。

 心から悲しそうな声を聞いてしまうと、彼女こそが敵なのだと、言えなくなってしまう。

 敵である事にかわりは無いのに。

 俺は彼女の世界を壊すつもりでいるのに。


 最近は、いつも返す言葉が見当たらない。

 隠し事が、多くなってしまったからだろう。


 空いている手を振るだけに留めて、返事はしなかった。

 黙っていてもらって『ごめんね』と受け取った事にしておこう。


 ――俺もいっそ、誰の気持ちでも踏み躙る事の出来るヤツなら良かったな。

 そんな事を思いながら、静かな校舎に、足音を響かせた。




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